第5話

 そうなのだ。ワンピースとかジャージとかそんな事はどうでもいい。

「…さっきの」私は恐る恐る聞いてみる。「…呪われてるって話なんだけど」

すると黄色ジャージ姿のキイはニヤッと笑った。

「薫ちゃん、今のでアウトよ。薫ちゃん的にはね」

嬉しそうな声でそう言った。


 キイの声は高くもなく低くもなく早口でもゆっくりでもなく聞き心地が良い声をしてる。見た目だって可愛いし…

「アウトってどういう事ですか?」

ニッコリ笑ったキイは言った。「タメ語でいいよ」

「アウトってどういう事?それで呪われてるってどういう事?」

「まず私が、」キイはしたり顔で説明し始めた。「誰かに『私は呪われてる』とか言われたら今後その人とは2度と絡むことがないように穏便にその人の前からいなくなる。しかもネコになってるとこまで見てたでしょ?」

 見てた。


 そうだよね…。私は最初この子がネコに戻った時に速攻でここから出て行くべきだったのだ。

「なのに薫ちゃん…」キイが続きを話そうとしたら、ドアのカウベルがカラン、と鳴った。

 「ごめんくださ~~~い」

明るい声で入って来たのは薄茶の髪がショートカットで小柄なきゅるんとした感じの可愛らしい女の子だ。キイよりも年下に見える。

「いらっしゃいませ!」とキイ。

「こんにちはキイ」とそのお客さん。「あれ?今相談中?」

「あ、ううん。この人新しく入った人。今日からだからまだ挨拶もちゃんと出来ないんだよ~~~」

私を見ながら困った感じをわざと出して説明するキイ。

「…すみません」とお客さんに謝る私だ。「いらっしゃいませ」

「いいんだよ~~」とお客さん。「最初はさ、ドキドキするしさ、いらっしゃいませ言うのだってちょっと恥ずかしかったりするよね~~」

「…はい。あの、ありがとうございます」

私がお礼を言うと「キャハハハハ」とお客さんは明るい声で笑った。


 「それでさあ聞いてよキイ」とお客さん。

「なになになになに」とキイ。

「どうしたの?なんで今日はジャージ?」聞いてよと言ったのに質問するお客さん。

「ジャージの日もあるよ。この後やまぶき幼稚園に手伝いにも行くから」

「ふ~~ん。でさ、でさ、聞いてよキイ」

「聞いてるよ。サクラさんがジャージの事言い出したんじゃん。もう私時間ないよ」

「ごめんごめん」とサクラさんと呼ばれたお客さんはヘラっと笑った。

 私は二人のやりとりを、二人の顔を交互に見ながら黙って聞いている。

 幼稚園に手伝い?


 「相談ていうかさ」とサクラさん。「私、人の悪口言いに来た~~~」

「まあ、いいけど」とキイ。

「この間新人入ったって言ったじゃん。なんか私がその子教える様に言われた~~って言ったじゃん」

「言ってたねえ。喜んでたでしょ結構」

「そうそう。困ったなって言ってた割に、私新人に仕事教えてあげるの初めてだったからちょっと嬉しかったんだよね」

 このサクラさんて人は高校生と言っても通りそうなほどなのに、もう働いてるのか…何歳なんだろ…


 「で、教えてたらさあ、はい、はい、って素直に聞いてくれてるっぽかったんだけど、結構同じ間違いしたり、何回か教えたはずのとこわかんなかったり、私には敬語使うのにお客さんにタメ語だったりして、それでもまだ新人だからって、まあ仕方ないでしょ?私だって今でもいっぱいわかんないとこあるしさ」

うんうん、とうなずくキイ。

 サクラさんは話しながら私の事も見て来たので、迷ったが私も、キイと同じように、うんうん、とうなずいてみるしかない。それを見てキイが、ふっ、と笑ったが、それも仕方がない。だってお客さんのサクラさんが私の事も見てくるんだから。


 サクラさんは続ける。「で、私も教え方下手だから、わかんないとこは何回でも聞いてってって言ってたんだけどさ、昨日くらいから急によ?」

「なに?」

「急に、『私、天然なんです~~』って言い出した」

「まじか」

「まじまじまじまじ。それ言われてもさ、『だから?』って思うじゃん。でも『だから?』って言っちゃいけないかなって思って、『そうなんだ~~』って私優しいから言っちゃって失敗してんの」

「『だから?』って言ってやりゃ良かったのに」

「それで、困った事に私以外の先輩社員にもそれ使ってたんだけど、おっさんとかは『あ~~じゃあもっとゆっくり高橋さんに教えてもらえば大丈夫でしょう』とか言い出して、でも女の先輩にはそれ通じないから使わないんだけどさ」

「すごい計算高い天然だな」

「天然でもそこは何とか自分が選んで入った職場だし、頑張って工夫して仕事覚えていってくれたらいいのに。それでそういう子に限って直接自分の足を引っ張らなかったら、おっさんらってすんごい甘めにみるじゃん。こっちに手伝ってやったらいいのに意地悪だな、くらいの感じで」

「おっさんてそういうもんでしょ」

「いや、ただでさえ面倒なおっさんらとの絡みがよけいウザさ増してるから、だんだんその新人がすんごい嫌いになってきてさあ。もう優しく教えられないんだよね。もう眉間に皺が寄って来る。そしたらその新人、余計私の顔色伺うような素振りするんだけど、顔色伺う気遣い出来るなら、もちょっと自分で頑張ったらいいかなとかさ。もう私ただイライラ増すだけ」

「大変だねええ」とキイが同情する。

「そうなんだよ~~~」

キイは、私にも同調を求めた。「ねえ薫ちゃん?サクラさん大変だよねえ」

「…はい」

「はい?」とキイ?「じゃあどうしたらいいと思う?」

「え?」

「『え?』じゃなくて。どうしたらいいかちょっと言ってあげなよ」

私が!?


 サクラさんがキラキラした目できゅるん、と私を見ている。見た目的にサクラさんが天然系ぽそうだと私は思うけど。

 少し考えてから答えてみる。「上司に相談して教育係を1日でも交代してもうらうとか?」

「ふ~~ん」と言ったのはサクラさんではなくてキイだ。「ちょっと考えてから言った割にはあんまたいした答えじゃないけど。1日でもっていうのはいい考えかもね」


 キイがサクラさんに言った。

「まずその新人て全然可愛くはないでしょ?」

「え!?」と驚くサクラさん。「いや、見た目は可愛くないわけじゃなくて、大モテしそうでもないけど、男の子に誘われはしそうな、合コンとかでは人気ありそうな…」

「それ遠回しに悪く言ってるって。それでそういうのって、女子から見たら可愛くないじゃんあざといでしょ?」

きっぱりと言うキイだ。

「…うん、まあそうかも」とサクラさん。

「ほんとの天然の子って絶対自分からは天然だって言わないでしょ?自分の事が天然かどうかもわかんないとこがもう重大な天然事項だから。自分から自分の事を天然だって言ってとぼけた失敗を水に流させようとか、図々しく可愛がってもらおうって思うような子は絶対に天然ではない」

「やっぱそうだよね」ぱあっと明るい笑顔で答えるサクラさんが安心したように言った。「イライラして苦々しい気持ちでいる私が意地悪なわけじゃないよね?」

「1日だけ他の人に面倒任せたらいいんよ。それでそれをチラチラ見て、受け答えを冷静に観察して、自分だったらの対処法ももう一度よく考えてさ。私だったらさ、『天然なんです~~てへっ』って言われたら、すかさずデカい声で『そうだよね~~天然で可愛いよね~~~。ちょっと○○さ~~~ん聞いてくださいよ~~、この子自分で自分の事天然て言ってるんですよ~~びっくりするくらい可愛いですよね~~~』って一番厳しそうな女子の社員さんに振ると思う」

「それ私もやろっと!ありがとキイ。私明日職場に飴ちゃん持って行く。いろんな種類の飴ちゃん、適当に二袋入れてくれる?」

「毎度ありがとうございます~~」まじめかふざけているかわからない感じでキイは言いながら、レジカウンターの下から茶色い紙袋を取り出して、ガラスの大びんに入った飴を手づかみで入れ始めた。


 サクラさんが私に聞いた。「えっと何ちゃんだっけ?」

「…山根と言います」

「山根何ちゃん?」

「山根薫といいます」

「薫ちゃんね。これからもよろしくね」

「…はい。ありがとうございます」

 辞めるつもりなのにありがとうございますって言ってしまった…。


 

 

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やまぶき雑貨店日誌 山吹カオル @yamabukikaoru

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