■03 危ないところだった!
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夜、パーティのあと、ノアに誘われて〝恋人たちの丘〟に出かけるステフ。
頭上には降るような星空、隣には超イケメン王太子。そんなロマンチックなムードに流されかけたステフだが……。
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夜、宮殿でステフたちを歓迎する小規模なパーティが開かれた。
パーティ会場となった宮殿の広間は、カリフォルニアにあるハート家の邸宅内の広間に毛が生えた程度のものではあったが、ステフはむしろその素朴さに親しみをおぼえた。
招待客である貴族の面々も、小さな島国ということもあるのか、とてもフレンドリーで、ステフはすっかり肩の力を抜いて楽しむことができた。
ステフは持参した優雅なワンピースでおしゃれを楽しんでいたが、DDは例によってピシッとスーツで決めていた。
「これはパーティなのよ、ミズ・DD」
「パーティといえども、ビジネスの一環ですから」
どこまでもお堅い人ね……。ビジネスといってもパーティはパーティなんだから、わたしは楽しませてもらうわよ。
ステフは広間の奥にいたノアに目を留め、にこやかな笑みを浮かべつつ近づいていった。
ノアはステフに気づくと、それまで話していたグループからさりげなく離れた。
「反対派グループのせいで不愉快な思いをさせて、申しわけありません」
ノアは近くを通りかかった給仕の盆からシャンパングラスを手に取り、ステフに差しだした。
「ありがとうございます、殿下。反対運動は想定内ですから。やっぱり不安に思う人はいますもの、ほかの国の人間がずかずか入りこんできたりすれば」
「そうですね。でも、反対派の数はけっして多くはない。大多数の島民は、観光による島の発展を望んでいますから」
ノアが悲しげな顔をしたあと、ぱっと顔を輝かせた。
「それより、僕たち、もう敬語で話すのはやめませんか? 歳だって近いんだから」
「え……そうですね……でも……」
ステフは左右に目をやり、DDの姿を探した。DDは数人の男性客と熱心に話しこんでいた。表情からして、おそらくビジネスの話をしているのだろう。パーティだというのに。
「ミズ・DDのことが気になる?」
「え……ええ」
ステフは恥じらうような笑みを浮かべた。
「なにかするたび、彼女に叱られてしまうので」
ノアが大きな笑みを浮かべた。
「彼女はかなりの堅物みたいだね。でも僕らは、もっとカジュアルにいこうよ。ここは南国だよ?」
「……ええ……」
「きみが担当者なんだろ? ミズ・DDはサポート役だと聞いている。だったら、彼女の意見をいちいち気にすることはないんじゃないかな?」
ステフは、はっと顔を上げた。
そうよ。担当者はわたし。だったら、もっと堂々とふるまわなければ。
「そうですね。では、お言葉に甘えて、もっとカジュアルに。ええと、ノア……さま?」
「〝さま〟は余計だ」
「ですよね」
ふたりは声を合わせて笑った。
「ところで反対派の件だけど、きみたちには王室がついているから、心配はいらないよ」
「ええ。ありがとう」
ステフはノアのやさしい言葉にうれしくなり、自慢の笑みを浮かべた。
ノアが愛おしげな視線を返してきた。
「それにしても、あの人……反対派グループのリーダー……カイ?……が、あなたの従兄弟だなんて、びっくり」
ノアが表情を曇らせた。
「そうだよね。幼いころは仲がよくて、よく一緒に遊んでいたんだ。ただ、僕の父とカイの父親とは、あまりそりが合わなくて」
「そうなの?」
「ああ、僕の父は進歩的な考えの持ち主なんだが、カイの父親は伝統にこだわる昔気質の人だった」
「なるほど」
「陛下もいっていたように、僕の祖父、つまり前国王も、すごく伝統にこだわる人だった。だから西欧諸国との接触にも乗り気じゃなかったんだ。父がヨーロッパの血が入った女性を花嫁に選んだときも、ひどくもめたみたいだ」
「お母さまのことね?」
「ああ」
「祖父としては、次男であるカイの父親の方を王位継承者に指名したかったんだろうが、残念ながらカイの父親は早死にしてしまってね」
「そうなの……」
「カイはあの父親の血を濃厚に受け継いでいる。祖父の血も」
「……」
ノアがなにかをふり切るようにさっと顔を上げた。
「それはそうと、パーティのあと、ちょっと出かけないかい?」
「え? あ、ええ、もちろん! この島のこと、もっと知りたいし」
「よかった」
ノアがにっこり笑いかけてきた。
ほんとうにハンサムな人……。ステフも美しい笑みを返した。
「なんてきれいなの!」
ステフは満天の星を見上げた。
「こんなにきれいな星空、見たことない」
ノアが満足げにうなずいた。
「ほら、月もきれいだろ?」
ノアが指さす方角に、光り輝く満月が浮かんでいた。
ステフはその美しさに一瞬、息をのんだのち、ふと頭を傾いだ。
「ほんとうにきれい。でも、なんだか、いつも見ている月とちがうような……」
「ここは南半球だからね。僕もイギリスで同じことを感じた」
「南半球と北半球では、月の見え方がちがうの?」
「模様の傾き方がちがうから」
「そうなのね。知らなかった」
ふたりはそのまましばらく夜空を見上げていた。
しばらくして、ノアが口を開いた。
「寒くない?」
そういって、ステフの肩にそっと手をおく。
「南国とはいえ、夜はわりと冷えるから」
「いえ、だいじょうぶ」
ノアが一歩ステフに近づき、肩においた手を腕にすべらせた。そのまま、そっとステフのからだを引きよせる。
ステフは夜空にうっとりしながら、されるがまま、ノアに身を預けた。
ノアがごく自然な動きでステフに両腕をまわし、ステフの頭にあごをのせた。
「ここは、〝恋人たちの丘〟と呼ばれているんだ」
「たしかに、すごくロマンチックな場所ね」
「ああ」
美しい星空と光り輝く月。周囲にはだれもいない。そしてステフはいま、見目麗しい男の腕の中にいる。
「きみは、あの星や月に負けないくらい美しい……」
ノアがステフのからだを自分の方に向けた。片方の腕をステフの背中にまわしたまま、もう片方の手でステフのあごをくいっと上向かせる。
「オンラインで打ち合わせをはじめたときから、きみとじっさい顔を合わせるのが楽しみでならなかった。あまりに魅力的な人だから」
ノアの顔が近づいてくる。あごに当てられた手が、頬へとすべっていく。ステフはそっと目を閉じ……
はっ!
ステフはすんでのところで目を見開き、さっとあとずさった。
だめだめ! わたしったら、なにをうっとりしているの?
ここへは仕事で来たのよ!
「ご、ごめんなさい。なんか、つい……」
「いや、こちらこそ申しわけなかった」
ノアはそういいながらも、ステフに熱い視線を向けたままだった。
「きみが、あんまり美しいものだから」
ステフはふたたびとろけそうになる心をぐっと抑え、ビジネスライクな口調を心がけた。
「ビジネスに男女関係を持ちこむわけにはいかないわ。さあ、もう帰りましょう」
「……そうだな」
ノアはいくぶんがっかりしたようではあったが、素直にステフを車まで案内した。
あぁ、危なかった!
宮殿内のゲストルームでひとりになったとき、ステフは勢いよくベッドに倒れこみ、大きくため息をついた。
また失敗するところだった。ノアと変なことになっていたら、DDになにをいわれるかわかったものではない。それにDDの口から両親やきょうだいに報告がいけば……。まだお遊び気分が抜けないのか、という叱責は、耳にたこができるほど聞かされてきた。
昔から男女問わずに好かれてきたステフだが、高校に入ったころから、男子にやたら声をかけられるようになった。「つき合ってほしい」といわれるたび、ステフも悪い気はしなかったし、そのときべつのだれかとつき合ってさえいなければ、たいていオーケーの返事をしていた。
しかし相手がいくら盛りあがっても、ステフの気持ちが盛りあがることはなかった。数週間、もしくは数か月もすれば、なんとなく面倒くさくなって、関係を解消してしまうのだ。ほんの数日しかつづかなかった相手もいる。いずれにしても、ステフにとって男性は、恋人というよりは友人でいてくれるほうがありがたい存在だった。
そんなステフの生き方を、両親もきょうだいもあまり快く思っていないのはわかっていた。ステフが新しいボーイフレンドを自宅に連れ帰るたび、「またか」という顔をされるのだ。いいかげん本気の相手を見つけたらどうなのか、と姉にはよくいわれるが、意識して本気になることなどできないし、そもそもステフには「本気」というのがどういうものなのか、よくわからなかった。
だからまた流れに任せてノアと男女の関係になったりすれば、それでなくとも低い自分の評価をいちだんと下げることになってしまう。ノアがビジネスの相手であることを考えれば、最悪だ。しかも、いくら小さな島国とはいえ、彼は将来この国の王座に就く人なのだ。
ほんとうに、わたしったら! 今度こそ一人前と認めてもらうはずではなかったの!?
ステフはもう一度、大きなため息をもらすと、豪華なバスルームに向かった。
明日からは、もっと気を引き締めなくては……。
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