■11 信じる
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車を走らせるうちに冷静さを取り戻すステフ。
ふと、岩場にいるカイに気づいて声をかけ、そこでカイから不思議な体験談を聞かされる。
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青い空と青い海がどこまでもつづいている。ステフは窓を全開にして、潮風を思いきり吸いこんだ。
しばらく走るうちに、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
冷静になって考えてみれば、DDのいうことも、両親の気持ちも、充分理解できる。王太子であるノアにもてなされ、大切に扱われ、わたしはいい気になっていた。これでは、お遊び気分が抜けないといわれても、しかたがない。
ステフはこれまでのことをつくづく考えてみた。
マルルに来たら、自分の目でホテルの建設候補地をたしかめ、マルルという島を知れば、それで充分だと思っていた。反対運動のひとつやふたつあることは想定内だったというのに、いざ面と向かって反対を唱えられると、なにもいえなくなってしまった。DDが大切な打ち合わせの場をセッティングしてくれる一方で、わたしは遊びほうけていたも同然だ。
なんと情けない担当者か。
それに、いままでいつもDDに勝手に仕事をまとめられてしまうと憤慨していたけれど、それはちがう。わたしがあまりに頼りないから、DDが勝手にまとめざるをえなかったのだ。
ステフは、考えれば考えるほど、自分の甘さかげんに腹が立ってきた。深く、大きなため息がもれる。
もう、小一時間は走っているだろうか。
少し疲れをおぼえたステフは、ごつごつとした岩場のわきに車を停めた。
車を降りると、岩場の先に広がる海に向かって大きく深呼吸した。
「気持ちいい……」
宮殿に戻ったら、DDに謝罪しよう。そして自分が本気でザ・ハートの仕事に取り組むつもりであることを、必死になって訴えよう。ただ、これまでのこともあるから、いくら口先で訴えたところで――
ふと、岩の合間に、風になびく黒髪が見えた。
だれかいるみたいだ。
ステフは数歩、岩場に足を踏み入れてみた。
あれは……カイ?
岩と岩のあいだにわずかな砂地があるようで、そこに敷かれたござのようなものの上に、カイがひとりですわっていた。
ステフが岩に足を取られないよう、よたよた近づいていくと、カイも気づいたようだった。
「カイ」
ようやく砂地に到着すると、ステフはカイを見下ろした。
「ステフ」
しばらく見つめ合ったあと、ステフはようやく口を開いた。
「ここ、すわってもいい?」
「ああ、どうぞ」
カイがわずかにからだの位置をずらしてくれた。
「ありがとう」
ステフは目の前の海を見わたした。
「この島の海は、どこから見てもきれいね」
「ああ」
しばらく沈黙がつづいた。
「あの……今朝の新聞、見た?」
カイがステフに顔を向けた。
「ああ、見たよ」
「あれはね、誤解なの。まさか撮られているとは思わなくて。でもなんにしても、誤解。わたしたち、婚約なんてしてないから」
カイの表情は変わらなかった。
「そうか」
そういって、視線を海に戻した。
「そうなの。どうしてこんなことになっちゃったのか、よくわからない。きっと、この島にもパパラッチがいるのね」
カイが小さくため息をついた。
「おそらく、エラのしわざだと思う」
「エラの? どうして?」
「エラの親父さんは、あの新聞の編集長なんだ。たぶんエラが、父親にあることないこと吹きこんだんだろう。で、スクープ記事を狙っていた記者が、おそらくきみたちのあとをつけてまわっていたのさ」
「でも、どうしてエラがそんなことを?」
カイが苦笑した。
「あの子は、このオジサンにご執心だからな」
「オジサンって……あなたのこと?」
カイが声を立てて笑った。
「あの子はまだ18だ。恋に恋しちゃってるようなものさ。おれはその標的に選ばれただけの話だ」
「でも、それとあの記事とどういう関係が?」
「おれときみとのあいだが怪しいと感じたんだろう。だから、きみとノアをくっつけちゃおうとしたのさ。ま、いかにも小娘の考えそうなことだ」
「そうだったのね……」
ふたたび沈黙が舞い降りた。
「あの、よかったら、あの伝説……アイラの伝説のこと、もう少し聞かせてくれない?」
カイがステフをまじまじと見つめた。
「きみは、伝説を信じる人か?」
「迷信深いというわけではないけど、この世に存在するのは、目に見えるものだけじゃないと思ってる。もっと深くて、大きくて、包容力に満ちたなにかが存在しているような気がする」
「そうか」
カイは海の遙か先を見つめた。
「おれは、アイラに会ったことがある」
「え? ほんとに?」
「いや、会ったというのはおかしいな。アイラと接触した、というべきか」
「どういう意味?」
「あれは……おれがまだ8歳か9歳くらいのときだった。キイアカ海岸で海水浴を楽しんでいたんだ。泳ぐのは得意だ。まあ、この島に生まれた者は、たいてい泳ぎは得意だが、おれは島の大会で優勝したこともあるくらい、泳ぎには自信を持っていた」
カイはそこまでいうと、ふっと笑った。
「ところが、だ。その日、沖から岸まで泳いで戻ろうとしたとき、いきなり脚が動かなくなった」
「え? まったく動かなくなったの?」
「そうだ。なぜかはわからない。で、もがきはじめた。なぜか、もがけばもがくほど、からだが沈んでいくんだ。なにか巨大な力によって、海底に引きずりこまれて行くような感覚だった。正直、恐ろしかった。恐ろしくてたまらなかった」
「それで? どうしたの?」
「どうしても海面に上がることができず、意識がもうろうとしはじめた。でも、もうろうとした意識のなかで、だれかに腕をつかまれた感覚がした。海の中だというのに、すごく温かくて、やわらかくて、力強い手だった。その手に海面まで引き上げられていったところで、おれは完全に気を失ったらしい」
ステフはごくりとつばを飲みこんだ。「だれの手だったの?」
「気がついたら、砂浜に打ち上げられていた。親父が駆けよってきて、どうした?って訊くんだ。溺れかけたところをだれかに助けられたって説明しても、親父は、おまえが沖の方からぷかぷか浮かびながら砂浜まで戻ってきた、海にはほかにだれもいなかった、というんだ」
「どういうこと?」
「わからない。そのときは気が動転していたから、わけがわからなかったんだが、あとから思い返してみて、あれはアイラにちがいないって思った。アイラがおれを助けてくれたんだ」
「アイラが……?」
「ああ。それ以外、考えられない」
そういったあと、カイはふっと肩の力を抜いた。
「でも、そんな話、だれにも信じてもらえなかった。まあ、信じてもらえなくてあたりまえだ。しかしおれは信じているし、だからこそ、あの海岸を全力で守りたい。アイラを守りたい。アイラの海岸を汚されたくない」
「わたしは信じるわ、その話」
ステフがそういうと、カイがわずかに目を見開いた。
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