■02 担当者はわたしなのに?

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すべて順調と思いきや、現地では開発反対派がステフたちを待ち構えていた。

おまけにミズ・DDにあれこれ釘を刺され……


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「すごい!」

「でしょう? ここがリゾートホテル建設予定地のキイアカ海岸です」

 ステフはノアが開けてくれたドアから海岸に降り立った。ノアはDDが降りるのを待ってから静かにドアを閉めた。

 目の前に、飛行機から見たのと同じ、ターコイズブルーの海がどこまでも広がっていた。そして真っ白な砂浜が、数キロ先までつづいている。外海から珊瑚礁で守られていることもあり、波も穏やかだ。ここにリゾートホテルを建てれば、世界中から観光客が押しよせることはまちがいないだろう。

 ステフは白い砂浜を数メートルほど海に向かって進み、さっとふり返った。

「ビーチの目の前に建てられそうね。すごく豪華なプライベートビーチになるわ」

 想像するだけで楽しくなってくる。

 DDが軽くメガネを押し上げ、砂浜の左右に目をやった。

「プライベート感を高めるために、砂浜をある程度、柵で囲った方がいいでしょうね」

「え? 囲ってしまうの?」

 ステフは砂浜を見わたした。

「それって、もったいなくない?」

「ここまで美しくて広々としたプライベートビーチは、世界にもまずないと思います」

 DDがまじめくさった声でいった。

「でも、高いお金を支払った人だけが楽しめる空間にしないと。人はそういうところにお金を出すのですから」

「そう……でもそれで、地元の人たちは納得するのかしら」

 ステフがそう口にしたときだった。どこからともなく、いきなり数十人の男女のグループが現れ、大声を上げはじめた。手にプラカードのようなものを掲げている。

「リゾート開発反対! 絶対反対! アメリカは出て行け!」

 そう叫びながら、どんどんステフたちのいる方に迫ってくる。

「え……?」

 ステフは一瞬とまどい、DDを見やったあと、ノアに目を向けた。

 ノアは渋い表情を浮かべている。

「反対派のグループです」

「反対派?」

「ええ」

 やはり来たか。ステフは身構えた。

 反対派がいるであろうことは想定内だった。オンライン会議の席でノアに反対派の存在についてたずねたときは、ただ「心配ありません」という言葉しか返ってこなかったが、先ほど国王にもいったとおり、反対派というのはどこにでもいるものだ。

 でもだいじょうぶ。わたしがなんとかしてみせる。

 ステフは反対派グループの方にすたすたと歩いて行った。DDがそれを制しようと腕をのばしてきたが、かまわず歩を進める。

 だいじょうぶ。わたしにはスマイルパワーがある。笑みを向けられて、不愉快に思う人なんているはずがないのだから。

「こんにち……」

 あと数メートルというところまで近づいたとき、ステフはグループの先頭にいる男の姿に目をとめ、はたと足を止めた。

 大柄な男だった。浅黒い肌。黒く長い髪。半袖シャツからのぞくたくましい腕。厚い胸板。全身から、男臭さと野性味をこれでもかとばかりに発散させている。黒い瞳が放つ鋭い眼光に、吸いこまれそうになる。

「あ……」

 これまでの知り合いにはいないタイプの男の人みたい。

 ステフはごくりとつばを飲みこんだあと、意を決し、いつも以上に魅力的に映るよう、にっこりほほえんでみせた。頬が引きつるのがわかったが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。

「こ、こんにちは。わたし、ザ・ハートのステファニーと申します」

 ところが目の前の男から返ってきたのは、敵意のこもった視線だけだった。

 それでもステフはめげずにほほえみつづけた。

「みなさんのご心配はよくわかります。でもザ・ハートは――」

「ここにホテルは建てさせない。さっさとアメリカに帰るんだな」

 男が口を開いた。

「カイ!」

 ノアが男に呼びかけた。

 カイ?

「もうやめてくれ。おまえだってわかってるだろ、島の未来のためには、ある程度の開発が必要なんだ」

 カイと呼ばれた男が、ノアをきっとにらみつけた。

「この聖なる海岸を、金の亡者に荒らされてたまるか!」

 金の亡者? わたしのこと? いえ、ザ・ハートのこと? いえ、アメリカのこと?

「あの、金の亡者だなんて、いくらなんでも――」

「ほんとうのことだろ? アメリカ人ってのは、金儲けのことしか考えていないじゃないか」

「そんなことはありません! 世の中のために――」

「ほう、世の中のためか? 世の中のためにホテルを建てるのか? じゃあ、ここにホテルを建てて、その売り上げは、全額マルルに寄付するとでも?」

 カイが口もとをゆがめた。

「どうなんだっ?」

「え……いえ、それは、いくらなんでも乱暴な……」

「だったら、金のためだろうが? 金儲けのために、この島の自然を、歴史を、伝統を踏みにじってでも――」

「もうやめろ、カイ。いくら従兄弟とはいえ、こんな無礼なまねは許さない」

 従兄弟?

 ステフはカイとノアを交互に見くらべた。

「とりあえず、車に戻っていてください」

 ノアはそういうと、腕を組んでカイと面と向かった。

 ステフはDDに手を取られ、引っ張られるようにして車に戻っていった。

 開発反対のシュプレヒコールに、背後から追い立てられるようにして。

 先ほどまで浮かれていたステフの心は、すっかり沈んでしまった。

 まさか、あんなふうに敵意をむき出しにされることがあるなんて。なんなの、あの人たち? なにもあんないい方をしなくてもよさそうなものなのに。

「ああいう方たちと、安易に口をきかないでください」

 車に戻ったところで、DDがぴしゃりといった。

「でも……」

「リゾート開発に反対運動はつきものです。それにかんしては、わたしにおまかせください」

「でも……担当者は……わたしでしょ?」

「担当者であるお嬢さまをサポートするため、わたしがついているのです」

 ステフはむっとした。

「お嬢さまっていう呼び方は、やめてもらうはずじゃなかった?」

 DDがわずかに目を伏せた。

「申しわけありません、ミズ・ハート。つい」

「〝ステフ〟でいいのに」

 DDはその言葉を無視し、窓の外に目をやった。

「わたしがきちんと説明会を開くなりなんなりして、反対運動は封じこめますから」

「封じこめるって……。先方の意見もちゃんと聞くのよね?」

 DDがそれに答えるより早く、ノアが車に戻ってきた。

「失礼しました。さあ、帰りましょう」


 その後、2日ほどかけて島内をくまなく案内してもらったステフは、島の地理をだいたい把握することができた。

 マルル島は、1日もあれば車で一周することのできる小さな島だった。しかし驚くほど多彩な自然に恵まれており、緑生い茂る森、溶岩で覆われた岩場、そして美しく魅惑的な海と、さまざまな表情を持っていた。目を見張るほど美しい砂浜もいくつかあったが、広さといい、景色といい、キイアカ海岸が群を抜いていた。

 やはりホテルを建てるならあの海岸しかない、とステフは考えた。DDも同意見だった。

 それでも、キイアカ海岸を訪れるたびに、数名から数十名の反対派グループに敵意のこもった視線と罵倒の言葉を向けられるのが不愉快だった。とくに、あのカイというリーダーのことが気になってならなかった。初対面のとき以来、カイがあからさまな罵倒の言葉を投げかけてくることはなくなったが、彼のあの黒い目でひたと見つめられると、ステフは妙にどぎまぎしてしまい、説得の言葉がしどろもどろになってしまうのだ。それでも不思議なことに、キイアカ海岸を訪れるたび、自分が彼の姿を探しているような気がしてならなかった。

 それだけ、厄介な存在だということよ。

 ステフは自分にそういい聞かせた。

 それにしても、このままなにごともなくマルル側と交渉を進めることができるだろうか。

 ステフとDDは、マルルに10日ほど滞在することになっていた。その間、現地の状況をふまえたうえで具体的なプランを作成し、それが国王をはじめとするマルル側に受け入れられれば、無事、本契約にこぎつけることができるのだが……。

 ステフは、反対派を〝封じこめる〟というDDの言葉が気になっていた。平和主義のステフとしては、反対派にも納得してもらってから開発を進めるというのが理想的だった。

 王室側だって、その方がありがたいに決まっている。でも……。

 例によってDDに、現実的じゃない、甘い、といわれてしまうだけかもしれない。

 はたしてこの仕事、DDに牛耳られることなくまとめることができるだろうか?

 そんなことを考えながらゲストルームのふかふかのベッドに横たわったステフは、いつしかすやすやと寝息を立てていた。

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