■08 やるじゃない!
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気分転換にサーフィンを楽しむステフ。すぐ近くには、やはりサーフィンが得意なカイの姿が。
さまざまな技で腕を競い合うふたりだが、ふとした瞬間にステフが大波に飲みこまれてしまう。
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しばらく沈黙がつづいたあと、DDがせき払いをした。
「すてきな伝説だと思います。でも……あくまで伝説です。伝説をもとに開発を躊躇するのは、現実的ではありません」
「ミズ・DD!」
カイがなにかいうより早く、ステフが声を上げた。
「たしかに伝説は伝説でしかないけれど、マルルの人たちにとっては、ものすごく大切なもののはずよ」
ステフはカイに向き直った。
「心にしみるようなお話だわ。なんだか、感動しちゃった」
ステフはくすんと鼻を鳴らした。
カイはステフをまじまじと見つめた。どこか戸惑っているような表情だ。
「悲しいけれど、人の心を揺さぶる伝説ね。あなた方が開発に反対する気持ちがよくわかった」
ステフの潤んだ瞳を見て、カイの表情が戸惑いから驚きに変わった。
「ミズ・ハート」
DDがステフをたしなめるような声を発したあと、カイに顔を向けた。
「つまり反対派の方々は、自然破壊等を心配しているのではなく、その伝説をもとに反対しているということですか? 自然破壊にかんしては、専門家のデータをみなさんに提出するつもりで――」
「もちろん自然破壊も気がかりではあるが、なにより、アイラの伝説を守ることが大切だ」
いっときゆるんだと思えたカイの表情が、ふたたび引き締まった。
「おれはこれで失礼する。反対運動から手を引くつもりはないので、覚悟しておいてくれ」
カイはノアにそう告げると、さっさと部屋から出て行ってしまった。
「ミズ・DDったら、あんなふうにビジネスライクに話をしたら――」
「これはビジネスなんですよ、ミズ・ハート」
DDはぴしゃりとそういったあと、すっと立ち上がった。
「わたしもそろそろ失礼します。反対運動への対処につきましては、明日、またご相談いたしましょう」
しかたなくステフも立ち上がった。
ノアがなにかいいかけるのがわかったが、ステフは「おやすみなさい」とだけいうと、ゲストルームに戻っていった。
翌朝から、ノアがステフにぴったり張りついて離れようとしなくなった。
「ゆうべのことを考えると、きみひとりにはしておけなくて」
昨夜、女は伝説に弱いというノアの発言に軽い侮辱を感じたステフは、ノアと少し距離を置きたいと思っていた。そこで、秘かにため息をついたあと、にこやかにいってみた。
「ありがとう。でもきょうは日曜日でもあるし、ひとりでのんびり島内をまわってみようと思うの。いろいろ考えごとをしながら。そろそろ具体的なプランをつくらないといけないし。もう夜は出歩かないと約束するから」
「島内をまわるなら、おともするよ。いま、車を用意させる」
ステフが止めるまもなく、ノアは侍従に車の準備を命じてしまった。
ノアとふたりきりになるくらいなら、と思い、ステフはミズ・DDに同行してもらうよう頼んだ。
「日曜日なのに、ごめんなさい、ミズ・DD」
ステフは恐縮しつつそういった。
「問題ありません。出張中は、日曜日もはたらくのがあたりまえですから」
DDの仕事熱心ぶりには驚くばかりだ。
ふたたびキイアカ海岸を訪れると、日曜日ということもあってか、大勢の若者たちがバーベキューを楽しんでいた。
「ここは島民の憩いの場でもあるのね」
ステフはにぎやかな砂浜を見わたしながらいった。
「ねえ、ミズ・DD、この砂浜を囲って高級なプライベートビーチにするという案だけれど、少し方向転換してはどうかしら?」
DDがメガネをきゅっと持ち上げてステフを見つめた。
「お金を払った人だけがここに入れるというのは、ちょっとどうかなと思って。だってほら、きのう聞いた伝説のこともあるし。マルルの人たち全員にとって、大切な場所なわけでしょう?」
「ザ・ハートは高級リゾート開発を専門とする会社です。ひと握りのお客さまだけが手にできる特権だからこそ、そこに価値が生まれるのです」
「でも、じゃあ、マルルの人たちはどうなるの?」
「従業員というかたちで、数多くの雇用が生まれます。そういう意味で、ザ・ハートは地元に貢献することができるのです」
「そうかもしれないけど……観光客と地元の人たちの両方が、この砂浜とアイラの伝説を守っていくために、なにかできないかと……」
ステフはそういいながらも、なにも具体的なアイデアが浮かばず、先をつづけられなかった。
「ザ・ハートに管理を委ねることでこの砂浜は守られますし、従業員としてはたらくことで豊かな生活を送ることができるようになるのですよ。そうは思いませんか?」
DDにそう問われ、ステフはなにもいえなかった。
そのとき、海岸通りを一台のトラックが走り抜けていった。荷台にサーフボードをいくつか積んでいる。
「そういえば、この先にサーフィンのできる海岸があったわね。この前、島内を案内してもらったとき、見かけたのをおぼえてる」
サーフィンは昔から得意だ。ここはからだを動かして気分転換するのもいいかもしれない。
そう思ったステフは、ノアに頼んでサーフィンの用具一式を用意してもらい、目当ての海岸を目ざすことにした。
「うわ、ここ最高!」
海岸に到着したステフは、ノアとDDの視線も気にせず、着ていたワンピースをさっと脱ぎ捨てた。
「いつか泳ぐチャンスがあるかと思って、いつも下にビキニを着ていたの」
とろんとしたノアの視線と、叱責するようなDDの視線を背中に受けつつ、ステフは用意してもらったボードを抱えて海へと走って行った。
珊瑚礁に守られた穏やかなキイアカ海岸とはちがって、こちらの砂浜には勢いのある高波がつぎつぎと押しよせてくる。見わたすと、10人ほどの男女が気持ちよさそうに波に乗っていた。
いい感じ!
さっそく沖に向かおうとしたところで、ステフはサーファーのなかにカイの姿があることに気づいた。
せり上がる
ワオ!
ステフが期待のまなざしで見つめるなか、カイは波の上高くに飛びだし、くるりとからだを回転させると、みごとに着水してみせた。と、すさまじい勢いで押しよせた白波がカイの頭上に襲いかかり、その姿を覆いつくした。
ステフは一瞬、息をのんだが、やがて白しぶきのあいだからボードに乗ったカイが優雅に姿を現すと、ほっと息をついた。
すごい……。
ステフはボードに腹ばいになり、沖に進みながらカイの姿を目で追った。
わたしだって、負けてないからね!
ステフはパドリングしながらカイのすぐわきを通過した。
カイはステフの姿に気づくと、少し驚いた顔をした。
ステフはドルフィンスルーで何度か波をやり過ごしたあと、ここぞというタイミングでテイクオフに入った。みごとに波をとらえたところで、砂浜からカイに見つめられていることに気づいた。
見てなさいよ!
ステフはアップスダウンでスピードを上げると、ボトムから一気に波頭に進んで派手なターンをくり返してみせた。
波打ち際まで戻ったところで、今度はカイがパドリングで沖に出て行くのが目に入った。
しばらくボードの上にすわって待っていると、カイが波のチューブを難なく抜けて姿を現した。
やるじゃない!
ステフはふたたびパドリングを開始した。
そのあとしばらく、ステフとカイはほどよい距離を保ちつつ、巧みに波をとらえては技を競い合った。砂浜ではノアとDDが心配顔で見守っていたのだが、ステフの目にはふたりの姿はまったく入っていなかった。
ステフの視界にあるのは、カイの姿だけだった。褐色の肌をてからせ、たくましい筋肉を盛り上がらせながら、波をすべり、波をくぐり、波を乗りこなすカイの姿だけだ。
おたがい言葉を交わすことこそなかったが、ステフは、サーフィンを、海を愛する者同士、なにか通じ合うものがあるように思えてならなかった。
何度目かのテイクオフでいちばんの大波をとらえたとき、つい、どうだとばかりにカイの姿を目で追ってしまったために、ステフはふとバランスを崩してしまう。
しまった!
そう思った瞬間、波にのまれてなにがなんだかわからなくなった。すさまじい水の力に揉まれ、どちらが上か下かわからない。
息が苦しい。だれか……助け……
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