■10 愛嬌をふりまくだけのお人形?

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「あなたにはただにこにこ笑っていてもらえばいい」

ミズ・DDに能力を否定されたステフは深く傷つき、宮殿を飛びだした。


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「ステフ、僕も驚いているんだ。どういうことなのか、さっぱりわからない」

 DDから新聞記事を見せられたステフは、すぐに着替えてノアを探しにいった。ノアはすでに朝食の席についていた。彼は肩を怒らせたステフの姿を見て即座に状況を察知すると、さっと立ち上がり、開口一番そう弁解したのだった。

「この国にも、パパラッチがいるの?」

「いや、聞いたことはないが……」

 ノアも心底戸惑っているようすだった。

 そこへ、ハアノハ国王が入ってきた。

「やあ、おはよう! 今朝はすばらしいニュースが待っていたようだな」

 国王はノアをぎゅっと抱きしめた。

「でかしたぞ、わが息子よ。こんなかわいらしいお嬢さんをマルルの王族に引き入れるとは、たいしたもんだ!」

 今度はステフを抱きしめようと近づいてきた。

「あ、あの、陛下、これはなにかのまちが――」

「おめでとう、おめでとう! 心から歓迎するよ」

 国王はステフの言葉など耳に入らないようすで、彼女を強く抱きしめたあと、足早にドアへ向かった。

「申しわけないが、今朝はなにかと忙しくてな。いまは失礼するよ。あとできちんとお祝いしよう。国を挙げての祝宴も企画せねばならんな」

 そういい残すと、あっというまにドアの向こうに消えてしまった。

「ノア! どうしたらいいの?」

 ステフは頭をすっかり混乱させていた。

「父上には、僕があとでちゃんと説明するよ」

 ノアの切なそうな表情を見ているのも辛くて、ステフはとぼとぼとゲストルームに戻っていった。

 すると、部屋の前でDDが待っていた。

「ノアも、なにも知らないそうよ」

「そうですか」

 ステフが部屋に入ると、うしろからDDもついてきた。

「失礼いたします」

 ステフはベッドにどすんとすわりこんだ。

「ミズ・ハート、お話があります」

 DDはそういったあと、ステフの前まで椅子をずずずと引きずってきて、そこに腰を下ろした。

「このまま、王太子とほんとうに婚約なさってはいかがですか?」

「はあ?」

 いきなりなにを……。ステフの頭はますます混乱した。

「あなたには、そういう生きかたの方がお似合いなのではないでしょうか?」

 DDはそこまでいうと、せき払いした。

「こんなことを申し上げるのも心苦しいのですが、あなたはザ・ハートでのお仕事は向いていないように思うのです。お姉さまやお兄さまなどは、とても頑張ってらして、ご自分の力でさまざまな分野を切りひらいていかれました。でもあなたの場合――」

「わ、わたしだって、頑張ってるつもりよ!」

 ステフはつい声を荒げた。

「自分の力でっていうけど、わたしには力を発揮させてくれないじゃないの。なんでもかんでも、ミズ・DDがちゃちゃっとまとめてしまうんだもの。こんなふうじゃ、いつまでたってもわたしの出る幕がない」

 DDが困ったようにため息をついた。

「ミズ・ハート。ではお訊きしますが、ここマルルに到着してから、どういうお仕事をされましたか?」

「え? もちろん、いろいろしてきたつもりよ。建設候補地のキイアカ海岸も視察したし、島全体をめぐって、地理も把握したし……」

「それから?」

「それから? それから……王族の方々や、貴族の方々と親交を深めたし」

「それから?」

「それから……」

「そうですよね。この国の重要人物との交流は、開発を進めるうえで、たしかに重要です。でも仕事を具体的に進めるメンバーは、彼らではありません」

「それは、そうよね……」

「財務省、開発省、労働省……さまざまなお役人との話し合いがなにより重要なのです」

「そう……でしょうね……。そういう話し合いの場は、いつ設けるの?」

 DDがふうっとため息をもらした。

「すでに何度も行っています。歓迎パーティの夜、わたしはそうしたお役人の方々と挨拶を交わし、話し合いの日時を決め、ミズ・ハートが王族や貴族の方々との挨拶を終えたらご紹介しようと待っていました。でも、気がついたら、あなたの姿は消えていた」

「あ……」

 あの晩、ノアに誘われてパーティを抜けだしたのだった。

「歓迎パーティといえども、お仕事なのですよ。そういうこともわからない方に、仕事をまかせられると思いますか?」

「……」

「あなたが殿下と一緒にショーを見物に行った夜も、話し合いの席が準備されていました。でもそれについて申し上げようとしても、みごとなまでに無視されてしまいました。ですから、わたしも割り切って、いつものとおり、あなたにはにこやかにふるまってもらうだけにして、あとはすべて自分で対処してきたのです」

「……」

「何度もこんなことを申し上げるのは不本意ではあるのですが、ミズ・ハート、あなたはやはり、まだお遊び気分が抜けていないのだと思います。世の中で仕事をするというのは、そんな甘いものではないのですよ」

 ステフはなにもいえず、うつむいたままDDの言葉を聞いていた。

「ですから、この島で、王族のひとりとして大衆に愛嬌をふりまく方が、あなたには合っていると思うのです。その方が、お幸せになれるのではないですか?」

「で……でも……」

 ステフはこみ上げる涙をぐっとこらえて口を開いた。

「わたしなりに、頑張りたいの。頑張ってみたいの。いままで、なにひとつまともにやり遂げたことがないから。今度こそって……」

 目に涙をいっぱいにためながらも、ステフは顔を上げた。

「たしかに、わたしはまだお遊び気分が抜けていないのかもしれない。甘かったわ。でもこれからは――」

「ご両親にもはっきりいわれているのです。あなたには無理をさせないよう、あなたにはただにこにこ笑っていてもらえばいいのだから、と」

 お父さまとお母さまが!?

「そんな、わたし、愛嬌をふりまくだけのお人形じゃあるまいし……」

 DDにいくらバカにされようが、我慢できる。

 でも、実の親からそんなふうに思われていたとは!

 ステフは耐えられなくなり、ハンドバッグをわしづかみにして部屋から飛びだした。正面玄関のドアを勢いよく開けると、ちょうど王族の送迎を終えたのか、車まわしにベンツが停まっていた。

「お借りします!」

 ステフは車のわきに立っていた運転手にそういい放つと、返事も待たずに運転席にすべりこみ、車を発進させた。


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