第2話 己のルーツと運命の旅立ち


 ドーラが緑のドラゴンにさらわれた後、ドーンは村民に助けられ自宅で手当てを受けた。


「ううっ……姉さん……俺がもっと強ければ……」


 姉を守れなかった事で顔をくしゃくしゃにし自分の不甲斐なさにしゃくり上げながら涙と鼻水を流すドーン。


「そう自分を責めるなドーン、ドラゴン相手ではこの村の者で敵う者はいなかった」


 ドーンの肩に手を置き慰めるのは彼の父、この村の村長、ドルガだ。


「でもまさかね、ドーンが言った様にドーラの姿が変わってしまったなんて……遂にこの時が来てしまったのね……」


「母さん、何か知っているんですか!?」


「あなた」


「ああ」


 ドーンの母、ドミナはドルガの方を見つめお互いに頷き合う。


「ドーンよく聞きなさい、これからこの村に古より伝わる重大な伝承をあなたに教えます」


「伝承?」


 いつも大らかで朗らかな母が急に神妙な表情になったのでドーンはこれはただ事ではないと感じ固唾を飲む。


「そうです、私たち家族を含めこの村の人間は全員、ドラゴンの血を引いています」


 真剣な表情のドミナ。

 常に笑みを絶やさなかった母のこんな険しい表情をドーンは生まれてこの方見た事が無かった。


「ドラゴンの血? そんな馬鹿な、みんなどこをどう見ても人間じゃあないですか……嫌だな母さん、こんな時に冗談なんて」


 重苦しい空気に耐えられず少しふざけてみたドーンであったが、父も母も張り付いた無表情を続けているので冗談の類では無い事は一目瞭然だ。


「それはそうでしょうとも、何千年も昔の話しですからね、ドラゴンの血は薄まり外見にドラゴンの特徴が露見することはありません、本来ならば」


「本来なら? まさか姉さんは……」


「そうです……先祖返り……原因は分かりませんがドーラにだけドラゴンの血が色濃く受け継がれてしまったのでしょう……ですがこうなるような気はしていました」


「あの姉さんの姿、緑のドラゴンは竜人ドラゴノイドと呼んでいた……母さんは姉さんがこうなる事を知っていたんですか?」


「あくまで可能性があるかもしれないと言った程度で確証があった訳ではありません、あなたも知っているでしょう? ドーラが二年前から急に身体能力が強くなった事」


「あれが姉さんが竜人になる事の予兆だったと?」


「少なくとも私はそう思っています、ただ今までこんな事になった前例が無かったのよ、あくまで後付けの考察といった所かしら」


「………」


 確かにドーラのあの身体能力は異常だったとドーンも感じていた。

 もし仮にあれが竜人化の予兆であると事前に知っていたとしてそれを止める手段は彼らには無かったのだから。


「今でも信じられないし実感は無いですけれど俺らがドラゴンの血を引く者という事は納得しました、では何故緑のドラゴンは姉さんをさらったのでしょう?」


「そこまでは私達にも分からないわ、ドラゴンという種族はそもそも群れるのを嫌う種族なのよね、わざわざドーラをさらっていったという事はそのドラゴンは伴侶を探していたのかもしれないわ」


「伴侶!? 嫁探し!?」


 ドーンは急に緊張していた身体の力が抜けていくのを感じた。

 代わりにムクムクと心の中に沸き立つ感情があった。


「ふざけている!! 嫁探しだぁ!? 相手の気持ちも確かめずに誘拐同然に連れ去るとは自分勝手にも程がある!!」


 そう、その感情は怒りだった。

 ドーンの傍にはいつも姉のドーラがいた。

 キツイ性格でいつも厳しい彼女ではあったが、ドーンはドーラの事が大好きだったのだ。

 その最愛の姉を蜥蜴の親分に連れ去られたとあっては心中穏やかではない。


「父さん母さん!! 俺、姉さんを助け出す旅に出ます!!」


「ドーン!?」


「姉さんは連れ去られるとき俺に助けを求めていました、このままにはしておけません!!」


「ちょっと待ちなさい、父親の私が言うのも何だがお前は村で一番の非力ものじゃあないか、そんなお前がドラゴンからドーラを奪い返すなど出来るものか」


「うぐっ……」


 今の父の一言はドーンの心を深く抉った。

 なにせドーンはその事を常日頃から気にしているのだから。

 しかしこの父の失言がドーンを逆に奮い立たせることとなってしまった。


「もういいです!! 父さん母さんが何を言おうとも俺は行きますからね!!」


 大声で決意表明を吐き捨てドーンは家を飛び出していった。


「もう……どうするのですかあなた?」


「仕方あるまい、それにどうせ途中で挫折して戻って来るさ」


 しかしドルガの予想は外れ、結果ドーンはこれから五年も家に帰らないのである。


「馬鹿にして!! こうなったら絶対姉さんを取り返して父さんや村のみんなを見返してやる!!」


 家の物置から一本のミドルソードと皮の防具を拝借し旅立つドーン。

 大きな歩幅でずんずんと林道を進んでいく。

 しばらく進むと脇の林から何かが飛び出してきた。


「グルルルルル……」


 狼だった、それも三頭。

 ドーンを獲物と定め林道に出て来たのだ。


「へっ、丁度いい、今の俺は機嫌が悪いんだ、サクッと倒させてもらうぜ!! うおおおおおおおっ!!」


 ミドルソードを鞘から抜き狼に挑みかかるドーン。

 しかし腕力が足りずミドルソードの重みでフラフラとした足取りになる。


「ガウガウ!!」


 狼たちがそれを見逃すはずがない、一頭がもたもたしているドーンの脇に回り込み脛に噛り付いたのだ。


「痛っ!! こいつ!!」


 ミドルソードを振り回すも狼はすぐに噛み付きを止め距離を取る。

 その隙に別の一頭が高く跳び上がりドーンの背後から飛びつき右肩に噛み付いた。


「うわああああっ!!」


 激痛に堪らず膝を付きうつ伏せに倒れ込む。

 当然この好機を他の狼たちが逃すはずもない。


「ガアアッ……!!」



 残りの二頭がドーンに飛び掛ろうとした時だった。


「キャンキャン!!」


 鋭いかまいたちの様な衝撃波が飛んできて宙に跳び上がっていた二頭の狼を斬り付けたではないか。


「キャウンキャウン!!」


 狼たちは尻尾を巻いて逃げ出した。


「おーーーい坊主、生きてるかぁ?」


「ううっ……」


 這いつくばっていたドーンが視線を上げるとそこには金髪の長い髪をポニーテールに結った華奢な女性が立っており、こちらを覗き込んでいる。

 手には身体つきに似合わぬ大剣を持っており、恐らく先ほどの衝撃波はこれから繰り出されて郎事は想像に難くない。

 軽装だが使い込まれた防具類から彼女の冒険の歴は長いと想像できる。


「君、剣の扱いが全然なっていないねぇ、あれじゃぁ野犬一匹退治できないよ、この近くに住んでるのかい? 何だったら送って行こうか?」


「……余計なお世話です、初対面の人にそこまで言われる筋合いはないです、子ども扱いしないでください……俺はこれからドラゴンにさらわれた姉を救出しに行くところなんですから」


 女性の言動に気分を害されたドーンは立ち上がるとそのままこの場を立ち去ろうとすると。


「あはははははっ!! これは傑作だ!! あはははははっ!!」


 背後で女性が腹を抱えて大爆笑していた。


「何がおかしいんですか!!」


 踵を返し女性に詰め寄るドーン。


「いやゴメン、ひひっ、その剣の腕でドラゴンに喧嘩を売ろうっていうもんだからさ、ククッ……」


「馬鹿にするなーーー!!」


 受け答えを笑いながらする女性に怒り心頭のドーン。


「いやいや馬鹿にはしないさ、その心意気や良し……実はあたい、暫く仲間と別行動で一人旅なんだわ、ここで会ったのも何かの縁、暫く一緒に行動しないか坊や?」


「坊やじゃありません!! ドーンって名前があります!!」


「ドーンかいい名前だな、あたいはライラ、冒険者だ宜しくな」


 ライラと名乗った女性が握手を求めて右手を差し出してきたがドーンはそれを無視、振り返りそのまま林道を歩き始める。


「つれないねぇ、『旅は道連れ世は情けない』って言うじゃん~~~」


「それを言うなら『世は情けです』!! 付いてこないでください!!」


 甘えた様な声で擦り寄って来るライラを突っぱねるドーン。

 

「まあまあそう固いこと言うなよ、それとあたいには敬語は止めなタメ口でいい、旅の仲間ってのは公平じゃなきゃな」


「………」


 ライラは嫌がるドーンにお構いなしに首に腕を回してきた。


 奇妙な二人旅が始まった。

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