なんか音がする。ちがう、誰かの声だ。小学生が歩いていくときの声?ちがう、もっと少ない。

「………ん、…ウさん、フウさん!早く起きてくんなまし!もう七ツ半でありんす。おくれてしまいんす」

「早く起きろ!いつもこんな時間まで寝ているのか」

 ふほうしんにゅうしゃ、ということか?

 私は恐る恐る目を開くと、夢で見た高尾さんと勇さんがいた。

「???」

 驚きすぎて、口が半開きになったまま体が硬直してしまった。

「なんであなたたちがいるんですか?夢だったはずのでは……」

「夢ではない。仮に夢だとしたら、おまえはいったい、どうやって家に戻ってきたんだ。俺が直々に紙にまとめてやってる間に、おまえが寝こけてしまったんだ。本当だったらあの屋上に戻したところを、高尾さんの好意で、わざわざ俺たちがおまえをベッドに戻したんだからな」

 感謝しろと言わんばかりの顔だ。

 とりあえず、ありがとうございますと返しておいた。ほんとに夢じゃなかったんだと改めて思った。

 立ち上がってスマホを開くと、なんとまだ朝の五時だった。

「こんな時間と言っていましたが、まだ朝の五時ですよ?」

「はて、五時ならもうとっくに起きていんすよ。なんせ、女はやることが多いんすからね」

 そんなおしゃれに気を配ることなんてないんだけど。

 でもすっかり目も覚めちゃったし、久々に早起きするとしよう。

 LINEを開くと、“NAGI”という名前のアカウントが友達登録されていた。

 やっぱり夢じゃなかったんだ。あの人の顔や声、話したことが頭に思い浮かぶ。昨日の出来事がまだ信じられない。きっと連絡するのを忘れて、一度も会わないまま終わるんだろうな。別にいいけど。

「あら、想い人でありんすか?私も昔は、色んな殿方を落としたんでありんすよ」

「違います。支度をするので、少しの間外れてもらっていいですか?」

 わかりんした、と勇さんを連れて出ていった。

 そういえば、雨宮さんから貸してもらったコート、また返さなきゃ。さすがに服は昨日のままだったから、コートもそのまま着てた。

 コートは通学用のバックに入れた。

 すずらんは、見たことのない花瓶に丁寧に生けてあった。高尾さんがやってくれたんだろう。

 制服に袖を通して、眼帯を持って、私は洗面所に向かった。お母さんを起こさないようにしないと。

 シャワーを浴びて、顔は水で洗った。冷たい水が、まだ鈍ってる私の意識を叩き起した。

 洗顔なんて、したことない。洗顔料を買うくらいだったら食べ物を買ったほうがいい。

 眼帯を右目につける。これで少しは人間らしくなったと思う。

 鏡に映る自分を改めて見つめてみた。

 伸ばしたままで、腰まである髪の毛。

 気味の悪い猫目。

 低い鼻。

 大して良くないスタイル。

 鏡を見る度、自分を嫌いになっていく。それなら見なければいいのに、周りからどう見えているか気になってしまう。

 みんなが私のことを「怪物」って言う意味も、納得できてしまう。

 校則では、肩より長いの髪は結ばなきゃいけないし、目下の前髪は切らなきゃいけないんだけど、どうしてもそれは無理だ。

 こんな顔を普通に晒すなんてできない。特に前髪は、私にとって唯一の砦なんだ。

 そこで私は、ハッと気がついた。私、起きたとき眼帯つけてなかった……。

 高尾さんと勇さんに見られた。私の中で一番醜いところを。

 そう思うと、上手く息が吸えなくて、酸素が頭に回らなくなった。視界がぐらぐらして、苦しい。

 息、すえない…。

「フウさん、どうしたんでありんすか?息を、息を吸ってくんなまし!フウさん!」

「高尾さんも落ち着いてください!過呼吸を起こしています。フウ、息を大きく、ゆっくり吸い込め。そう、ゆっくりだ」

 高尾さんと勇さんが来てくれた。高尾さんと勇さんが背中をさすってくれ、しばらくして落ち着いたころに、私は2人に言った。

「私の、右、目を見たこと、忘れて、ください。お、お願い、します…」

 これだけは、言わなければいけなかった。2人には、醜い右目を見られてしまった。それは、私にとって、生きることと同じくらいつらい。

「わかりんした。あちきらは何も見ていんせん。だから、安心してくんなまし」

 高尾さんは、何か言いかけようとしていたが、言葉を飲み込み、私のお願いに了承してくれた。勇さんも、黙って頷いてくれた。


 リビングに行くと、お母さんがソファーで寝ていた。落としてないメイク、そのままの服。

 メイクぐらい落とせばいいのに。

 そこら辺にあった毛布をお母さんにかけてキッチンに行ってみると、いつのか分からない食パンの袋を開けてみると、カビが生えていて、異臭がした。気分が悪い。

「ひどいな。今の時代でもこんなものを食べるとは」

「食べませんよ、カビの生えたものなんて。お母さんも仕事が大変で買い物に行けてないし、私も面倒くさいから行かないだけです」

 今日も朝食はなしか、まあ諦めよう。

 そういえばさっき勇さん、私のこと「フウ」って呼んだ気が……。言わないほうがいいだろう。彼のことだから、言ってないと言い張って拗ねてしまいそうだから。

 時間も迫ってるし、そろそろ学校に行くか。

「ん〜、、、フウ?」

 ああ、起こしてちゃった。お母さんが私のほうにゆっくり歩いてきた。

「偉いねぇ、ちゃんと学校に行って。フウはお母さんの誇りだよぉ」

 手を頭に伸ばしてくる。思わず体を硬直させてしまったが、そんな私とは裏腹に、柔らかい仕草で私の頭をふんわり撫でた。

 大好きなお母さん、優しくて美人な私のお母さん。私がぎゅっとハグをすると、お母さんは嬉しそうに笑った。

「じゃあ、学校に遅れちゃうから、そろそろ行ってきます」

 そう言うと、お母さんはいってらっしゃ〜いと言い、花歌を歌いながらリビングに向かっていった。


 ドアを開けると、太陽がうざったいくらいに眩しい光を放っていた。さっきはカーテン越しだったから、よけいに眩しく感じてしまう。

 道ですれ違う人や車に乗っている人が、好奇心を含んだ目で、ちらちらとこちらを見ている。

 そりゃだらーっと伸びてる髪の毛に眼帯をしている子がいたら、不気味に思ったり、おもしろがったりするよね。

 もしかしたら、厨二病だと見られているかも。でももう慣れたし、下を向いていれば、その目線にも気づきにくい。

 すると、今までずっと黙っていた高尾さんと勇さんが、口を開いた。

「フウさん、先ほどの方はお母様でありんすか?」

「はい、優しくて美人で、私の自慢の「その割には、撫でられるときの様子が変だったがな」

 私は勇さんの遮った言葉に一瞬ドキッとした。その言葉に反応せず、再び下を向いて歩いた。

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