■06 助けに来てくれたのは……

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危機一髪のところで救出してくれたのは、なんとカイだった!

この人、意外といい人なのかも……? 揺れはじめるステフの心。


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「おまえらっ、なにしてるっ!?」

 男たちがはっと戸口をふり返った。

「やべっ! 逃げろ!」

 男たちがどやどやと逃げだしていった。

 ステフは大急ぎで立ち上がったものの、事態が飲みこめず、部屋の隅にうずくまった。

「なに? なんなの? どういうこと?」

 暗い室内にまだ男がひとり残っていることに気づくと、きゃっと声を上げて逃げだそうとした。しかし男にがっしり抱きとめられてしまう。

「やめて! 放して!」

「だいじょうぶだ、もうだいじょうぶだ。落ち着け!」

 なにがだいじょうぶなの? この人、だれ?

 そのとき、窓から差しこむ月明かりが男の顔にあたった。

「はっ!」

 男はカイだった。

 え? どういうこと!?

 ステフはわけがわからず、カイの手から逃れようと両手をふりまわした。

「なに? どうして? ここでなにしてるの!?」

 カイの手から力が抜けたところで、ステフは大急ぎで戸口に向かった。

 と、開いたドアから、若い娘が入ってきた。

 先ほどレストランで、ステフをにらみつけていた美しい娘だ。

「?」

 少なくともその場に女性がいることに少し安堵したステフは、足を止めた。

「あなた……さっき……」

 娘はステフに軽蔑するような視線を向けたあと、カイに向き直った。

「あいつら、大あわてで逃げていった。あとで署長に話しておく。たっぷりお灸を据えてもらわなきゃ」

「まったく、まいったな」

 カイがため息をつき、頭に手をやってステフに近づいた。

 ステフは一歩あとずさった。なにがなんだか、よくわからない。

「どういうこと? さっきのは、お仲間でしょ?」

 カイがステフをまっすぐ見つめた。

「怪我はなかったか?」

 ステフは一瞬、戸惑ったものの、こくんとうなずいた。

「申しわけなかった。あいつらは、たしかにおれたちのグループの一員だ。こちらは来る者拒まずで受け入れているんだが、あいつらには、最初から少々手を焼いていて……。しかし、まさかここまでのことをするとは……」

「あなたがはじめてキイアカに来たとき、あいつらが邪な目で見ていたのに気づいたから、用心してたの。ぜったいなにかやらかすような気がして」

 娘がいった。

「このエラが教えてくれたんだ。きみが町でさらわれたって」

「え? そうなの?」

「あなたがどうなろうとかまわないけど、あの子たちが悪さをしたとなれば、うちのグループの活動自体が中止に追いこまれちゃうもの」

 エラがそっけなくいい放った。

「さっさとアメリカに帰ってくれれば、こんなことにはならなかったのに」

「……ご、ごめんなさい……それと、あの……助けに来てくれて、ありがとう」

 ステフは、自分が謝るのは筋がちがうと思いつつ、かすかに頭を下げた。

「おれの責任だ。リーダーとして、きちんと手綱を握っていられなかった。ほんとうに申しわけない」

 これまでの攻撃的な態度とは打って変わったカイの言葉に、ステフはきょとんとした。一方のエラは、ふんっと鼻を鳴らした。

「カイのせいじゃないよ」

「いや、おれが悪い。メンバー数を増やしたいばかりに、ああいうやつらを引き入れてしまったんだから」

 カイがふたたびステフをまっすぐ見つめた。

「だが、なんとか許してやってもらえないだろうか? あいつら、中学のときに勉強で落ちこぼれてから、社会になかなか受け入れてもらえなくて、やけになっているんだ。これまで社会にさんざん無視されてきたせいで、まちがったところに不満のはけ口を見つけようとしているんだと思う」

「許せっていわれても……わたし、もう少しで……」

 急にじわっと涙がこみ上げてきた。いまになって、ほんものの恐怖を実感する。

 エラがふたたび鼻を鳴らした。

「けっきょく、なにごともなかったんだから、よかったじゃん!」

「エラ! なにかあったら、ほんとうに大変なことになっていたんだぞ!」

 エラは頬をふくらませ、そっぽを向いた。

「と、とにかく、もう、帰りたい……」

「そうだな、宮殿まで送るよ」

 カイがステフのひじにそっと手を添えた。

 ステフはカイの手の温もりが不思議なほど心地いいことに驚いた。少しずつ、気分が落ち着いてくる。

 小屋の外にジープが駐まっていた。

 エラが当然のように助手席にまわったので、ステフは後部座席にすわった。

「あたしも宮殿まで一緒に行く」

 カイが車を発進させると、エラがそういった。

「おまえの家は途中じゃないか。家の前で降ろしてやるよ」

「いやよ!一緒に行く!」

「もう遅い。親父さんが心配してるぞ」

「あたし、もう子どもじゃないのよ」

「おれがあとで親父さんに叱られるんだ。うちの娘を夜遅くまで連れまわすなって」

 カイがエラに笑いかけた。

 後部座席からカイの横顔を見たステフは、そこにいままで見たことのないやさしさが浮かんでいることに気づいた。

 この人、さっきの謝罪といい、エラにたいするやさしさといい、それほど悪い人ではないのかも……? いえ、いままでも、べつに悪い人と思っていたわけではないけれど。開発に反対されているというだけで。それに、あのステージでの……

「着いたぞ」

 カイが車を停めても、エラはふくれっ面をしたまま、降りようとしなかった。

「ほら、降りて」

 エラは後部座席のステフに鋭い一瞥をくれたあと、渋々車から降りた。

「じゃ、また明日ね、カイ」

「ああ、また明日」

 車が100メートルほど進んでも、まだエラは通りに立ったままだった。


 宮殿の鉄門をくぐってほんの少し進んだところで、正面玄関からノアが飛びだしてくるのが見えた。車に向かって駆けてくる。そのすぐあとに、DDがつづいた。

 カイは徐行しつつノアの前まで車を進めた。ノアが後部の窓に駆けよった。

「ステフ! だいじょうぶか?」

 なぜかノアはステフの身に起きたことをすでに知っているようだった。

 ステフはゆっくり車から降りると、ノアに向き直った。

「ごめんなさ――」

 いきなり、ノアに抱きすくめられた。

「ノ、ノア……?」

「エラから聞いた。とんでもない目に遭ったんだって?」

 そう早口でいったあと、ノアは運転席の窓に向かった。

「カイ! どういうことだ! 説明しろ!」

「待って、ノア」

 ステフはあわててノアを制した。

「カイはわたしを助けてくれたの。エラと一緒に。だから責めたりしないで!」

 ノアは肩で息をしながらうつむいた。

「……そうだよな……悪かった、カイ」

「いや、いいんだ。じゃ、おれはこれで」

 ステフは、車を発進させようとするカイを引き留めた。

「待って、カイ。少し話し合わない? ノアも一緒に」

「話し合う?」

「ええ。それにあなたも王族のひとりでしょ。だったら、宮殿で少し休んでいったらどうかしら? ノアだって、お礼がしたいでしょうし」

 ステフはノアの顔をのぞきこみ、訴えるような目を向けた。

 ノアが大きくため息をついた。

「ああ……カイ、少し休んでいってくれ。それに、そうだな、たしかに僕たち、少し話し合った方がいいかもしれない」

 よかった。

 とりあえずほっとしたステフは、ふと、DDの視線に気づいた。

「ミズ・DD、ご心配をおかけし――」

 え?

 ステフはDDの目がかすかに潤んでいるのに気づき、口をつぐんだ。

 しかしDDはぷいっとそっぽを向くと、相も変わらぬ厳しい口調でいった。

「ほんとうに、あまり心配させないでくださいね。お嬢さ――いえ、ミズ・ハートの身になにかあったら、わたしの責任になってしまうのですから」

 それだけいうと、DDは宮殿の正面玄関に向かってつかつかと去っていった。

 なによ……。

 ステフは軽くため息をつくと、DDのあとにつづいた。

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