第3話 修行旅行
「ゼエゼエゼエ……」
「何だいそんなんでへばってるのかい、もう少し根性見せな」
「うるせえ……」
ドーンの背中には自身の荷物とライラの荷物が背負われている。
しかもライラの荷物の異常な重さときたら何が詰まってるんだと疑問に思う程だ。
「あの大きな木まで行ったらまたジャンケールだ、頑張んな」
「くそっ……」
目印の木までは数十メートル、そこまで行けば休める、ドーンは疲れ切った身体に鞭打ち力を振り絞る。
「はあああっ……」
ドーンは重力に身を任せ腰を落とす。
「よし、じゃあ早速ジャンケール勝負だよ」
「……次こそは負けねぇ……」
ドーンとライラはお互いを睨みつけ右の拳を後ろへ大きく振りかぶる。
「「ジャーーーーンケーーーール……ポーーーン!!」」
ドーンは人差し指と中指を突き出した形、ライラは握った拳をそのまま出す。
「あはははっ!! またあたしの勝ちだね!!」
「く~~~~~~~っ!!」
ドーンはこれ以上ない程の悔しがり様、自身の頭を両側から抑えつけぶんぶんと振り回す。
「じゃあまた荷物持ち宜しく!!」
「畜生……」
げんなりとした顔で渋々ドーンは再び荷物の肩掛けに腕を通す。
「なあライラ、あんたどうしてそんなにジャンケルが強いんだよ?」
ジャンケールとは三つの三竦みの手を出し合い勝負を決める遊びの一種だ。
ドーンとライラは旅の道中の所々でこのジャンケールして負けた方が相手の荷物を持つという勝負を繰り返していた。
しかしこの勝負は一方的で、ここ数日の勝敗はライラの全勝、勝負と呼べるものでは無かったのだ。
当然ドーンには不満と疑問が募る。
「ああそれはな、お前の手の筋肉を見てるんだよ、手が決まる瞬間の筋肉の動きで何の手が出るか分かるんだ」
「なっ……そんなのインチキじゃないか!!」
それを聞いてドーンは憤慨する。
「インチキとは言ってくれるね実力と行って欲しいもんだ……いいかいドーン、物を観察するって事は最大の情報収集なんだ、どんなに強い敵、モンスターでも観察すれば必ずどこかに弱点や付け入る隙が見つかるもんさ……でもただ見ているだけじゃ駄目だ、それを分析できる頭がなきゃいけない、もっと勉強しろよ~~~?」
ライラはおどけながらドーンの頭をわしわしと乱暴に撫でた。
「もう!! 子ども扱いするな!!」
ライラの手を振り払う。
「それだけ元気があれば宜しい、荷物持ちご苦労さん」
ライラは後ろ手で手を振りドーンを置いて先へと歩き出す。
「次こそは……見てろよ……」
ドーンは密かにライラへのジャンケールでのリベンジを誓うのだった。
しばらく進むとそこそこの広さの河原に出た。
そこには流れの早い清流が流れており、辺りの空気がひんやりとしている。
「よーーーし、ここで昼飯にしよう!!」
「うへぇ……」
ドーンは疲労の余りリアクションも取る事すら出来ず、河原の小石の上に仰向けに倒れ込んだ。
「ドーン、お前は休んでていい、飯の支度はあたいがするよ」
ライラはブーツを乱雑に脱ぎ捨てるとざぶざぶと川の中へと入っていった。
そして暫しそこで立ち尽くす。
「ゼエゼエ……あれ、ライラは?」
ドーンはライラの気配が無くなったのを感じ首だけをもたげ川の方を見た。
「なんだ居るじゃないか……でもおかしいな、目には見えるのに存在感がまるでない」
ドーンは奇妙な感覚を憶えた。
「はっ!!」
一瞬の動作、ライラが鞘から剣を抜き水面を斬り付けると水しぶきと共に大きな川魚が二匹、宙に舞った。
それから二回その動作を繰り返し六匹の魚を捕る事に成功した。
「スゲェ……」
ドーンは目を見張った。
ライラは何の気なしにやってのけているが今の魚捕りが簡単でない事はドーンにも分かる。
魚は影が水面に映るだけで警戒し近寄って来ない、それをライラは自らの気配を完全に消すことによって魚に警戒させない様にしたのだ。
しかも剣で魚を打ち上げるのもそうだ、普通に剣を魚に叩きつけると当然だが真っ二つだ。
それをライラはインパクトの瞬間だけ剣の刃を寝かせ、剣の側面で魚の身体を叩いて宙に打ち上げたのだ、それも一度に二連続で。
その光景に疲れも忘れ起き上がろうとしたドーン、その拍子に背中のライラの荷物の蓋が外れ中身が重い音をさせながらこぼれ落ちる。
「何だ?」
後ろを振り返るとそこには夥しい数の岩石が転がっている。
これがライラの荷物の正体だった。
「あいつ、こんなものを俺に運ばせていたのか……」
そしてドーンは怒りよりも先に悟る、ライラは自分を鍛えてくれていたのだと。
「成程、狼にすら歯が立たなかった俺を見かねてこんな方法を……最初から鍛えてやるなんて言ってきたら俺が拒むかもしれないと思ったんだな」
ドーンは急に恥ずかしくなった、己の浅はかさに。
勢いで家を飛び出したはいいもののあのまま冒険に出たらならば早々にモンスターに食い殺されるか野垂れ死んでいた筈。
偶然とはいえあの場で出くわしたライラは自分が冒険者として自立できるように取り計らってくれていたのだ。
「あらら、荷物の中身がバレちゃったか……」
縄を通した魚をぶら下げながらバツが悪そうにこちらへとやって来るライラ。
「師匠!!」
「はぁ?」
ライラの足元にひれ伏すドーン。
突然の事にライラは面を食らってしまう。
「これからも俺を冒険家として鍛えてください!! もう文句は言いませんから!! 俺、どうしても姉さんをさらったドラゴンを倒したいんです!! お願いします!!」
「何だそこまでバレてんのか、しょうがないな」
ライラは頭を掻きながら顔をしかめる。
「分かったよ、そもそもこんな回りくどいやり方はあたいの性に合っていなかったんだ、これからはビシバシ鍛えていくよ、覚悟しな!!」
「はい!! ライラ師匠!!」
顔を上げ瞳を輝かせるドーン。
それからドーンはライラのスパルタ訓練の乗り越え、三年後。
いつもの様に二人で旅をしながらの道中、いつもの様に野宿をしていた時だった。
「ふあっ……朝か……」
目覚めたドーンはまだ肌寒い朝の空気の中、毛布をはぐり起床の準備を始める。
彼の顔立ちはもう村長の息子として大事に育てられた弱々しさは消え去り、無数についた細かい傷跡も相まって精悍な男の顔になっていた。
朝食の準備の為に昨夜から燃えている焚火に薪をくべる。
「あれ、師匠がいない」
隣に寝ていたはずのライラがいない事に気付く。
いつものパターンだと早朝から剣の素振りなどの鍛錬をしている事が多かったので今日もそれだと思ってドーンだったが、その時何故か言いようがない不安に駆られたのだ。
「いや、おかしい……鍛錬なら寝具はそのままここに残っているはず」
ドーンは嫌な予感がして辺りを探す。
しかしライラの姿はどこにもなかったのだ。
「師匠……一体どこへ?」
一旦自分の荷物のある場所に戻ったドーン。
そこで荷物の間に挟まった紙切れを見つけた。
「何だこれ……こっ、これは……?」
それはライラからの手紙だった。
『よう、目が覚めたか?
これまで三年間、よくあたいのしごきに耐えたな、大したものだ。
本当はほんの少しだけ冒険のイロハを教えたら突き放すつもりだったんだが、お前の姉を助けたいという信念と執念に圧されて最後まで面倒を見ちまった。
いまやお前はどこに行ってもやっていける冒険者になっているはずだ、このあたいが保証する。
ってことでもうお前に教える事は無い。
その手に入れた戦闘技術と冒険知識をどう使おうがお前の勝手だがこれだけは言っておく。
「恨みに飲まれるな」
姉をさらったドラゴンが憎いのは理解できる。
だが行き過ぎた怨嗟は己の身を滅ぼすことになるぞ。
今は理解できないかもしれないがお前にもいずれ分かる時が来る。
じゃあ達者でな、あたいの不肖の弟子ドーン。
「師匠……」
ドーンは淋しくもあったがライラに一人前として認められたことがとても誇らしかった。
ここからが自分の、自分自身の冒険が始まるのだと期待に胸を膨らませる。
身支度を終え焚火を消したドーンは一人、新たな一歩を踏み出すのだった。
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