第4話裏切る身体

 約束の日になっても、播磨は現れなかった。

<あいつ、一体、どうなったんだ⁈>


何度も電話をかけたが、それにも出なかった。

<いざとなって、怖気づいたのか?>


仕方なく、その日はあきらめたのだが、義也はそれまで通り各務家の人々と暮らすのが、苦痛でたまらなくなってしまった。幸せそうに笑っている彼らを見るたびに、播磨の言葉を思い出すのだった。

<こいつら、いつ俺を、追い出すのだろう>


 ある日、義也は一家の者達と一緒に、別荘に行くことになった。


両親がバーベキューの準備をしている間、健人は、森に探検に行きたいと言い出したので、義也はしかたなく、彼を連れて森に入って行った。


「おい! 危ないから、あまり奥には行くなよ」

彼の止めるのも聞かず、健人は、どんどん一人で先に進んで行った。そんな彼の姿を見ているうちに、ふと思った。

<こいつを、さらって逃げよう。そうしたら、大金も掴める>


彼は健人を追いかけ、その手を掴んだ。

「痛い! 何するの⁈ おじさん、放して!」

健人は、べそをかいたが、義也は構わずどんどん森の中に進んで行った。


実は義也は、その辺りの地理に詳しかった。子供の頃、祖父に何度も連れて来てもらったことがあったのだ。彼は、その辺一帯の山の管理を、所有者に任されていた。

<確か、もう少し行った場所に、祖父さんが使っていた山小屋があったはずだ。そこに、こいつを監禁しよう>


 山小屋は、義也が覚えていた場所にあった。十年以上年放置されていただけあって、かなりボロボロになっていた。


軋む扉を、どうにか開くと、そこには思わぬ先客がいた。それは、四歳ぐらいの小さな女の子だった。

女の子は、彼らを見ると、大声で泣きながら、彼らの方へ走ってきた。


「花音(かおん)ちゃん!」

「お前、この子を知っているのか?」

「ん! パパのお友達の子供」


泣きじゃくる花音を、義也はなだめながら、なぜそこにいるのかを聞いた。彼女の話は、とぎれとぎれだったが、誰かに誘拐されて、そこに監禁されているのだと分かった。


ついさっきまで、自分も同じことをしようとしていたのに、なぜか、義也はすっかりそのことを忘れてしまい、気づくと花音を負ぶって山を下っていた。


別荘まで戻ると、義也の背中で眠る女の子の顔を見て、桜子が叫んだ。

「まあ、相田(あいだ)さんの娘さんじゃない」

彼女は直ぐに、花音の親に連絡した。


相田は、各務の学生時代からの友人だったが、最近は関係がこじれてしまって、ほとんど交流がなかった。それが、このことをきっかけに、すっかり元に戻ったのだった。


そしてまたしても、これによって各務の会社には、大きな利益を得た。相田の経営する会社と彼の会社との間で、大きな取引が成立したのだ。

そして当然のごとく、義也はますます各務家の人々に大切にされるようになった。


だが義也には、納得がいかないことがあった。彼には、花音を助けた時の感覚のようなものが、全くなかったのだ。

<まるで、誰かに操られたかのようだった>


 


 

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