■04 炎のパフォーマンス
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マルルの伝統文化を見物するために出かけたレストランで、思いがけずカイの官能的なパフォーマンスを目にするステフ。
燃えるような瞳にひたと見つめられ、ステフの胸は高鳴り……。
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翌日、連日の外出で少し疲れを感じたステフは、朝はのんびり過ごし、午後からふたたびノアの案内でキイアカ海岸に向かうことにした。
「ゆうべはどちらにお出かけに?」
廊下で出くわしたDDが、鋭い視線を向けてきた。
「いえ……ちょっと」
ステフは一瞬うつむき、口ごもったものの、すぐに顔を上げてDDをまっすぐ見つめた。
「ノアに夜の島を案内してもらっていたの。島のことは、昼も夜もちゃんと知っておきたいから」
「
ステフは、はっと口に手を当てかけたが、すぐに気を取り直した。
「ええ、ノアと、お互いカジュアルに話をすることに決めたの。その方が仕事が進めやすいし」
「先方は、王族の方なんですよ! 王族の方を、ファーストネームで呼ぶなんて! しかも仕事の依頼主だというのに!」
やはりミズ・DDにはわかってもらえないようだ。
ステフはDDを無視してノアの待つ正面玄関に向かおうとした。
「この件は、きっちりご両親にご報告させていただきますからね」
はあ?
ステフはDDをさっとふり返った。
なんなの? わたし、高校生じゃないのよ? なんでいちいち親に報告されなきゃならないの!? なにも悪いことはしていないのに!?
ステフがなにかいい返そうとしたとき、正面玄関の方からノアの声がした。
「準備はできたかい?」
ステフは言葉をぐっと飲みこみ、DDにくるりと背中を向けて歩きはじめた。
「はい! いま行きます!」
「わたしもご一緒させていただきます」
背後からDDの足音がついてきた。
「やっぱりこの海岸がいちばんね」
キイアカ海岸に着くと、ステフは潮風を思いきり吸いこんだ。
「ああ。われわれにとって、いちばん誇れる場所だ」
「こんなきれいな海、ほんとうに見たことがない」
「そういってもらえると、僕もうれしいよ」
ステフは砂浜で思い思いの時間を過ごしている人たちに目をこらした。
いやだ、わたしったら、またあの人の姿を探している。でも、きょうは来ていないみたいね。
自分がどこか落胆していることに気づき、ステフはかすかに動揺した。
あの人は、開発反対派のリーダーなのよ!
「どうかした?」
ステフはノアの声にはっとわれに返った。
「いえ、その、きっと、最高のリゾート地になるなって思ってたの。世界中の注目を浴びるでしょうね。ハワイなんて、競争相手にもならないわ、きっと」
ノアが笑った。
「なんだか、きみの方が自信たっぷりだな」
「ええ、そうよ。この立地条件なら、世界一のリゾート地も夢じゃないもの」
「楽しみだ」
ステフはDDの存在を完全に無視して、ノアとの会話を楽しんでいた。
「そういえば」ステフはノアに顔を向けた。「前国王はこの島の伝統を大切にしていたということだけど、その伝統を感じられる場所とかイベントとかは、あるのかしら?」
「そうだな……」
ノアはしばし考えこんだあと、ふたたび口を開いた。
「まあ、この海岸をはじめとする自然そのものが大切に受け継がれてきたものといえるんだが……もしよければ……いや、どうかな……」
「え? なに? もしよければって?」
ノアが少し困った顔をした。
「……今夜、海辺のレストランで伝統的な踊りが披露される。踊り、というか、パフォーマンス、というか」
「すてき! ぜひ見てみたい。連れていってくれる?」
「……わかった」
「やった!」
「あの、でも今夜は……」とDDがなにかいいかけたが、ステフは無視して軽やかな足取りで車に戻っていった。DDはそれきり口をつぐんだ。
案内されたのは、海岸沿いに建つしゃれたレストランだった。屋根はあるものの窓やドアはなく、潮風を浴びながら食事を楽しめるつくりになっている。
目の前に広がる海の向こうに、ちょうど日が落ちようとしているところだった。見わたすかぎり、空が赤とオレンジ、薄紫と濃紺に染まっている。信じられないほど美しい光景だ。肌にあたる風も、昼間とくらべると格段に心地よかった。
ノアは礼儀正しくDDのことも誘ったのだが、ステフに無視されていることが神経に障ったのか、あるいは逆に悲しかったのか、今夜ばかりはお目付役の任務を放棄したようだった。
ステフたちが案内されたテーブルの目の前に、素朴でこぢんまりしたステージが設置されていた。ステージの左右でも、レストランの周囲でも、たいまつが赤々と燃えている。
「あぁ、まさに南国って感じ! それに、こんなにきれいな夕焼けが見られるなんて」
ステフはうっとりした表情で、椅子の背もたれにからだを預けた。注文したグラスビールを手に、ショーの開始をのんびりと待つ。
マルル島に来てまだ数日しかたっていないのだが、時間の流れがゆったりしているためか、もう一週間は滞在している気分だった。
こんなにすてきな島なら、何週間でも、いえ、何か月でも、いられそう……。朝、起きたらビーチをのんびり散歩して、昼間は愉快にバーベキューかサーフィンを楽しみ、夜は友人たちとこんなレストランで潮風を浴びながら語り合う……。
ステフはしばらく夢見心地だったが、打ち鳴らされる太鼓の音に、はっとわれに返った。
またわたしったら、遊ぶことばかり考えて! ここへは仕事で来ているのだから、もっとしっかりしなくては――
と、半裸の男が3人、威厳たっぷりの足取りでステージに登場した。
はじまるのね!
ステフはグラスをテーブルに置き、ステージに期待の目を向けた。
男たちの顔やからだには、大胆な黒い模様が描かれていた。そのおかげで、それでなくとも筋骨隆々としたからだが、さらにたくましく見える。腰のまわりに布のようなものが巻かれてはいるものの、尻の部分はほとんど露出しているうえ、前部は長さ20センチほどの布きれが垂れ下がっているだけだった。
あの下はどうなってるの? 風でペロリとめくれたら大変では?
ステフは思わず噴きだしそうになるのを必死にこらえた。
男たちの顔に描かれた模様は、いつか写真で見た日本のカブキ役者みたいだ。あんなふうに目もとを強調したら、それでなくとも鋭い目つきが――
――ん?
ステフは目をこらした。
あのまん中にいる男の人は……もしかして……?
ノアをふり返ると、彼はゆっくりとうなずいた。
「そう、カイだ」
ステフがステージ上に顔を戻すと、カイとぴたりと目が合った。
鋭い視線に絡め取られ、ステフは目をそらすことができなくなった。
あそこに浮かぶのは、やはり憎しみ? 軽蔑?
いえ、ちがう。もっとなにか、原始的な、野生的な、本能的な、炎のようなもの……。
カイはステージ上から永遠とも思えるほど長い時間、ステフに視線を据えたあと、ほかのふたりにつづいてさっとステージのわきに向かった。
男たちは手に短いこん棒のようなものを持っていた。その両端に白っぽい布が巻かれている。男たちがその布をたいまつの上に掲げると、勢いよく炎が立ち上がった。
先ほどまで遠慮がちに鳴っていた太鼓の音が、次第に速度と音量を増していった。それに合わせるかのように、3人の男が激しくからだを動かしはじめる。
股を大きく割って腰を落とし、両端が燃え上がる棒を左へ、右へと器用に操っている。と、いきなり棒をくるくると激しく回転させながら股をくぐらせ、背中へまわし、それを後ろ手にキャッチし、頭上高くに放り上げた。そうしながらも、3人はどすどすと足を踏み鳴らしながらステージ上を動きまわり、いきなり雄叫びを上げたかと思うと、燃える棒を剣代わりに戦闘シーンをくり広げはじめた。
ステフはもはや、前部の垂れ幕が風でめくれそうになることなど気にしていられなくなった。男たちの躍動感あふれるパフォーマンスに、すっかり魅了されていた。
なかでもカイから目が離せなかった。太く、たくましい腕。がっしりとした、ぶ厚い胸板。みごとに割れた腹。きゅっと盛りあがった尻。オイルを塗っているのか、汗ばんでいるのか、濡れて輝く褐色の肌。そしてなにより、全身からあふれ出る猛々しさ。カイがステージの前方に駆けよるたび、強烈な熱気が吹きつけてくる。
ステフは、なんとも形容しがたい感覚に襲われていた。鼓動が高まり、頬が上気し、口が半開きになる。全身をめぐる血流が感じられそうなほど、からだが熱い。
こんな感覚、生まれてはじめて……。
自分がなにをどう感じているのか、自分でもよくわからなかった。それでも、心が激しく反応していることだけはたしかだった。
ふと、太鼓の音が低く、小刻みになった。するとカイがステージの前方に歩みでて、ふたたびステフをじっと見つめた。まるで、挑むかのように。
ステフはのどをごくりと鳴らした。なんなの、あの視線? なんなの、この胸の高鳴りは?
カイは視線を据えたままさっと燃えさかる棒を頭上に抱えたあと、先端の炎を大きく開けた口にゆっくりと近づけていった。
え?
カイはそのまま、まるでごちそうを味わうかのように炎を飲みこんだあと、ステフに向かって片方の口角をきゅっと持ち上げてみせた。どうだ、といわんばかりに。
ステフはただ呆然とカイの姿を見つめていた。
3人の男がいったんステージの後方に下がったあと、なにかを口にふくみ、ふり返りざま、棒に息を吹きかけた。3本の炎が柱となって、勢いよく宙に立ち上った。
わーっという歓声と拍手喝采がわき起こり、男たちはステージから去っていった。
ステフは焦点の定まらない目でステージを見つめていた。
と、背後に鋭い視線を感じた。ふり返ると、褐色の肌をした若く美しい娘が、ステフをひたと見据えていた。まるで、親の敵を見るような目つきだ。
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