#5
駅を出て、久しぶりに海が見たいと思った。
遠回りだが、海沿いの人気のない道を行く事にする。進むにつれ潮の匂いを含んだ海風が吹いてきた。ただどうも様子がおかしい。
「おーい兄さん。海行くの?」と漸く道の向こうから歩いてきた男が声をかけてきた。白い短パンにシャツを着て、クーラーボックスを下げている。「そうだ」と答えると男は眉を顰めた。
「今、行ってもねぇ。潮が引いちゃって何もないよ」
「何もない?」
「まぁ行ってみたら分けるけども。後、大雨来るっていうから、早めに引き上げて下さいね」と言って、日焼けした右腕を上げて去っていった。
狭い小道を抜けた。沿岸の県道を挟んで海が見える筈だったが、見える筈の無いものが目に入り、自然に口の中で悲鳴が漏れた。よく大声を出さなかったと自分でも思った。
海が防波堤の先の先まで干上がっていて海底を晒していた。
船も船底を着底して折り重なっている。道を間違えたかと思ったが、防波堤の基礎部分まで剥き出しになっていて、何が起きているかは明白だった。潮が見たこともない程、引き切っているのだ。
そのままふらふらと遊歩道まで来て、よく見ようとしたが、港から遠く二キロ以上先にまで海は引いてしまっている。一人きりであることを忘れて、「―何が」と声が出た。
「昨日の夜からこんなになっちゃったの」と意外な事に返答があった。
髪の長い小学生位の女の子が、遊歩道の下から大きな目で見上げていた。悲鳴を聞かれたも知れないと思ったが、尋ねたのは別の事だった。
「―この海」。見れば見るほど慄く。海底の岩とそれを覆っている海藻まで見えた。
うまく言葉に成らない事を、女の子は上手く理解してくれて「一昨日位から急に潮が引いちゃったんだって」と答えた。
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