第4話
「私は呪われているし、私のお姉ちゃんも呪われてんの」とキイが言った。
…そうか、お姉ちゃんがいるのか、と思う私。
「私がなんで呪われたかって言うと…」とキイが続けかけた時に、またカウベルがカラン、と鳴ってお客が入って来た。
「こんちは~~~」
慣れた感じで入って来たのは私と同じくらいの歳の男の人。
「あ~~こんにちはこんにちは」と、はいはいはいはい、みたいな言い方で答える店主の桜井さん。
キイはいつの瞬間戻ったのか、また黒猫になっていた。床に腰を下ろして前足をそろえ、犬の「お座り」みたいな良い姿勢のまま私をじっと見上げ、私も入って来たお客はおろそかに、キイを見つめていた。
キイとキイのお姉ちゃんは、何に呪われてるのか恐ろしく気になる。
「お~~キイ~~」と入って来た彼が言ったので、彼の方を見た。
あれ?なんか見たことがあるような…
彼はキイに続けた。「綺麗なエジプト座りしてんじゃん、おりこうだな」
エジプト座り?この座り方、そんな名前なのか…
彼はそう言ってほめながら身をかがめてキイに近付いたが、キイは急に大口を開けて「シャアアアアアーーー」と彼を威嚇した。
ビクっと後ずさって、「おいおいおいおい」と彼。「『シャアアアアアーーー』ってなんだよ、ネコなのに。毒蛇みてえじゃねえかキイ」
「ハハハハハ」と桜井さんが笑った。「相変わらず嫌われてるねえ、矢口君」
「いやいや、嫌われてはねえよ、ちょっと気に入られてねえだけで」と彼は言い、「あれ?」と私に気付いた。
矢口…。やっぱりそうだ。高校の時一緒のクラスにはなったことなかったけど、同学年の男子…
「ふん?」と桜井さん。「今日から働いてくれることになった山根薫さんだよ。よろしくね」
「あ~~」と言いながら彼は私をまじまじと見る。「あれ?なんか…」
嫌だな、と思う。こんなところで高校の時の同学年の子に会うなんて…。しかも速攻辞めようとしてたところなのに…。
いや、同級生だったわけじゃないから、私の事なんてちゃんと覚えてないはず。矢口君は結構学年でも目立ってて友達も多そうで、女子にも人気だったし。私は派手過ぎも地味過ぎもしないちょうど目立たないやつだったし。
覚えてなかったらいいのにな。
「あれ?」と桜井さんがすぐ食い付いた。
私と矢口君を交互に指差しながら、「まさかの知り合い?」と聞く。
「知り合いってか」と矢口君。「同校よね?」
私に軽く聞いて来た。
「あー…、はい。なんか…」
「ねえねえねえねえ!そうよな!山根薫ちゃん!2年の時隣のクラスだった。だっただった!」
「なんで?」と桜井さんが矢口君に聞いた。「なんで2年の時の事覚えてる?山根さんも覚えてた?1年の時と3年の時は?」
それには答えず、矢口君は私に、「だったよね!?」と確認してくる。
2年の時に隣のクラスだったのは覚えてなかったが、「あー、…はい、なんとなく」と答える私。
「そっかそっかそっかーー!」と嬉しそうな声を出す桜井さん。「奇遇だねーー、こんなところで」
…ますます早く辞めたくなって来たな。そりゃあ地元に残ってるんだから、知り合いに会う事もあるけれど、こんな…
こんな呪われて女の子に変わるネコがいるから就職したけどすぐ辞めようと思ってた時に、高校の時に目立ってたような男子と会いたくなかったよね。
「矢口君はねえ、」と桜井さん。「この商店街のうちとは反対の街に近い方の入り口にある、『月屋』っていうコンビニの息子さんだから」
そうか。お客さんではないのか?
「どうしたん、山根」と矢口君が言う。前務めてた本屋辞めたん?」
「え?私が本屋で働いてたの知ってたの?」
「知ってた知ってた。あんま行ったことねえけど、岩井が言ってた。岩井ってわかる?岩井慎吾」
「うん…」
「なんかさあ」と桜井さんが矢吹君に言う。「山根さんて『…』が多いんだけど、昔からそう?」
「あ?そうなの?いや、オレら高校の時そんな絡んだことねえからわかんないけど」
そうそう。全然絡んだ事なかった。
「なんか山根さあ」と矢吹君がニコニコしながら言った。「可愛くなったなちょっと」
え!?
おお?と、ちょっと嬉しそうな顔で私と矢吹君の顔を見比べる桜井さんだが、私はどんな顔をしたらいいのかわからない。
…いや、矢吹君ならこれくらい言ってくれるのかも。わりと調子よさそうな感じの人だったし。
「なんか知り合いがこの商店街にいるのってすげえ嬉しいわ」と本当に心からそう思っている、という感じで矢吹君は言った。「山根、うちのコンビニにもたまには買い物に寄ってな。買い物なくても寄ってくれていいけど。それでそれで桜井さんてさあ」
こそっと話すように私に少し近付いて言った。「世界史の田中先生に結構そっくりよな」
うん、とうなずく私だ。
「それで…」今度は桜井さんに言った。「うちの父親が今月末の赤犬神社の祭りの話をしたいっていってたから、カエル亭に飯食いにいくついでにオレが聞いてくるわって言って来たんだけど」
「そうかそうか」と桜井さん。「じゃあ奥に行こうか。その後私もカエル亭行こうかな…」
そうこう二人が話しているうちに今は黒猫になっているキイが私の足元にやって来てやたらすりすりと頭を擦り付ける。ちょっとよろけるくらいの強い力で擦り付けて来る。
「あれ?」と矢口君が言った。「すげえキイが懐いてるじゃん山根。すげえね。今日初めてなんでしょ?キイが初めてのやつにこんなに懐いてるとこ見たことねえわ。え~~なんか若干ショックっぽいな。オレには全然懐かねえのに」
そう言ってニコっと笑った矢口君の笑顔はずいぶん懐かしいように思えた。全く親しくなかったし、そばで見たこともなかったのに。
そして、桜井さんと矢口君が事務所に入って行ったとたんにキイが現れた。が、今度は黄色いワンピースは着ていない。上下黄色のジャージを着ている。
「薫ちゃん」と黄色ジャージのキイは言った。「あいつの事、すぐ気になって来てるでしょ?」
「え?」
「いや、『え?』、じゃなくて」キイが私の言い方をバカにしたようにまねながら言った。
「てか高校の時から気になってたでしょ?それで再会してものすごく嬉しいでしょ?」
「…え?」
「いや、『…え?』、じゃなくて」
「…」
「いや、『…』じゃなくて」
矢口君は人気があった。私だってカッコいいなって思った事もあったし、体育祭とかに友達が騒いでる横で私も一緒に様子を観たこともあった。さっきも可愛くなったって言ってくれたのは恥ずかしかったけど嬉しかった。でも当時も私は他に好きな子がいたし、今も久しぶりにあった、大して接点もなかった女子にそんな事簡単に言えるチャラさはどうなんだろうって思ったけど。
…っていうのを、今キイに説明した方が良いんだろうか。
「いや、そんな事ないよ」と私は出来るだけ静かに答える。「喋った事なかったし、今が初めてしゃべったくらいな感じだから。こんなところで会ってびっくりしたけど…」
「そう?」と私の目を下からのぞき込むように小首をかしげるキイ。「ならいいけど。気を付けなさいよ?ああいうやつっていつでもチャラくってあんな事ばっか、いろんな子に言いまくってんだから。真に受けちゃダメだからね」
わかった?みたいな感じで、キッと私を睨むキイだ。なんでキイがこんなに怒ってるんだ?
そしてそんな事より私は今すごく気になっていることを聞く。
「あの…、なんで今度はジャージなの?」
「ジャージ?」とキイがまだ私をキッ、と睨んだまま言う。
「さっきはワンピースだったのに、なんで今度はジャージなの?」
「はあ!?」とキイは私を睨んだまま言った。「そんなことどうでもいい」
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