第5話電車
私には少々変わった友人がいる。
この裏側のセカイにいる「少女」は、表のセカイの人間とは違う思考、行動をする者が多い。
かくいう私も、自分の部屋を出て旅をしていることはこのセカイでは「変わっている」のだろう。
その不思議な友人に出会ったのは、私が旅を始めてすぐのことだった。
部屋を出てから道なりに真っ直ぐ進んでいた私は、初めて見る部屋の外の風景に驚き楽しんでいた。
道はでこぼこで時々躓いたり、果てのない天井を見上げたり、道の横に並ぶ物体に触ってみたり、あらゆるものに興味津々であった。
段々楽しくなってふんふんと鼻歌を歌いながら歩いていると、不思議な建物が見えてきた。
その建物には扉がなく、入口には柵があった。
柵の向こうには何かがあるようだった。
私は少し緊張しながら柵を越え、奥へと進んでいった。
少し進むと、開けた場所に出た。
そこには何だか大きな物体があり、地面には真っ直ぐな線の様に何かが伸びていた。
私は辺りを見回して、これが何なのか考えてみた。
このセカイには沢山の『部屋』があり、そこには『少女』が住んでいる。
ということは、扉も天井もないこの場所も『部屋』になるのだろう。
ここにも『少女』は住んでいるのだろうか。
そんな疑問が浮かんだ時だった。
「うらめん駅へようこそ!」
突然見知らぬ少女が現れ、私の手を掴んで上下にぶんぶんと振った。
「いやあ、長年この駅で働いているけど、お客さんが来るなんて思わなかったな!」
「あの、貴女は…?」
「私は電車の車掌です!」
でんしゃ?しゃしょう?
聞いたことのない言葉に私は首を傾げた。
「あの、でんしゃというのは何ですか?」
「おや、電車をご存じないとは」
彼女は両手を広げて驚いた表情を見せた。
それからえへん、と咳払いをすると、真面目な顔で語り始めた。
「電車というのは、大勢のヒトを乗せて運ぶ乗り物です。あ、乗り物というのはですね、ヒトが歩かなくても移動できる便利な道具のことです」
ほうほうと私は頷いた。
歩かなくても動くとは、とても不思議なことだ。
「なんとこの電車、元々は反対のセカイにあったものなんですよ!反対のセカイで何かすごい出来ごとがあって、偶然こちらのセカイと繋がった時に迷い込んだんです!それを私が動くように修理したんですよ!」
すごいでしょう!と彼女は胸を張った。
反対のセカイの物と聞いて私は興味が湧いた。
電車と呼ばれたものはとても大きく、銀色に輝いていた。
「これがでんしゃ…」
「そうです!格好いいでしょう?素敵でしょう?」
彼女は目を輝かせながら話し始めた。
「このシンプルな形が良いですよね!派手すぎず、地味すぎず、丁度いいお洒落な感じ!座席はお客様が寛げるようにふかふかにしてありますし、立っている時に掴める吊革もあります!路線図もちゃんと書いてありますよ!」
私は彼女の話を聞いてもさっぱり分からなかった。
「えっとそれはどういう…?」
「あら、すみません!つい調子に乗ってしまって…電車だけに…ふふっ」
彼女は一人でくすくすと笑った
私は首を傾げた。
車掌はもう一度咳払いをすると、胸を張って言った。
「とにかく、この電車は凄いのです!どうです?乗ってみたくなったでしょう?」
私はまた首を傾げた
こんなにも大きいものが動くとは、私には不思議で仕方がなかったのだ。
「これが本当に動くんですか?」
「もちろん!」
車掌は誇らしげに胸を張って言った。
「反対のセカイでは『電気』という力で動くそうですよ。こちらのセカイにはそんな力はないので、光る花を集めて動力源にしています。光る花はその名の通りピカピカ光ります。光る時に『電気』に似た力が発生するのです。それを利用して、この電車は動きます。これはとっても『エコ』なのです!」
えこ、というのが何なのか分からなかったが、とりあえずすごいらしい。
私は電車の周りをぐるりと一周して、じっくりと観察した。
なるほど、確かに外見は格好いい、のだろう。
電車の知識の無い私が見ても、中々良いと思える。
銀色の体に青い横線が引いてあり、アクセントになっている。
この中は一体どんな部屋なのだろう。
私は興味津々で窓から中を覗き込む。
暗くてよく分からなかったが、丸い何かが浮いているように見えた。
この電車が動く姿を見てみたいと思った。
車掌の元に戻ると、彼女は私に小さな紙切れを渡した。
「これを大事に持っていて下さい。絶対に無くしてはいけませんよ」
彼女は脅すように言うと、懐から何かを取り出した。
それを見た彼女は大変!と大声をあげた。
「ほらほら、もうすぐ発車の時間です!早く乗ってください!」
彼女は私の背を押してくる。
私は訳が分からないままに電車に乗った。
中は思ったよりも狭く、少し暗かった。
私は周囲を見回したが、乗客は私以外には誰もいなかった。
「まもなく発車致します。お立ちのお客様は席にお座りください」
そんな声がどこからか聞こえ、私は近くの席に座った。
すると、どこからかピリリと音が鳴り響き、電車はゆっくりと動き始めた。
窓を開けて外を見ると、さっきまで暗闇だった景色は、星々が輝いてとても美しかった。
私はその美しさにほう、とため息をついた。
景色は電車の速度にあわせて移り変わり、建物が沢山並んでいたり、緑の草原が一面に広がったり、青い川の上を通過したり、私は楽しくて仕方がなかった。
景色に夢中になっていると、 何時の間に現れたのか、車掌がそばに立っていた。
「切符を拝見します」
「きっぷ…さっき貰ったのですか?」
「そうです!ほらほら、早く出して!」
急かされるまま、私は先ほどもらった小さな紙切れを取り出した。
車掌はそれを受け取ると、変わった道具で挟み、また私に返した。
紙を見ると、端に小さな穴が開いていた。
「この穴は?」
「切符を確認した印です。これで貴女はこの電車の乗客になったのです!」
「なるほど…」
彼女は一礼すると去っていった。
私は切符の穴をじっと見た。
私は少し考えると、ポケットから紐を取り出した。
部屋を出た時に持ってきた数少ない所持品の一つだ。
紐を切符の穴に通すと、両端を結んだ。
うん、中々いい具合だ。
私はそれをポケットにしまうと、再び窓の外を見た。
移り変わる景色が、とても美しかった。
…
「終点、うらはじ駅です」
車掌の声が聞こえ、電車がゆっくりと動きを停めた。
扉が開くのを確認すると、私は一歩外へ出てみた。
そこは、とても大きな部屋だった。
照明が煌々ときらめき、様々な形、色の電車と思しきものが並んでいた。
私はわくわくしながら辺りを探索した。
一通り見て回り、近くの椅子に座っていると、何処からともなく車掌が現れた。
「どうでしたか?楽しかったでしょう?」
「はい、とても」
私は、電車が動いたことがとても不思議だったこと、電車からの景色がとても素敵だったことを語った。
車掌はうんうんと頷いて、私の話を聞いてくれた。
「電車の魅力が伝わったようで、私も車掌冥利につきます」
彼女は嬉しそうに言った。
「では私はこれで…」
「お客様、これからどちらへ行かれるのですか?」
「表の世界を目指しています」
「それなら!」
車掌は手を合わせて言った。
「私にもうちょっと付き合ってくれませんか?」
車掌に連れられて行ったその場所は、本と様々な物に溢れた小さな部屋だった。
「ここは?」
「車掌室兼私の『部屋』です!」
私は見慣れない物ばかりの部屋を見回した。
机の上には紙切れが積んであり、壁には変わったオブジェが飾られている。
「お客様はこれから表の世界へ行く…つまり、旅をするんですね」
「そう…ですね」
「でしたら、旅に必要な物を差し上げます!」
車掌はそう言うと、部屋のあちこちから不思議な物を持ってきた。
「これはランタン。明かりを灯すことが出来ます。こっちはロープ。長くて丈夫です。それから…」
車掌は順番に説明しながら並べていった。
私は一つ一つを手にとって使い方を聞いた。
旅に必要な物とは沢山あるようだ。
目の前に並んだ品々を見て私は驚いた。
「これだけあれば、旅をするのに困りません!」
そうだ、と車掌は大きな袋を持ってきた。
「この鞄に入れておけば持ち運びに便利ですよ」
車掌は鞄というものの使い方も教えてくれた。
私は先ほど貰った道具を鞄にしまった。
闇を照らすランタン、火をおこすマッチ、部屋から持ってきたペンと本も忘れずに。
最後に先ほどの切符を金具に付けた。
「あら、中々おしゃれですね」
こういうものがおしゃれというものらしい。
私は鞄を背負うと、車掌に礼を言った。
すると、彼女は少し照れながら言った。
「あの…お願いがあるんですが…」
「なんでしょうか?」
「私の…と、友達になってくれませんか!」
唐突なお願いに私は少し戸惑った。
「私はかまいませんが…でもどうして?」
「私、ずっと一人で寂しくて…『少女』は部屋を出ないから誰もお客様が来なくて…だから…」
私は頷いていった。
「そうですか。私でよければ是非お願いします」
「本当ですか!」
彼女は笑顔になった。
「ありがとうございます!嬉しい…!」
「私も嬉しいです」
こうして私に少々変わった友人が出来た。
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