第54話 勇者の魔の手

ナディヤを犠牲にしてうまく逃げ延びることができた。


さすが俺だ。咄嗟に的確な判断ができた。


今頃ナディヤは魔物の腹の中だろうが、俺のためなんだ。


きっとあの世で喜んでいるに違いない。


何より、ナディヤはもうじゅうぶんにヤッて飽きたしな。


俺とアンネは一旦王都に帰還した。あの街にいることは俺の自尊心が許さない。


エルヴィンはクソまみれになったことを死ぬほど屈辱に思っていたが、街の人々は仲間のナディヤを見捨てて逃げたことの方でエルヴィンの名誉は地に落ちていた。


勇者どころか普通の冒険者でさえ、そのような不名誉なことは安易にしない。


それ程恥ずかしいことなのだ。


俺が王都に凱旋すると、そこに待っていたのは信じがたい屈辱だった。


「エルヴィン。僕は温厚な方だけど、さすがに看過できないな。Cクラスダンジョンの第4層まで踏破できたことは褒めてあげたい。でも、スタンピード発生の時の醜態はなんだ? 大勢の冒険者の前で堂々と仲間を見捨てて逃亡、スタンピードは冒険者達だけの功労でことなきを得た」


「…………い、いや。それはッ!」


「それだけならまだいい。街の領主からの報告が既に国王陛下に届いている。あのスタンピードをあっさり解決したのは新米冒険者……あのアルというではないか? 国王がアルのことを君に問いただすのは時間の問題だ」


「だ、だってあれは殿下が殺せって!?」


思わず殿下の胸ぐらをつかんで殴りつけようとしたが、ただならぬ殺気で萎えた。


「今、殺気を感じたよ。わかってるよね? 勇者は君だけではないことを?」


「は、はい。承知しております」


ち、ちきしょう。できれば殴るだけでなく、首も刎ねてやりたい位だ。


それにしてもアルめ!


なんて忌々しい!


恐らくあの冒険者達が優秀なだけで、元勇者パーティメンバーだったことを利用して英雄に成り上がったに違いない。


俺の功績を奪いやがって!


今まで散々足手まといだったくせに今度は抜け駆けか?


とても許せることじゃない。


簡単に殺すわけには行かなくなったな。


まずは幼馴染のクリスを目の前で犯して、クリスが俺専用の雌豚に成り下がったところをたっぷりと見せつけてやらないとな。


そうだ。ヤリながらクリスに故郷での昔話でもさせよう。


昔を懐かしみながら目の前で自分の最愛の幼馴染が俺に犯されるとか。


たまらんな。


そして最後はしながらクリスにアルの首を刎ねさせよう。


だが、今はそれより名誉挽回の機会を得ることだ。


「殿下、どうか俺に汚名を注ぐ機会を」


「ふっ。そう言うと思った。僕も君が立派な勇者となってくれないと困るんだ。今回のことは上手く誤魔化そう」


「はいっ! 思慮深き言葉に感謝いたします!」


心の中で何度もこにクソ王子への罵詈雑言を撒き散らしながらも俺は感情を見事に殺してクソ王子の機嫌をとった。


「名誉挽回にいい話があるが?」


「俺にお任せください!」


俺はこのクソ王子からあの街のCクラスダンジョン攻略から猫耳族を救援するために現地に向かった…



勇者エルヴィンが去った後、第一王子レオンは王城の自室で不機嫌だった。


「全く、無能一人のせいで、これ程僕を困らせるとは」


不機嫌な彼はストレスの為か高価なワインをがぶ飲みする。


アルを殺して、勇者パーティのリストラを断行しようとしたが、そのアルがまさかのステータス10倍の魔法を所有していた。おかげでかえってパーティが弱体化してしまった。


「全く、余計なスキルを持つなんてね」


彼は国王の指示に逆らい、それどころかパーティの要を殺害するという暴挙、いや無能っぷりを晒しただけの事というには気がつかない。この種の人間はどんなに有能な人間でも無能に見えるが自身が無能な事には気がつかないのだ。


まあ、だが、責任は全て勇者エルヴィンに押し付ければいいだけだ。


あれはあくまでエルヴィンの独断で僕は全く関知していなかったのだ。


あるいは不幸な事故、そう考えを帰結させる。


「全く僕にここまで骨折りをさせるとは……」


しかし、僕にこんなに迷惑をかけた以上、相応の罰を与えておくべきだね。


「そうだ。彼の目の前で彼の幼馴染の女の子に僕の夜伽を申し付けよう」


彼の情けない顔が思い浮かぶ。思わず『ざまぁみろ』と嗜虐心を湛えた笑みに頬が緩む。


「僕の機嫌を損ねるとどうなるか知ってもらうことになるよ」


アルの前で彼の最愛の幼馴染の女の子に夜伽の命令を出して、情けない顔に変わる彼の顔を思い浮かべて、恍惚とした表情を浮かべる王子レオン。


気のせいか発想がクズ勇者と全く同じである。


いや、むしろエルヴィンの方が想像力では上を行っているかもしれない。


その時、突然ドアをノックする音が聞こえた。


「お兄様。お父様がお呼びですわ。とても怖い顔をされてて」


「リナか? 用事は察しはついてるよ。僕の担当している勇者がとんでもないことをしでかしてね。僕もはらわたが煮えくりかえる思いなんだ」


「ゆ、勇者? あのエルなんとかが何か? お兄様、まさかアル様に限って何か良くないことに加担なんてないですわよね?」


「いや、むしろ、そのアル君に勇者エルヴィンが悪さをしたんだ。アル君には同情しかないよ。それにしてもリナはアル君のことを?」


☆☆☆


王子レオンは無能ではあるが、腹黒さではエルヴィンよりはるかに秀でていた。


レオン王子は苦渋に満ちたという顔を浮かべると、国王陛下の前に参上し、こう伝えた。


「国王陛下。も、申し訳ございません。勇者エルヴィンがパーティの要であるアル君を殺害……先程問いただしていたところ、逆切れして出奔してしまいました……」


「な、なんと!? 全く何と言う男だ。あのアル君に危害を与えた上逃げたと?」


「はい、申し訳ございません。僕も油断していなければむざむざ逃げられることなかったのですが、突然脱兎のごとく逃げられました」


「まあ、仕方ない。希代の勇者であるお前も人の子じゃ。油断したか。まさしく飼い犬に手を噛まれたな。良い、安心しろ。アル君は生きておる。あのダンジョンの街のギルドから報告があってな。信じがたい超大型新人があらわれての。その人物の名がアルと言うのじゃ」


「そ、それは一体?」


「その人物こそがアル君その人じゃったのだよ。儂は安心した」


何? アルが生きている?


「それにどうやら彼は……勇者であるお前を超える能力の持ち主のようじゃ。先日のかの街のスタンピード災害を彼一人で解決したぞよ」


何だと?


真の勇者にもっとも近い勇者である俺を差し置いてだと?


どうやら、暗殺しなければならないヤツが現れたようだな。


王子レオン。歴代最強と言われたこの国の勇者はあのエルヴィンよりもクズだった。

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