#3

盤面を片付けつつ、安井は玉を盤の真ん中に置いて「これが太陽ね」と言った。「水星が銀、金星が、丁度いいや、金将としますかね」と駒を摘んで順番に並べる。そして、歩を置いて「これが我らの地球としましょう」と言った。

「ご存じの通りこの後は火星、木星と続くのですが、我々の太陽系はこうして太陽様を中心にして周回していた訳ですよ」

 そう言いながら安井は銀と金に指を置いて、玉の周りをゆっくり円を描くようにして動かした。

「では太陽が沈まないって事はどういう事態かというと、天動説じゃないけど、逆に地球が天体の中心になればどうだって話になる」と言い、安井は缶ビールに口を付けて軽く首を傾げ、缶を軽く振った。

「うんざりしますけどね。昨日から真面目に太陽が地球の自転のスピードで、地球の周りを廻っているんじゃないかって議論されているんですよ」

「ホントですか、それ」

「本当な訳ないじゃないですか。今はそんな事が、いろんなレベルで喧々諤々玉石混同で言い合っているような有様でね。全く始末に負えない」

 じゃあ、と口を継いで出た。

「何にもわかっていないという事じゃないですか」

少し呆れた口調になってしまった。

「そうなんですよねぇ。当たり前ですが、太陽が地球を周回している説はありえないんです。そもそも質量が違う。こりゃ、小蠅が相撲取り捕まえてぶん回しているって言っているんですよ。海外の連中と話をしても、明らかなのは、情報不足って事だけです。どちらかと言ったら不用意な事を言って、テロや暴動等を呼び込まないようにしたいというコンセンサスのみ各国で共有されてます。今はまだそういうレベルなんですよ」

 そう言って安井が黙り込んだ。途端にシンと静まり返った。

 突然鉄の扉をガンガンとたたく音がして、サトウと席主がびくりと顔を上げた。安井は黙ったままだった。席主が「はいはい」と言い、席を立つ。

 入ってきたのは、場末の将棋道場には似つかわしく無い、スーツをきっちりと着込んだ丸刈りの大柄な男だった。しかも二人いる。

 安井はそれを横目で見ると、強く溜息を付いた。

「教授。電話には出ていただかないと」と片方が感情の無い声で言った。安井は残ったビールを飲み干して「ご馳走さん」と小声で言った。

「席主、これから大雨の可能性ありますからね。注意してくださいね。雨漏りがするんでしょ」と言うと、安井は二人を従えて出て行った。

「安井さん、本当に偉かったんだねぇ」と席主が言いながら窓の外を見た。サトウも見てみると、小道を塞いでいる黒塗りの車に連れ込まれている安井の姿が見えた。ぱっと見、誘拐されているようにも見える。

「ホントに、どうなっちゃうんでしょうね」と席主はぼやくように言った。本当だと思う。 

恐ろしいのは、何が起きているのか未だにわからないのが恐ろしい。

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