第1話 姉弟に起きた悲劇


 「姉さん……待ってよ……!!」


 山奥の林道。

 少しひ弱な印象を受ける痩せ気味の少年がへとへとになりながら走っている。

 走っていると言っても既に体力の限界を迎えている様で、既に歩くより速度は遅いのだが。


「もう!! だらしないわねドーン!! これくらいでへばってどうしますか!!」


 ドーンと呼ばれた少年のはるか前には快活そうな少女が足踏みしながらこちらへ振り返っている。


「ドーンあなた将来は村の自警団の団長を目指してるんでしょう? それならもっともっと体力を付けなければダメよ!!」


「そうは言うけど姉さん、僕に姉さん程の体力は無いよ……って言うか姉さんには村の男たちだって敵わないじゃないか」


「何よ、それじゃあまるで私が体力馬鹿みたいじゃない」


 彼女の名はドーラ、ドーンの姉である。

 この山奥にはドラグナというそこそこの大きさの村があり、ドーラとドーンはドラグナ村の村長の子供であった。

 ドーンが言うようにドーラは同年代の男たちはおろか、村の力自慢の屈強な成人男性たちよりも力が強く持久力に優れていた。

 中には男勝り、体力お化けなどと陰口を叩く者もいるがドーラ自身は全くと言っていい程意に介さない。


「ベッドから立ち上がろうとして床板を踏み抜いたのは誰だったっけ? 姉さん」


 ドーンが意地悪な笑みを浮かべドーラを見る。


「むっ、何よそんな昔の事を引っ張り出して……」


 しかしドーラとて元からそうでは無かった。

 二年前の事だ、ドーラの身体に異変が起きたのは。

 当然ドーラ自身何が起こったか分からず狼狽し数日間部屋にこもった事があった。

 しかし根っからの心の芯の強さから立ち直り、現在に至るのだ。


「嫁の貰い手が現れるといいね」


「なんですって!? ドーーーーン!!」


 ドーラが地面を蹴り、一気にドーンまでの距離を詰める。

 それはまるで瞬間移動でもしたかのような速さであり、驚いたドーンは全く反応すら出来なかった。

 ドーラが近付く事で起きた風圧でドーンは枯れ葉のように容易く吹き飛んだ。


「うわあああああっ!!」


「あっ……ゴメン!! ドーン大丈夫!?」

 

 ドーンに手を貸し引っ張り起こす。


(今のは一体……? 今までにここまでの力が出た事は無かったのに……)


 自分でも何が起こったのか分からず混乱するドーラ。


「姉さん……頭……」


 目の前にいるドーンが目を見開き自分を見つめて固まっているのに気付く。


「頭がどうしたって……えっ!? 何これ……」


 不意に触った頭の両脇から何か固くて尖った物が生えている。


「まさかこれって……角!? 角なの!?」


「背中……お尻にも……」


「!!」


 ドーンの震える声に恐る恐るお尻の後ろに手を回すドーラ。

 そこには固い鱗に包まれた太い尻尾があった。

 背中は直に手で触れなかったが意識した途端風が起きた。

 背中から生えた一対の骨ばった翼が羽ばたいたのだ。


「いやぁ!! 何これ!?」


「あっ……あっ……」


 顔を両手で覆い悲鳴を上げるドーラ。

 ドーンも身体が硬直してしまい言葉が出てこない。

 そんな時だった、上空から激しい突風が地面に向かって吹き付けた。

 眼も開けられず堪らず二人は地面に蹲る。

 直後、激しい地鳴りが起こり突風が止んだ。


「何だったんだ今のは?」


 ドーンが目を開くと眼前には林の樹々よりも遥かに高いあるものが視界に入った。


「ド……ドラゴン!?」


 ドラゴンだった、全身を緑色の鱗に包んだドラゴンだ。

 立派な頭の二本の角、広い翼、身体に似合わぬ細い腕、しかし鋭い爪が指の先端に生えている。

 巨体ではあるがしゅっと引き締まった身体はある種の美しさがあった。

 しかし。


「姉さん!!」


「きゃーーーーっ!!」


 そのドラゴンの手にはドーラが握られていた。

 それはまるで人形を握っている様だ。


『ほう、奇妙な……我が眷属の気配がしたので立ち寄ってみればなるほど、これまた異な者よ』


「しゃべった……」


『ぬう? お前、ドラゴンがしゃべるのがそんなに不思議かね? まさか我らを蜥蜴などと同類に思ってはいまいな?』


 ドーンは実際のドラゴンの遭遇するのは初めてだった。

 あまりの身体の大きさ、姿の恐ろしさに身体の震えが止まらない。

 彼のドラゴンの知識と言えば所詮書物で得た知識くらいで往々にしてドラゴンは知性のないモンスター、悪役として描かれており、人間の勇者に討たれるものが殆どであった。

 

『不愉快な、これだから人間は度し難い……竜人ドラゴノイドの娘よ、一刻早くこんな下等な人間のいる場所より去ろうではないか』


「えっ!? ちょっと何を言っているの!?」


 驚くドーラをよそに緑のドラゴンが翼をはためかせ始めた。

 ここから飛び立とうと言うのだ。


「ドラゴンめ!! 姉さんを放せ!!」


 ドーンは恐怖心も忘れてドラゴンの前へと歩み出る。


『愚かり小さき者よ、非力なお前に何が出来ると言うのだ、身の程を知れ』


「うわあああああっ!!」


 ドラゴンが先ほどより強く羽ばたくとドーンはいとも簡単に吹き飛んでいった。


「ドーーーン!!」


『さあいざ行かん、竜の楽園へ』


「放して!! 放してよ!!」


 ドラゴンはドーラの言葉に耳を貸さず、そのまま上空へと舞い上がり物凄い速さで飛び去ってしまった。


「ううっ……姉さん……」


 運よく葉が生い茂る木の上に落ちて一命を取り留めたドーン。

 しかしそのまま気を失ってしまった。

 



 五年後……。


 大都市オーキード。

 周囲を城塞で囲われ、ここは全ての人、物、情報が手に入るとまで言われている。

 周辺地域には魔物が跋扈し、その討伐の為騎士団及び冒険者を統括するギルドが多数存在していた。


「………」


 背中に大剣を携え、くたびれたフード付きローブを被った一人の冒険者がとあるギルドの依頼書が張り付けられた掲示板を見ている。

 やがて一枚の依頼書を掴み掲示板から引き剥がした。


「……ドラゴンか、奴らは悉くこの世から消し去ってやる、俺の命が尽きるまでな」


 血走った鋭い目は憎悪に満ちていた。

 男の名はドーン、【竜殺しドラゴンキラー】の二つ名を持つ冒険者にして復讐者である。

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