第3話

 レジカウンターの上に行儀よく腰を下ろしている黒猫を見る。

 窓からの光を浴びて、毛が少しフワフワして見える。

 これはさっきまでお客の相手をしていた黄色いワンピースの子だ。もう2回も見たし。今度はしゅううっと元のネコに戻るところは見なかったけど…

 私がじっと見ていると、黒猫は大きくあくびをした。毒蛇が大威嚇をする時ぐらいの大口の開け具合だ。

 そしてあくびを終えるとガン見している私をじぃっと見返して来た。

 

 怖いな。

 それで本当はもっと怖がるべきなんじゃないかな。冷静過ぎないか私。

 おしゃれレトロな雑貨店と高校の時の先生に似ている飄々とした店主が、この不気味さを私の脳みそに変な感じにうまく働きかけて、私の感性を鈍らせてるのかもしれない。


 ネコと睨み合うが、ネコは目を反らすことなくその黄色い目でものすごく真っすぐに私を見てくる。

 よし、やっぱりここから逃げ出そう。

 黒猫って魔女の使いとかいうじゃん。前を横切ると不幸になるとかいうじゃん。人間に変化したら確実に呪われてる。

 私が見た事は秘密にするから。と、ネコに目で訴える。店主に早いとこ仕事を辞めさせてもらうように言おう。

 …でもなんて言おう…なんかうまくスムーズにここから出て行かなきゃ…

 ガチャっと音がして奥の部屋から桜井さんが出て来た。

「あの…」と私は言いかける。

「ふん?」と桜井さん。

「あの!」

「なに?」


 とん!、と黒猫が床に飛び降りて、ビクっとした。少し後ずさりしてしまうと商品を置いているテーブルにお尻が当たったが、レジカウンター脇の桜井さんともネコとも距離を開けるためのゆっくりと横にずれた。

 ネコはしっぽを立てて桜井さんの足元にすり寄り、耳の脇をすりすりと桜井さんのズボンにこすりつけた。

 桜井さんが私に言った。「ちょっと聞きたい事あるんだけど」

「…」

ネコが変身するところを見たかって事か?

「なんで今あんなに悪役令嬢のラノベやマンガが多いのかな」

「ふえ!?」

変な声出た。

 なに?悪役令嬢?


 「異世界転生ものばっかりでしょ?今のラノベって。私も書いてるんだけど」

「ふえ?」

また変な聞き返し方してしまった。

 桜井さんは小説家なの?

「いや、小説家じゃないよ。私は雑貨屋の店主」

 …いま私…小説家なのかって口に出してないのに…

「ネットにねぇ、趣味で載せてるだけ。うちの奥さんが自分が読みたい感じの小説を書いてくれって言うもんだから仕方なく。ほら、見て見て。これ奥さんの写真」

レジカウンターの後ろの戸棚の上の写真立てを指差して桜井さんが言った。

 

 そこにある写真にはここに来た時から気付いていた。

 40歳くらいかと思える女の人の胸から上のカラー写真だ。ショートカットで斜め横を向いた顔は美しく微笑んでいて、写真で見てもオーラのある、輝かしい美女。桜井さんの好きな芸能人の写真だと思っていたのだ。こんな女優さん知らないな、ものすごく綺麗なのに見たことがないと思っていた。

「…すごく綺麗な方ですね」

「あ~~まあね~~。これでも私より2つ年上なんだよ」

その奥さんの40歳くらいの時の写真?

「いやいや」と桜井さんは笑った。「今の今の。この間撮ったばっかり」

 

 …私今40歳くらいの時の写真かって口に出してないのに…

やっぱ速攻で辞めようここ!

「いや~~そんなすぐに結論出さないでよ~~」

桜井さんが呑気な声でそういうので、もちろんだが私は店の出口をチラ見してそちらへどうにか後ずさる。

「いや、山根さん、このまま出て行こうって思ってもかばんとか置いてるでしょ?」

桜井さんは休憩室の方を笑いながら指差した。

 笑いながら、がとても怖い。

「それでなんで悪役令嬢の話があんなに多いのかって話なんだけどさ…」

「いえ!」ここは勢い込まなければ、と思って言った。「すみません私!やっぱりここの仕事向いてないみたいで、ほんとにすみません!安易に応募して来てせっかく雇ってもらえるのに!申し訳ありません!」

桜井さんは私の勢いにほんの少し体を後ろに反らしたが微笑んでいた。

 …気持ち悪…


 「ハハハハハハ!!」と桜井さんが大笑いしたので私は身を縮めた。

「そりゃそうだよね。気持ち悪いよね!」明るく言う桜井さんは相当怖い。

「…」

「そりゃでも、街のはずれのこんなしみったれた商店街の端っこにある古い雑貨屋で、求人がある事をまず疑問に思わなくちゃいけなかったんじゃないかな」

嫌だ…「…求人、嘘だったんですか…、でも私ハローワークで…」

「普通の若い女の子が転職するって言ってこういうとこあんま選ばないでしょ?もうそれを選んで一旦は働き始めたんだからもうこっち側みたいな」

もうこっち側?

「こっち側っていうか、ちょっとくらい日常的ではないことがあっても受け入れられるでしょ山根さん」

「いいえ!そんな事ないです!ここは仕事のわりにお給料の提示が良かったから」

「そこだよね。たいした仕事内容ないのに給料良かったら怪しいでしょ。そんなんじゃ簡単に犯罪に巻き込まれるよ?」

「…」

「まあそういうわけで、ここにはみんな雑貨を買いに来るけど、そのついでにいろんな相談して帰っていくから。…相談ついでに雑貨買うみたいなかんじかな…。まあどっちでもいいけど。福利厚生の一環だから」

「…福利厚生…」

「山根さんさ、『…』が多いよね」ニコニコと笑う桜井さん。

「…」

「ここに来る常連さんは、私が他のところで経営している塾とかアパートとか職員や住人さんたちだから。常連さん以外はこの先の山少し登ったところにある赤犬温泉に来るお客さんたちだから」

赤犬温泉、聞いた事ない。

そう思ったら、「秘湯だよ秘湯」と桜井さんは言った。もう普通に心読んで来てるな。

 「今度一緒に行こうよ」と言う声がして、ぱっと後ろを振り向くと、この店のドアを塞ぐように黄色のワンピースを着たキイがいた。


 慌てて店の中を見渡す。全部のテーブルの下も見るが黒猫はいない。

「赤犬温泉、肌つるっつるになるんだよ~~」キイは言った。「ねえ桜井さん」

ふんふん、とうなずく桜井さん。

「あの!」と聞く。「ネコですよね!?」

黄色ワンピを指差したら、「指差さないでよ~~~~」と言われた。

「ぁ…すいません…」と小さく言って手を下ろす私だ。

「私は呪われてるの」とキイが言った。「呪いで黒猫にされてるの」

んんん~~~、と心の中で唸る私だ。

 



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