■07 悲恋の伝説


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キイアカ海岸には悲恋の伝説があった。

開発に反対する人たちの思いを知り、心を揺さぶられるステフ。


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 4人は宮殿内にあるノアの書斎に落ち着いた。

 カイはしばらく室内をきょろきょろ見まわしたあと、懐かしいな、とつぶやいた。

「ここでよく隠れんぼをして遊んだよな」

 ノアが懐かしそうにいった。

「ああ、で、親父にしょっちゅう叱られていた」

 カイが苦笑する。

「ここはかつて、カイの父親の書斎だったんだ。いまは僕が使わせてもらっている」

「そうなの? 落ち着いていて、とても趣味のいいお部屋ね。ところで――」

 ステフは壁にいくつか飾られた木製のお面の前に行った。

「これは?」

「この島の神々だ」

 カイが答え、ステフの隣に並んだ。

「父が大切にしていたものだ。残しておいてくれたんだな?」

 そういって、ノアをふり返る。

「あたりまえだ。そんな大切なもの、処分できるはずがないだろう?」

「そうか」

 ノアが戸棚からグラスを4つ取りだし、テーブルに並べた。そのあとふたたび戸棚の前に行き、ウイスキーのボトルを手に戻ってきた。

「カイ、今夜は泊まっていけ。おまえの部屋は、昔のままにしてある」

 カイはしばらく押し黙っていたが、やがてグラスを手にした。ステフもグラスに手をのばしたが、DDはソファにすわったまま動こうとしなかった。

「あなたも飲みませんか?」

 ノアがうながしても、DDは「遠慮しておきます」と断った。

 ノアは3つのグラスにウイスキーを注いだ。

「じゃあ、乾杯するか?」

 ノアがグラスを掲げた。

「それに、カイ、今夜のことは礼をいうよ。ステフは大切な客だ。よく助けてくれた」

「いえ、客ではなく、ビジネスパートナーです」とDD。

 ステフはなにもいわずほほえんだまま、グラスを掲げた。

「もともと、おれの責任だしな」

 そういいつつ、カイもグラスを掲げた。

 3つのグラスが、小さくカチンと音を立てた。

「乾杯!」

 ステフの声だけが妙に明るく響いた。

「暴漢どもについては、署長がそれなりに対処してくれるはずだ」

「そうか……」

 しばらく沈黙がつづき、その雰囲気に耐えられなくなったステフが口を開いた。

「さっき、懐かしいっていってたけど、宮殿に入るのは久しぶりなの、カイ?」

「そうだな……親父が死んだあと、ここを出て行ったんだが、祖父が生きていたころは、ときおり顔を出していた。まあ、顔を合わせる相手は祖父だけだったが」

「おまえはおじいさまのお気に入りだったもんな」

 ノアの口もとがゆがんでいた。

 カイがノアをきっとにらみつけた。

「どういう意味だ? おまえだって、充分かわいがってもらっていたじゃないか」

「そんなことはない。おじいさまは、おまえや、おまえの父親のことがかわいくてしかたなかったのさ。僕や父にたいしては、なにかと厳しかったというのに」

「それは、おまえの親父さんが王位継承者だったからだろう。王位に就く者には、それなりの教育が必要だと感じていたんだ」

「いや、おじいさまは、おまえの父親を次期国王に指名したがっていたはずだ」

 カイが驚いた顔をした。

「なにいってる? どうしてそう思うんだ?」

「おじいさまの態度を見ればわかるさ」

 カイが大きなため息をついた。

「いや、わかってない。ちっとも」

 そういうと、グラスをテーブルに置いてノアに向き直った。

 ふたりの顔を交互に見ながらやりとりを聞いていたステフも、グラスをテーブルに置き、展開を見守ることにした。

「ノア、たしかにおじいさまは、おまえや、親父さん――いや、いまの国王陛下にも、もっとマルルの伝統を大切にしてほしいと思っていた。よくそう愚痴っていたよ。しかし同時に、おまえや陛下の先進的な考えを認めてもいた。これからのマルルを背負っていくには、そうした考えも必要だっていってな。もっとも、おれはその意見には反対だったが」

 カイはそういって苦笑した。

「おれはあくまで、伝統を貫いてこそ、マルルの君主だと思うから。だからこそ、おじいさまが亡くなったあと、この宮殿から出て行ったんだ」

「おじいさまが、先進的な考えを認めていたって?」

 ノアが驚いた声を出した。

「そんなこと、いわれたこともなければ、感じたこともないぞ」

「だとしても、それがおじいさまの本音だ。でなければ、どうしておまえの親父さんに王位を継がせた? 次男以下の息子に王位を継承させた例はこれまでも何度かあるし、王位継承については、おれの親父が亡くなる前から決まっていたことだ」

「そうなのか?」

 ふたたびノアが驚いた声でいった。

「ああ、そうだ。おれはおじいさまから直接そう聞いた」

「……それは、知らなかった……。てっきり……」

 それまで黙って聞いていたステフだが、ようやく声をかけるタイミングを見つけた。

「じゃあ、ノアは誤解していたということね? 前国王陛下は、ノアのことも、カイのことも、同じくらい大切に思ってらした。ノアがすねる必要はなかったってことだわ」

 「ミズ・ハート!」

 DDの厳しい声に、ステフは、はっとして口に手を当てた。

「いや、べつにすねていたわけでは……」

 ノアは照れたように頭をかいた。

「昔は仲よく遊んでいたのに、あるころから急によそよそしい態度を取るようになったのは、そういうことだったのか?」

 カイが問いかけた。

「いや、べつに……」

「そういうことだったのよ。でも、仲直りできそうで、よかったじゃない!」

 ふたたびDDの厳しい視線を感じ、ステフは肩をすくめた。

「しかし、これと開発反対運動とは、べつものだからな」

 カイのきついひと言に、一瞬なごんだように思えた場の空気がいきなり凍りついた。

「カイ……いまの話によれば、おじいさまもマルルの先進的な開発にはけっして反対していなかったということだろう? だったら――」

「ある程度の開発がマルルのために必要だということは、おれにもわかる。しかし、キイアカ海岸はだめだ。おじいさまも、それだけは同じ意見のはずだ」

「なぜ?」

「忘れたのか? あそこを荒らせば、アイラの怒りに触れるぞ」

「え? アイラって?」

 ステフはカイに問いかけるような視線を向けた。

 カイがノアをにらみつけた。

「話していないのか?」

 ノアが目をそらし、軽くうなずいた。

 カイは呆れたような顔をしたあと、ステフに向き直った。

 カイの黒い瞳にまっすぐ見つめられ、ステフは一瞬、胸の高鳴りをおぼえた。

「あのキイアカ海岸には、マルルの女神アイラが眠っている」

「女神……」

「そうだ。かつてマルルを大津波が襲ったときも、アイラのおかげで島は守られた」

「……そうなの」

「あるとき、アイラは大海の神カイキと出会い、深く愛し合うようになった。しかしカイキは遙か彼方へ旅立たなければならなかった。カイキはアイラも一緒に行くよう誘ったんだが、アイラにはマルルを守るという大きな役目があった」

 ステフはカイの話に聞き入っていた。

「だからアイラは、カイキへの愛をあきらめ、悲しみのなか、キイアカ海岸で眠りについたんだ」

「……悲恋に終わってしまったのね」

「愛する男と別れてまで、アイラはマルルを守ろうとした。だからそのアイラが眠るキイアカを、荒らすわけにはいかないんだ」

 カイがノアに目を向けた。

「こういう大事な話をしていなかったとはな。アイラの伝説を軽んじているのか?」

「いや、そういうわけじゃない」

「じゃあ、どうして?」

「女性はどうしても、そういう話に弱いから、いわないでおく方がいいかと思って」

 ステフとDDが同時にノアをきっと見やった。

 先にDDが口を開いた。

「伝説がビジネスに影響を与えることはありません」

「いえ、わたしはあると思う。でもそれは、女がそういう話に弱いとかなんとかっていうこととは、まったくべつの話だわ」とステフ。

「あ、いや……」ノアが頭をかいた。

 部屋に気まずい空気が流れ、4人とも押し黙ったまま、たがいの視線を避けるかのように顔を背けた。

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