■09 婚約者? わたしが?

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ノアから唐突にプロポーズされ、戸惑いつつも拒むステフ。

ところが翌日の新聞には、なぜかふたりの婚約記事が!


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 気がつくと、ステフは砂浜でカイの腕に抱かれていた。

「あ……」

 ステフはうっすら目を開けたものの、カイのたくましい腕と分厚い胸板に守られていることがあまりに心地よく、そのまま身を委ねることにした。

「ステフ!」

「ミズ・ハート!」

 ノアとDDが駆けよってくるのが見えた。

「だいじょうぶか?」

 ステフはカイの温もりに名残惜しさを感じつつも上半身を起こした。

「ええ……だいじょうぶ……ヘマしちゃったわね」

「そうですよ! これ以上心配させないでください!」

 DDの声はいつになく裏返っていた。

「ごめんなさい」

 ステフはカイに目を向けた。

「また助けられちゃったわね。ありがとう」

「いや……」

 カイがにっこりほほえんだ。

 え? はじめて見た? この人の笑顔?

「たいしたもんだよ。これほどの腕前とはな」

 今度はステフがほほえんだ。

「あなたこそ。オリンピック・レベルじゃない?」

「まさか」

 ステフとカイの視線が絡み合った。

「あの――」

「カイ!」

 いきなり、わきから鋭い声がした。

 4人がいっせいにふり返ると、そこには険しい表情をしたエラが立っていた。

「そろそろミーティングの時間でしょ!」

 エラはステフをきっとにらみつけたあと、カイの手を引っ張りながら足早に去って行った。

「あの、ほんとに、ありがとう!」

 ステフはカイの背中に向かって叫ぶようにいった。

「もう疲れたろう? 宮殿に帰ろう」

 ノアに抱きかかえられそうになったので、ステフは彼の手を制し、ひとりで立ち上がった。

「ほんとうに、もうだいじょうぶだから」

 ステフはふらふらとした足取りで車に向かった。ノアがすぐにわきにつき、からだを支えようと腕をまわしてきた。

 いまは触らないでほしい……カイの腕の温もりが残っているいまは……。

 そう思いつつも、申しわけない気持ちもあり、ステフはノアの手をふり払えずにいた。


 その夜、ステフはディナーのあとでノアに呼び止められた。

「ちょっと散歩しないかい?」

「散歩? いまから?」

 正直、気乗りしなかった。なんとなく、もうノアとふたりきりにならない方がいいような気がしていたのだ。

「そろそろ具体的なプランができてくるころだよね? ビジネスパートナーとしてというより、ひとりの友人として、ゆっくり話ができたらと思って」

「そう……。DDも一緒の方がいい?」

「いや、彼女がいると、どうしてもビジネスライクな話になってしまうから、できたら今夜は、きみとだけ話がしたい」

 ステフは迷ったものの、ノアとの距離が必要以上に近づきすぎていることをそろそろはっきり指摘した方がいいという思いもあったため、散歩に出かけることにした。

 ステフとしては、散歩といっても宮殿の庭園内のことだと思っていたので、ノアが車を出してきたのを見て驚いた。

「宮殿の外に出かけるの?」

「ああ、もしよければ、また〝恋人たちの丘〟まで行こうと思って。きょうは星空がいちだんときれいだから」

「そう……」

 いまさらいやだともいえなくなったステフは、しかたなくノアが開けてくれたドアから助手席に乗りこんだ。


「何度見てもきれいね、ここの夜空は」

 ステフは降るような星空を見上げた。出てくるときはあまり気乗りしなかったが、やはり来てよかったと思えてくる。

 しかしノアがなにも反応しないことに違和感をおぼえ、背後をくるりとふり返った。

 ポケットに手を突っこんだノアが、なにやらうつむきかげんでもじもじしている。

「どうかしたの、ノア?」

 ノアがさっと顔を上げ、ステフをひたと見つめたと思うと、いきなり駆けよってきた。

 その勢いに気圧されたステフは、数歩あとずさった。

 しかしノアはステフのすぐ目の前に来ると、さっと地面に片ひざをついた。

「え……?」

 戸惑うステフの前に、箱に入ったきらびやかな指輪が差しだされる。

「ステフ、愛しい人」

「……??」

「オンライン会議ではじめて顔を合わせたときから、きみのことが頭から離れなくなった。そしてじっさい顔を合わせたときには、この人しかいないと感じた。でも僕は曲がりなりにもマルル王国の王太子だ。直感のみで動くわけにはいかない。だからここ数日、きみと行動をともにし、自分の心と冷静に向き合ってきたつもりだ。だがそれでもやはり、心がこう訴えかけてくる――きみこそが、運命の人だと」

「ノア――」

「ステフ・ハート、僕と結婚してくれ! きみの美しい心、美しい笑顔こそが、未来のマルルには必要だ」

「ノア――」

「僕はいずれ王位を継ぐ身だ。そのとき、きみには王妃として僕とともにこのマルルの繁栄に貢献してほしい」

 王妃。

 その魅惑的な響きに、ステフは一瞬めまいをおぼえた。

 王妃……。

 いままでたくさんの男性とつき合ってきたステフだが、ここまでのものを差しだされた経験はない。でも……。

 マルルに来てから、ステフは自分が変わったのを感じていた。いや、カイと出会ってから、というべきか。

 なにかはよくわからないが、とてつもなく大切ななにかが、自分の中に芽生え、育まれていくのが感じられるのだ。

 数年前のステフなら、即座にノアのプロポーズを受けていたかもしれない。ノアは心やさしく、スマートで、ハンサムだ。おまけに、「王妃」の座を差しだしてくれる。

 でも……。

「ノア」

 ステフもひざをつき、ノアと視線を合わせた。

「ありがとう。そんなふうにいってもらえると、さすがにうれしいわ。でも……」

「でも……?」

「あなたのプロポーズを受けるわけにはいかない」

 ステフはきっぱりといった。

「あなたのことは大好きよ。でも、愛とはちがう。たぶん。いままで、人を本気で愛したことがないから、よくわからないけれど、でも、これは愛じゃない。それくらいは、わたしにもわかる」

「ステフ、愛はともに育んでいくものだよ」

「そうかもしれない。でも、ちがう。ごめんなさい、あなたではないの」

 ノアがすっと立ち上がり、背中を向けた。

「もしかして、カイなのか?」

「え?」

 ノアがさっとふり返った。

「きみは、カイのことが好きなのか?」

「いえ、ちが……」

 ステフも立ち上がった。

「いえ、正直にいうわ。自分でもよくわからないの。自分の気持ちが」

「そうか……」

 ノアは指輪をポケットにしまうと、「もう帰ろう」とつぶやいた。

「そうね」

 ふたりは無言のまま宮殿に戻っていった。


 翌朝、ステフはドアを強くノックする音にたたき起こされた。

「ん~、なに? いま何時?」

 のそのそと起き上がり、時計を確認する。まだ6時だ。

「なんなの……どなた?」

「わたしです」

 DDだ。

「……どうぞ」

 ドアが勢いよく開き、早朝からピシッとスーツで決めたDDがつかつかと入りこんできた。その手に新聞が握られている。

「これは、どういうことですか?」

「ん? なに?」

 ステフの寝ぼけ眼が、新聞の第一面を見た瞬間、大きく見開かれた。

「なに!? なにこれ!? どういうこと?」

「それはこちらの台詞です。どういうことでしょう、ミズ・ハート?」

 第一面には、ゆうべ〝恋人の丘〟でひざまずいたノアと、それを驚いた顔で見下ろすステフの写真がでかでかと掲載されていた。

 そして、大見出しも――〝王太子、ついに婚約!?〟

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