第3話渦

 私がとある突き当りにあった扉を開けると、その部屋はあった。

四方を岩で囲まれたその部屋には、変わったところはなかった。

地面が渦を巻いて地中に流れ落ちる光景以外には。

私はうっかり足を滑らせないように慎重に渦巻きを覗きこんだ。

ぐるぐると回る先は垂直に落ちている。

渦の真ん中に開いている穴は、暗闇で何も見えなかった。

私は部屋を調べてみたが、渦の原因になるようなものはなかった。

渦巻きはただぐるぐると回っている

ふと思いついて、渦に小石を投げ入れてみた。

渦に乗って流れた小石は、そのまま暗い穴に落ちていった。

暫く待ってみたが、地面に落ちる音は聞こえてこなかった。

これは一体どうしたことだろうか。

渦の中はそんなにも深いのか。

試しにもう一度小石を投げ入れてみたが、先ほどと同じ様に落ちていくだけであった。

何も起きないと少々がっかりしながら部屋を出ようとすると、渦巻きから声がする。

「もし…どなたかいらっしゃるのですか?」

私は驚いて渦巻きを覗きこんだ。

渦巻きはぐるぐると回っている。

聞き間違いか、幻聴か。

そんなことを考えていると、今度ははっきりと誰かの声を聞いた。


「どなたですか?」


私は深呼吸をして落ち着くと、渦巻きに返事をした。


「こんにちは」

「ああよかった。私の勘違いではなかったのですね」

「これはこれは。渦の中にいらっしゃるとは知らずにすみません」


私は暗い穴を覗きこんだ。

先ほどと変わらず何も見えない。


「出来れば会って話したいのですが、私はここから出られませんので…」

「あなた、この渦の中にすんでいるのですか?」

「住んでいると言いますか、私、うっかり落ちてしまったのです」

「おやまあ」


聞けば、もともとこの部屋の「少女」であったが、気付けば部屋の床に渦が出来ていたという。

そして、興味本位で渦を覗きこんだらうっかり落ちてしまったらしい。


「ちょっとした好奇心だったのですが、こうなると分かっていたら覗いたりしませんでした…」

「それはお気の毒に…」


私は彼女を助けようと考えた。

鞄に入っていた縄で彼女を引っ張り出そうか、地面を掘って彼女の居る所まで進もうか。

しかし、縄をたらせば渦で切れ、地面は固く掘ることはできそうになかった。

私はただ、渦の中にいる彼女に声をかけることしか出来なかった。


「何もできずにすみません」

「いいんです。私の為にありがとうございます」


他に何か方法がないだろうか。

私は渦巻きをじっと見つめた。

そして思いきって渦に飛び込んだ。

ぐるぐると視界が回り、突然、下に引っ張られる感覚を感じた。

どずんと落ちた先はとても暗く、ぼんやりとしか辺りを確認出来なかった。


「あのう…」


目の前に恐らく彼女であろう影が立っていた。


「あなたも落ちてしまったのですか?」

「ええ、貴女を助けるには、これが一番手っ取り早いと思いまして」

「一体どうするのですか…?」


私は鞄から手探りでランタンを取り出すと、マッチを擦って火を入れた。

ランタンの光に照らされて、ようやく中の様子が分かった。

先ほど影に見えた彼女も、光によって顔が見えた。

「これは不思議な…貴女の顔がみえます」

「便利でしょう?」

「ええ、とても」


彼女はランタンを興味深く眺めていた。

私は壁に触れてみた。

ざらざらとした感覚が指に伝わる。

壁には何かの模様が刻まれていた。


「うーん、これには見覚えがあるな…」

「見覚え、ですか?」

「はい。これは確か…」


私は鞄から一冊の本を取り出してページをめくった。


「あらこれは?」

「本、というものです。ここには文字というのが書かれています」


そう、私の記憶にあったのは、本に書かれた文字だった。

私はもう一冊本を取り出した。

この本は、私が文字の読み方を調べて書きこんだものだ。

私は本と見比べながら壁の文字を読んだ。


「うず、まき…おちて、やみ…」


壁の文字は所々欠けており、読むのに苦労した。


「と…な…る…あ、が、れ…」

「あ、が、れ?」


その瞬間、体がぐるぐる回り、さっきとは逆に上に引っ張られていた。

そしてどすんと尻もちをついたそこは、最初に入った部屋であった。

傍らでは少女が驚いた顔で座っていた。


「出られた…?」

「そうみたい、ですね」

「でもどうして・・・?」


私達は首を傾げて考えた。

そして、その理由に気付くと、吃驚した後に大声で笑った。

そう、簡単なことだった。

上がれ。

その一言で渦の底から出られたのだ。

私達は暫く笑い合った。


「本当に可笑しい…ふふふ…」


ひとしきり笑った後で、私はおいとますることにした。

私は、ランタンと文字を読む為の本を彼女に譲った。

彼女は壁の文字に興味を持ち、何が書いてあるか解読することにしたらしい。

渦から出られる方法が分かり、これで思う存分飛びこめると彼女は笑顔で言った。

私は挨拶をして扉を開けると、またあての無い旅に出た。

次はどんな部屋だろうか。

私の胸は期待に膨らんだ。

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