懐中時計
「まずあなたに、これを渡しんしょう」
チャラッと鎖の音がした。
高尾さん胸元から出したのは、ダイヤモンドのようなものがついた、金色の懐中時計だった。
「こんな高価そうなもの、もらえません。お返し致します」
「そんな大層なものだったら、貴様みたいなものに渡さぬわ。これはただの装飾ではない。これは、他の人が貴様に対して、良い感情を抱いているということがわかるものだ」
良い感情…………?そんなもの、誰も私に抱いているわけないじゃない。
そんなもの、必要ない。それで私の自殺を止めようということなのかな。
「悪いんですけど、それで私の自殺を止めようとする任務なら、やめてください。私は、もう決めているんです」
「説明を最後まで聞け。話を遮るな。これだから小さい子どもは嫌いなんだ」
この人いま、私のこと小さい子どもって言った?私は一応17歳だ。確かに背は低いほうだし、年齢を低く見られることだってあるが、それでも失礼すぎる。
「あの、私高校生なんですけど?」
「ほう、それでは貴様は何歳だ?言ってみろ」
「17歳です」
勇さんがえ、と動揺したような表情になった。
「ちょっと待て。もう1回言ってみろ」
「だから、17歳です。あなたは何歳なんですか?」
勇さんの目が泳ぎ、明らかにさっきよりも動揺してる。
さっきの偉そうな物言いからは想像できないけど、もしかしてこの人……。
すると、私たちの会話を見ていた高尾さんがくすくす笑っていた。
「実は、勇のほうがフウさんより年下でありんすよ。私はさっきフウさんの書類を見たから知っていんしたけど。ちなみに、勇はひとつ下のひとつ16でありんす」
勇さんはプルプル肩を震わせて、顔を真っ赤にしていた。恥ずかしさからだろう。
なにせ、自分より年下と思って上に出ていたのに、自分のほうが年下だったなんて、誰だって恥ずかしい。
私が年上なら、まず望むことは……
「貴様って言うの、やめてもらってもいいですか?」
「う、うるさい!実際の年齢は俺のほうが低くても、人生経験は俺のほうがずっと高い!」
まあいいか。私は半分あきれを含んだため息をついた。
「なんで高尾さんも教えてくれなかったんですか!?もっと早く言ってくださいよ!」
「あら、さっきあなた、私が書類確認したか聞いたとき、確認したと言っていんしたよ。恥ずかしいなら、これからきちんと書類に目をお通しなんし」
高尾さんがそう言うと、勇さんはぷいっと顔をそっぽに背けてしまった。
2人の立場がさっきと真逆になっている気がする。
「では、この懐中時計の説明の続けんすね。さっき勇が言ったとおり、他の人があなた対して、良い感情を抱いたら反応します。これは時計のように見えんすが、数字が10までしかありんせん。大きい数に針がさせば、とても良い感情を持っていんす」
「あの、良い感情ってどんな感情が含まれるのですか?」
高尾さんがにこりと笑った。
「さすがフウさん、よいところに目をつけんしたね。そうでありんすね、『嬉しい』『楽しい』『感謝』『安心』でありんすかね…」
「それでは、その4つに反応するということですね」
「高尾さん、もう1つ忘れています」
いままで黙っていた勇さんが口を開いた。
「あら、ほんざんす?これは失礼致しんした」
「本当にあなたは…。もっとしっかりしてください」
高尾さんはえへへと申し訳なさそうな顔を、勇さんは呆れたような顔をしていた。
この光景は、2人にとっては日常茶飯事のようだ。
けっこう仲良いんだな、この2人。
勇さんは、一呼吸おいてから口を開いた
「もう1つは、『愛している』だ」
私にとって、一番無縁な言葉。だから別に必要ないか。
「おまえ今、この言葉必要ないな、と思っただろう。たしかにおまえみたいなやつに、この感情を抱くやつはそういないだろうが、万が一ということもあるから、覚えとけ」
あ、貴様からおまえに昇格した。
それにあなたに言われなくても、誰も私なんかにそんな感情を抱かないことくらい、わかっている。
「あなたに言われなくてもわかっています」
「あぁ、これは失敬。もしかしたら、何か勘違いして生きてきたかもしれないから、心配してやったん」
勇さんの煽りは、「勇、黙りんさい」と、高尾さんにピシャリと止められた。
「話がそれんしたね。それで、さっき勇が言ったとおり、『嬉しい』『楽しい』『感謝』『安心』『愛している』の5つが感知されんす。この宝石のようなものは、この5つの感情をわけるためにありんす。『嬉しい』は黄色、『楽しい』は赤色、『感謝』は緑色、『安心』はオレンジ色、『愛している』はピンク色に輝きんす。ちなみに、この宝石でもどれだけ良い感情を持っているか、わかりんすよ。光れば光るほど、感情が強いということでありんす」
「もし本当に光ったとしたら、周りで見られるんじゃないんですか?」
街中で、急に女の子の懐中時計が光ったら、さすがにみんな気になるだろう。
「心配しんでくんなまし。この懐中時計も、その光も、他の人に見えることはないでありんす。けれど、『愛している』のときは、周りにも光が見られるんで、そこのところ、上手くやってくんなまし」
少し適当だな、この人。
私の場合、言われることがないし、そもそも思われることもないから大丈夫だ。
「もちろん、あちきらのことも見えないんで、安心しなんし」
「そうですか、それなら安心で…………って、え!?」
まさかだけど……。
「ま、まさか、高尾さんと勇さん、私と一緒に来るんですか?」
「俺も不本意ではあるが、任務だからな。同行せねばならんのだ」
「安心しなんし。お風呂や着替えには立ち会いはしんせん。それに、あちきらも他の仕事がありんす」
今までずっと一人で生きてきた人間が、急に他の人と行動するのだから、大変になりそうだ。
「フウさん、あなたに一つだけ、守ってもらうことがありんす」
高尾さんが、一呼吸おいてからまっすぐ私の目を見据えた。
さっきの明るくてにぎやかな雰囲気と一転して、高尾さんは真剣な顔をして言った。
「あちきらや嚮後選択、もちろん懐中時計のことも、ここであったことは絶対に、他の者に話してはいけんせん。もし、話してしまった場合、あなたの一番嫌なことが実行されるでありんす」
「例えば、どんなことですか?」
「そうでありんすね。例えば、ある少年がいんした。その少年は、来世に賭けて自殺しようとしんした。そこで、嚮後選択を授かりんしたが、他者にそのことを言ってしまいんした。少年は、来世を望んだ、つまり、来世がないことが一番嫌なこと。だから、少年に来世はなくなる、ということでありんす」
なるほど、確かにそれは避けたい。私の場合はなんだろう。誰にも知られずに、ひっそりと死ぬ、といったところだろうか。
そもそも、私の言うことを信じる人なんていないし、誰が話してもこんな話を信じる人はいないと思う。
「わかりました」
「お前は一度にこんな多くのことを言われたらわからないだろうから、俺が直々に紙にまとめてやる」
「別に大丈夫ですけど……」
「フウさん、素直に受け取ってやってくなんし。意外と世話焼きなんでありんす。あれが、あの子の優しさの形なんでありんす」
まぁ紙に書いてもらったほうがわかりやすいし、ありがたく受けとろう。
勇さんが紙とガラスペン、そして青色のインクを持ってきた。
思わず見とれてしまうような、透き通った、冬の真昼の空のような青色だった。
「綺麗だろう?俺のお気に入りなんだ。昔、俺の大事な人からもらってな」
一瞬、哀しみを含んだ笑みを浮かべたが、すぐにその笑みは消えた。
カリカリと書く音が心地いい。
「それでは、嚮後選択やこの懐中時計について、書いていく。机、揺らすなよ」
『 〈嚮後選択〉
・嚮後選択は、自殺しようとした一部の選ばれし者に与えられる権利である
・これは、自分に向けられた他人からの良い感情が感知できるようになる
・感情な感知は、懐中時計型のもので確認できる
・感情は5つわかる
『嬉しい』『楽しい』『感謝』『安心』『愛している』
・上記の5つの感情を感知したとき、懐中時計に付いている宝石の色が光る。
・宝石の色で、上記の5つの感情を以下の通りに識別できる。
『嬉しい』→黄色『楽しい』→赤色『感謝』→緑色『安心』→オレンジ色『愛している』→ピンク色
・また、懐中時計の数字と宝石の色で、良い感情の程度がわかる。
懐中時計は、本来1~12までの数字が並んでいるが、この時計は1~10まで並んであり、大きい数字に針が指すほど、良い感情が強い。
ちなみに、針はひと針である。
宝石の色の場合、明るく光れば光るほど、良い感情が強い。
・懐中時計、懐中時計の光、自殺管理班の者は、他者には見えない。しかし、『愛している』が10の最高潮に達した場合、そなたに良い感情を抱いた者だけに光を見られる。
・懐中時計、懐中時計の光、自殺管理班の者などについて、他者に話した場合、そなたの一番嫌なことが実行される。
・他者に話した場合、懐中時計、懐中時計の光、自殺管理班の者などは、そなたと他者の記憶から消され、そなたは今後一切嚮後選択に選ばれることはない。
・嚮後選択は、そなたの未来が明確に決まるまで続くものとする。 』
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