第55話 聖女ナディヤ
俺は師匠とクリスからエルヴィンの魅了の魔法の件を聞いた。
……ナディヤ。
俺はナディヤが何故あんなに変わってしまったのか納得した。
ナディヤは聖女だ。
心美しい女の子にのみ聖女のジョブは発現すると言われている。
勇者パーティで出会った頃のナディヤはまさしく聖女だった。
優しくて、落ちこぼれ始めた俺にも優しい言葉をかけてくれた。
いや、俺だけじゃない。色々な人々に優しい言葉や慈悲を与えていた。
……それを!
俺は怒りに打ち震えていた。
クリスならともかくナディヤを穢すなんて……
清らかな身体を弄んだ上、心まで支配してあんな女の子にしてしまうなんて!
俺はナディヤの心を穢したことが許せなかった。
あんなに優しい子を。
勇者パーティで落ちこぼれてナディヤになじられていた頃は気がつかなかった。
でも、考えてみればおかしな心変わりだ。
あんな優しい子があんな醜い子に変わる筈がない。
卑怯な魅了の魔法のせいと知って、エルヴィンへの怒りに思わず拳に力が入る。
そんな時。
「アル君、いい?」
「何ですか? エフィさん?」
冒険者ギルドでナディヤの事を想っていた時、エフィさんに声をかけられた。
「お願いがあるの。その、ナディヤさんのこと。アル君にはきっと辛いことになると思うの。でも、ナディヤさんのことを思うと……」
「ナディヤがどうしたんですか?」
ナディヤのためなら俺は力になりたい。
それでエフィさんの話を聞いた。
「ナディヤさんは街の病院で治療を受けているのだけど……魅了の魔法が解けて来てね。それで何度も自殺しようとしたの……」
「そ、そんな……」
俺は拳に力が入った。血が滴るのがわかる。
「ナディヤさんを力づけてあげて欲しいの。ナディヤさんもアル君に謝りたいって」
「そんな……みんな卑怯な魅了の魔法のせいじゃないですか?」
「私もそう思うわ。でも、本人は鮮明に自分が言ったことも思ったことも覚えているの。わかるでしょ? 魅了の魔法ってそういうものだから」
ああ、わかる。いや、誰でも知っている。
『魅了』の魔法が禁忌とされている所以。
その被害者は心も身体も弄ばれ精神に強い負担がかかる。
自己嫌悪で自殺する者さえいる。
「わかりました。ナディヤに会います」
俺はナディヤに会いに行くことにした。
☆☆☆
ナディヤはすっかり変わり果てていた。
美しかった容貌もやつれてすっかり台無しだ。
「じゃ。二人きりで話してね。私がいたら邪魔よね?」
「ありがとうございます。エフィさん」
俺はナディヤを前にして、言葉が出なかった。
あまりの変わりように涙が出そうになった。
ナディヤは自己嫌悪から自分を責めて、食事も喉を通らないのだろう。
俺に会いたいのも、俺に赦しを願うのだろう。
誰が彼女を責めることができるんだ?
だが、彼女から出て来た言葉は違うものだった。
「アル君、今の僕には君は眩しすぎて……だから逆に言えるの……僕、アル君のことが好きだったよ。クリスさんがいたから一生心に秘めておこうと思ったけど、言うね」
「……ナ、ナディヤ」
俺はナディヤの告白に驚いた。
少し嬉しい気持ちがしたが、だが、その意味を察して俺は思わず大声を出した。
「駄目だナディヤ! 君、死ぬ気だろ?」
「……」
俺は察した。ナディヤが赦しをこうのではなく告白した理由。
未練を断ち切るため。生きてきたことへの区切りをつけるため。
「アル君は優しいね……僕、あんなにアル君のこと侮辱したよ。アル君に罵倒してもらった方が気が晴れるよ」
「それは魅了の魔法のせいだろ? ナディヤのせいじゃない!」
ナディヤは儚げな表情をすると。
「でも、覚えてるんだ。僕がアル君のことを馬鹿にしたこと……ごめんなさい。なんであんなことをアル君に……僕は悔しいよ」
「俺はナディヤのこと嫌いじゃないよ。あれは魅了の魔法のせいだよ。ナディヤが苦しむなんておかしいよ」
「……ぼ、僕。ごめんなさい。ごめん、なさい……。ごめ、なさ……っい。ごめん、なさい……ごめ、なさい……っ」
ナディヤは何度も何度も俺に謝った。
俺は心の底からエルヴィンを憎んだ。
しかし。
ナディヤが俺のこと好き?
俺もナディヤのこと好き。
あれ? これ両想いじゃないの?
ナディヤはとても優しい子だ。それに暴力なんて振るわない。
クリスと違って。
エルヴィンもどうせならクリスに魅了をかけて、クリスだけ慰みものにすればよかったのに。
いや、ナディヤがエルヴィンに身体を穢されたとかもうどうでもいい。
ナディヤは被害者だ。
ナディヤ自身が悪い訳じゃない。
俺、そんなの気にしないし。
だから。
「ナディヤ、俺と結婚して?」
「えっ?」
ナディヤは心底驚いた顔をした。
俺はナディヤを見て優しく言った。
「俺に君の人生の半分をくれないか?」
「……僕にはそんな資格はないよ。聞いてないの? 僕、エルヴィンに……」
やっぱりそんなことを気にしているのか。
「君は今も綺麗だよ。俺は君を一生守りたい」
そうだよね。クリスは乱暴で怖いし、すぐに殴るし。
ここはナディヤ一択だよな。
「ぼ、僕、そんなの困るよ。ぼ、僕、ただアル君に告白して、謝って、この世の未練を……」
「だから俺はそんな君をほおっておけないじゃないか?」
「それじゃ、僕がクリスに申し訳がないよ!」
いや、だから、そのクリスよりナディヤがいいの。
だってクリス怖いもん、俺。
「わかったよ。アル君の言いたいことが……僕、生きるよ。そうでないとアル君は僕と結婚するって言い張るんだろ? アル君の優しさで目が覚めたよ。罪は償わないと。死んで楽になるのはむしろ卑怯だよ。僕は死ねなくなったよ」
いや、そうじゃなくて、俺、本気でナディヤと結婚したいんだけど?
その時。
「ひぃ!?」
「どうしたの?」
ナディヤが驚いて俺を見る。
俺は変な気配を感じて部屋の窓の方を見たら、クリスがゆっくりリ〇グの貞〇みたいに顔を出した。
こ、怖いよー。こ、殺されるぅー。
「い、いや、何でもないよ」
「アル?」
「ひぃ!?」
なんで、なんでクリスが俺のすぐ後ろに立っているの? ついさっき窓の外から顔出してたし、どうやって部屋に音もなく入ることができたの?
「クリス。君の幼馴染はとんでもなく優しいね。君が羨ましいよ」
「うん。わかってる。私のアルはとっても優しいの。幼馴染を捨てたりなんて絶対しないの」
俺は心の中で『ひぃぃ』と悲鳴を上げていた。
絶対全部聞かれていたと思う。
後で、絶対殴られる。
「ねえ、クリス? さっき窓の外から顔出していなかった?」
「何を言ってるの? そんな……ここは2階でしょ?」
一見いいシーンに見えるだろう。
ナディヤは笑顔を取り戻して、俺とクリスを微笑ましく見ている。
生きる気力を取り戻してくれたんだと思う。
でも、さっきの窓の外でクリスが覗いていたの、何?
俺は一人、ガクガクぶるぶる小鹿のように震えていた。
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