第6-2話
(M棟202、M棟202…この辺りだよな。)
4限目が終わり、緑はクッキングサークルの新歓が行われる教室に向かっていた。廊下は教室移動をする学生たちでごった返している。緑は何度かすれ違う人の鞄にぶつかりながら、M棟へ続く角を曲がった。
(あ、あそこか?)
見ると、4つほど先の教室の前に、キャンバススタンドに乗った小さな黒板が立ててある。その上には、筆記体のようにくねった字体で『クッキングサークル・とっちり』と書いてあった。廊下や教室の引き戸を無視すれは、さながら洒落たカフェの店先のようだ。
場所が無事分かったのは一安心だったが、まだ知り合いがほとんどおらず、今日もひとりでこの新歓に来た緑はなんだか急に緊張してきた。ドキドキしながらそっと教室に近づき、中を恐る恐るのぞいてみると、6人がけの大きなテーブルが5つと、その周りに散らばっている20人くらいの学生たちの姿が見える。
「新歓来てくれたんかな?」
突然後ろから声をかけられ、緑は飛び上がった。振り返ると、背の高い明るい茶髪の女性が立っている。
「ごめんごめん!めっちゃビックリさせちゃってんな。」
「い、いえ、全然…。あ、えっと、はい、新歓できました。」
「わっー!ありがとう!入って入って~。高瀬ぇー、新入生来てくれたでー!」
言われるまま教室に入ると、高瀬と呼ばれた学生が近づいてきた。きっちりとアイロンがけされた黒い綿のシャツとスキニージーンズ。細面の顔と染めたことのなさそうな艶々した黒髪、黒縁メガネ。落ち着いた家庭でしっかりと教育を受けて育ったことが一目で分かる、非常に真面目で穏やかそうな人だ。
「来てくれてありがとう。えーとじゃあまずこのガムテープに名前と学部と書いてもらって、どっか好きなとこ貼ってもらえるかな?」
高瀬は左手にもったガムテープを7センチくらいに切ると、黒いマジックと一緒に緑に手渡した。
「あ、はい。」
緑がガムテープに名前を書いていくのを見ながら、高瀬が口を開いた。
「あ、ちなみに俺は
高瀬はにこりと笑った。笑顔もどこか品がある。
「あ、どうも、俺、西山緑です。文学部1年です。よろしくお願いします。」
緑はガムテープを胸のあたりに張りながらペコリと頭を下げた。
「お、文学部?さっき来た男の子もたしか文学部だったような…。」
そう言って高瀬はくるりと教室の後ろの方を振り返った。その先には先ほどの茶髪の先輩と話している新入生らしい男の子が座っている。
「なぁ
茶髪の先輩が顔を上げる。
「うん、そーやで。」
「おお、ちょうど良かった。こちらの西山くんも文学部らしいから、そっちの班に入ってもらおう。」
高瀬に連れられて後ろのテーブルへ行くと、すすめられた席の隣に、濃い茶色の髪をした筋肉質な男子が座っていた。直線的な上がり眉に切れ長の目。神社の
「えーと、こちら西山緑くん。文学部なんだって。垣月も文学部だし、3人で文学部トークとかいいんじゃない?」
と、また新入生が来たらしく、教室の入り口近くの上級生が高瀬を呼んだ。
「おっと俺またガムテープ渡しにいかないと。じゃあ楽しんで~。」
高瀬が行ってしまうと、垣月が緑のほうを向いて笑顔で言った。
「そう言えばさっきちゃんと自己紹介してへんかったね。私、
「あ、ども、俺、西山緑っていいます。えっと、俺も文学部なんで、授業のこととか色々教えてもらえると嬉しいです…。」
愛想よくほほ笑みかけてくる垣月に、緑はなんだかたじたじとしてしまう。男子高に通った緑にとって異性と話すことはただでさえ慣れないことなのに、垣月のようにキラキラとした雰囲気の異性にこうやって直視され話しかけられると、どうしてよいのか分からなくる。頭では普通に会話を続けれはよいと分かっているのに、垣月のふわりと巻かれた前髪やピンクのラメの乗った瞼、耳元で揺れる雫形のイヤリングから醸し出される花のようなオーラに圧倒されてしまうのだ。
緑がもじもじしていると、隣の新入生が口を開いた。
「俺、
(ナイスタイミング!まじ救世主!)
緑は垣月からくるりと彼の方に向き直った。
「よ、よろしく!結柴…くん?」
「結柴でいいよ。」
「あ、じゃあ結柴で。俺、さっきも紹介されたけど、西山緑。俺、高校んときずっと緑って呼ばれてたし、緑でいいよ。ちなみに東京出身。」
「あ、じゃあ緑くんは通いなん?」
垣月が訊いた。
「えーといや、
「3時間⁈それは寮入らななぁ。え、でも希峰寮ってめっちゃ評判悪いとこちゃうん?大学まで遠いし交通の便悪いし古いしで、みんな入っても半年で出ていくみたいな話聞いたで。」
「あー…なんかそんな風な噂俺も聞いたことあります。確かに大学までは文学部だと歩いて1時間ちょいですし、交通の便も最悪ですね。山の上にあるんで仕方ないのかもしれませんけど…。バス1時間に2本とかですよ。周りにスーパーもコンビニもないし、寮の設備もまぁ…めちゃくちゃ綺麗ってわけではないですね。」
「えぇ!それどうやって暮らしてんの?」
「えっと…まぁ、慣れ、と…あとは何つーか、寮の向かいの部屋のやつとすごい仲良いんで、そいつと買い物分担したりして、まぁ何とかなってる感じです。あ、でももう不便すぎて、俺の階で出て行った人6人くらいいました。」
「へぇー!ほんまに大変やねんなぁ。でもえらいなぁ、友達と協力しあって生活とか。まさに学生生活!って感じ。結柴くんは下宿?寮?」
「俺は下宿っす。文学部まで歩いて5分の。」
「えぇぇっ!5分⁈」
緑は思わず目を丸くして声を上げた。垣月に話すときは伏し目がちになる緑が、結柴の話には思い切り食いつくのを見て、垣月は心の中で苦笑した。
「えぇ~いいなぁ~。俺もそんな近いとこ住みたかった…。」
緑は頭をゴツンとテーブルにつけた。
(あ、でも、もし希峰寮じゃなかったら仲島とまた会えてなかったのか…。)
「5分は確かにうらやましいなぁ。私のとこも結構近いと思っとったけど、歩いて15分はかかるわ。」
と、教室中にカンカン、という高い音が響いた。3人が音の方を見ると、高瀬が教室の前に立ってグラスとスプーンを手にしている。先ほどの音はそのグラスにスプーンを当てた音だったようだ。
「はい、えーそれでは時間になりましたので、『クッキングサークル・とっちり』の新歓、はじめていきたいと思います!」
ワッーという上級生らの声や拍手が教室中に響く。
「えーと、本題の前に今しゃべっている人間の紹介を少し…。僕は高瀬守、工学部3年で、このサークルの部長をやらしてもらってます。何か分からないこととか、きいてみたいこととかあれば、とっちりのことでも、工学部のことでもなんでもいいので遠慮せずきいてください。では早速本題ですが、今日は今皆さんが今同じテーブルに座っているグループで、オーブントースターで焼くピザを作ってもらいます!」
再度、上級生らの声や拍手が響く。
「各テーブルに1人、上級生がついていますので、困ったこととか分からないことあればその人たちにどんどん頼ってくださいね。ではどうぞはじめていってください。」
高瀬のかけ声とともに、緑たち3人はピザ作りにとりかかった。
ピザ生地が大分まとまってきて、具材も半分ほど切り終わったころには、3人ともかなり打ち解けていた。ピザ生地担当は緑と結柴、具材担当は垣月だ。緑は生地をこねながら口を開いた。
「そういえば智沙登さんって関西のどこ出身なんですか?」
「大阪やで。でもなぁ、ほんまは大阪って言いたくないねん。」
「え、なんでですか?」
「だってさぁ、こっち来てから『大阪出身です』って言ったら『なんだ大阪か』みたいな、なんか『あぁ~はいはいあのどぎつい大阪ね』的な顔されんねんもん!あれ絶対、『京都出身』とか言ったら違う反応されんで。」
「えぇ~そうですか?」
緑は苦笑した。
「そうやで!やっぱテレビとかで大阪のどぎつさが強調されるからかな…。でもな、私大阪っていってもめっちゃ北の方でな、兵庫県に近いねん。何なら栄えてる大阪市とかの中心の方より、断然兵庫の方が近いくらいやねん!もう、ヒュッて行けるで。やから最近さー、もう『兵庫出身です』って言おっかなって思ってんねん。」
垣月は『ヒュッ』のところで指をパチンと鳴らした。垣月の表情も仕草も、感情とともにころころ変わっていく。楽しい人だな、と緑は思った。
「愛媛とか言ったらみかんしかフィードバック来ないんで大阪出身って全然いいと思いますよ。」
結柴が生地に目を落としたままぼそりと言うのを聞いて、緑と垣月は吹き出した。結柴はあまり自分からしゃべらないタイプのようだが、しっかり会話は聞いていて、要所要所で独特なコメントを入れてくるのだ。
(なんかここ、すげー居心地いいかも。)
緑は生地をこねながら、心の中で呟いた。
そうこうしているうちにピザが完成し、いざ味見の時間になった。部屋中にこんがりと焼けたチーズとかすかなバジルの香りが漂っている。今回作ったピザは2枚で、1枚はマルゲリータ、もう1枚はエビやイカをのせたシーフードピザだ。
「わっー、うまそ…!」
「ささ、冷めんうちに切るで。」
垣月は、ピザカッターをころころと転がしながら綺麗な八等分にピザを切っていく。
「智沙登さん切るのすげー上手いですね。」
緑が思わず言った。
「へへーありがとう。私7人姉妹の一番上やから。」
「えっ⁈7人⁈すごいっすね、妹の世話とかめちゃくちゃ大変そう。」
「そー。もう小っちゃいころ大変やったわ。でもお陰で、余計な争いが起きひんように均等に食べ物を切るっていう特技は身についた。」
緑と結柴は苦笑した。垣月はそのまま、切ったピザをそれぞれの皿に取り分けた。
「さ、遠慮せんとどんどん食べてな。」
「いただきまーす。」
緑はぱくりとマルゲリータにかぶりついた。熱々のチーズともっちりとした生地が口の中で溶け合う。
「うまっ‼」
結柴も口をもぐもぐさせながら2人に向かって親指を立てた。
「シーフードの方もめちゃ美味しいで。私エビ好きやからたまらんわぁ~。」
「オーブントースターでこんな簡単にピザができるとか知りませんでした!ぜってー帰ってもやってみよーっと。」
(結構簡単だし、仲島と一緒に作んのもいいな。仲島ってあんなクールな感じ出してんのに子どもみたいなとこあるからなぁ、具で顔の形とか作りそう…)
緑は、トマトで口、オリーブで目を作っている仲島を想像して思わず吹き出した。
「どしたん?」
「あ、や、何も…。えーと俺もシーフードのもらいます。」
と、結柴が唐突に口を開いた。
「『とっちり』ってどういう意味なんすか。」
「え?」
「はじめに聞いた時からずっと気になってて。」
「あぁ、なんか、昔の京都の方言で、満腹って意味やねんって。詳しくは高瀬にきいて〜。なんか、高瀬のおじいちゃんおばあちゃんが京都の人らしくて、遊びに行ったらいつも『なんかお腹とっちりせんなぁ』って言ってたのから取ったらしいわ。」
「え、じゃあこのサークルって、高瀬さんがつくったんですか?」
「そ。それまでも一応料理サークルってあってんけど、うちみたいに毎日やってるとこはなくて。どこも月1で活動とかやってん。」
「え、じゃ逆にここって毎日活動してるんスか?」
垣月が少し誇らしげに答える。
「せやで。そもそも高瀬がこのサークル立ち上げた理由って、下宿で1人寂しくご飯食べる学生を減らそうってことやから。」
「確かに、ひとり飯寂しいスよね。」
結柴がぼそりと言った。
「うんうん。なんか、高瀬自身もひとり暮らしやから寂しかったらしくて。で、高瀬料理好きやし、じゃあみんなで料理して一緒にご飯も食べるサークル作ろってなったらしい。毎日食べるご飯の時間に孤独を感じるとか健康に悪いって言ってるわ。やから、うちの活動日は月から金の5限以降。5限がある子は終わってから参加もありやで。その場合は先に来てた人が作った料理を食べるだけになるけど。もちろん食べるだけのために来てくれるのもありやし、そういう人も結構おんで。」
「へぇ〜。それ疲れて飯作りたくない時とかありがたいっスね。土日は活動なしなんスか?」
「や、土日も一応11時から15時くらいまでお昼ご飯とかお菓子とか作ってるんやけど、参加するのはほんまに運営とかに関わるようなコアメンバーとか、めっちゃとっちりが好きな子とかだけかな。あ、そう、これサークルで部活じゃないから、絶対参加とか無いで。気が向いた時だけ来るってのでOKやから。」
「え、なんか大学って何から何まで自由っスね。」
「せやなぁ。まぁ何にしろ自分が一番ハッピーになるもんをいつでも選んだらいいと思うけどな。あ、そっちのマルゲリータ取ってもらってもいい?ありがと。」
3人が話に花を咲かせているうちに、気が付けばピザは跡形もなく緑たちの胃袋に収まっていた。どのテーブルも手早く片付けを済ませ、今日の新歓に参加した新入生やとっちりの上級生たちは、それぞれ家の方面が同じ者同士や、同じテーブルだった者同士で固まって帰途についていた。緑も結柴も垣月も、最寄り駅まで同じ道だったので、3人で連れだって歩いていた。
「ほんまに今日は2人とも来てくれてありがとうなぁ。楽しかった?って私がこんなん訊いたら楽しかったって答えるしかなくなるか。」
「ははは。や、んなことないっスよ。楽しかったっス。学部の話も色々聞けましたし、結柴とも友達になれたし。」
「俺も。」
「よかったぁ。ほんじゃさ、よかったら明日も
「行きます!」
「俺も。」
「ほんま⁈よかったぁ~!ありがとう!じゃあ同じ場所で同じ時間やから、授業終わったら来て~。」
「うっす。」
そう話しているうちに、ちょうど最寄り駅の入り口に着いた。
「あ、ちょうど着いたなぁ。ほんじゃ、また明日。気を付けて帰ってね。」
「うす、今日はありがとうございました。智沙登さんもお気をつけて。」
「ありがとうございました。」
緑は2人と別れて寮へ続く道を歩きながらぼんやりと考えた。
(このサークル入ったら、色々レパートリーが増えそうだよな。今まで寮ではカレーとか親子丼とかパスタみたいな学生の王道メニューしか作ったことなかったから、ここで習うようなちょっと凝ったもん出したら仲島ビックリするだろうな~。今度時間あるときピザ一緒に試してみよ。ぜってー夢中になって生地こねてそう…。)
緑が寮に帰り着いた頃には、10時半になっていた。10時を過ぎると仲島の創作エンジンがかかりだすらしく、この時間帯から深夜まで彼は大抵、丸テーブルか書机の上でスクリーンにのめり込むように勢いよくキーボードをたたいている。邪魔するのは悪いと思ったが、やはり仲島の様子が気になった緑は、少しだけ中を覗いてみることにした。
(どうせ集中してるから俺が後ろで叫びでもしないと気づかないだろうし…。)
音がしないようにそっと仲島の部屋の取っ手に手をかけドアを開けると、思った通り、彼は書机で真剣にキーボードをたたいていた。ふとキッチンを見ると、いつも使っている皿や箸が洗ってスチールカゴに干してある。
(飯もちゃんと食ったし、皿も洗ったのか。よかった。)
自分がいなくてもきちんと食事をして後片付けもしていた仲島にほっとする一方、なぜか何となく物足りないような、納得いかないような気がした。
(いやいやいや、あいつ27じゃん。俺からしたらオッサンみたいなもんなのに、何ちゃんと飯食ったかどうかなんかの心配してんだよ。俺はあいつのママですかっつーの。………でもな。なんかな。なんだろ……。)
緑はもやもやした思いを振り払うように数回ぶんぶんと頭を振ると、そっとドアを閉め、自分の部屋に戻った。
次の日の朝、緑と仲島はいつも通り一緒に朝食をとっていた。
「どーだった?新歓は。」
「すげー楽しかったよ!先輩もめっちゃいい人だったし、同じ学部の新入生の友達もできたんだ。無口だけどときどきすげー意味深なこと言うんだ、そいつ。でさ、その先輩と友達で昨日はピザ作ったんだよ。オーブントースターで簡単にピザ作れるなんて俺知らなかった。知ってた仲島?んでさ、思ってたんだけど、今度一緒に作ろうよ。ちょうど仲島オーブントースター持ってるし。」
楽しそうに話す緑に、仲島は目を細めた。
「オーブントースターでピザか。へぇ、知らなかった。よし、んじゃ作ろう。俺はご存知の通りいつでも暇だから、西山が暇な時でいいよ。」
「分かった。じゃ日曜の夜とかどう?」
「もちろんいける。」
「やった!材料はあるから特に何も買ってこなくていいよ。あ、でもなんか仲島がピザに乗せたいものあったら全然好きに買ってくれていいから。あ、そうだ、それで、俺今日もとっちりの新歓行くから夕飯一緒に食えないんだ。ごめん。でも昼飯と一緒に夕飯も冷蔵庫入れといたから、それチンして食べて。」
「分かった。いつもありがとな。」
「はいよ。あ、やべっ、俺そろそろ出なきゃ。」
そうやって、緑はいつも通りの平和な一週間を過ごすはずだった。
今日は土曜日。とっちりはあっという間に居心地のよい場所になり、気がつけば緑は月曜日からずっと、毎日とっちりの新歓に参加していた。結柴も常連になり、今日は彼と垣月と一緒に抹茶のガトーショコラを作った。調理も試食も終え、幸せな後味に浸りながら皿を洗っていると、隣で洗った皿を拭いていた垣月が声をかけてきた。
「明日の飲み会2人は来るん?」
「え、明日飲み会あるんすか?」
「そうそう。たぶん後で高瀬が言うと思うけど、明日でとっちりの新歓最後やねん。やから、その打ち上げも兼ねて飲み会があって。私ら上級生と、入ってくれる新入生の子たちで行くつもりやで。あ、もちろん、1年の子らは払わんでいいで。新入生待遇やから。」
「俺は行きます。」
結柴が即答した。
「おお!やったぁ!さては新入生待遇に惹かれたな?」
結柴はにやりと笑った。
「ははは。まぁそれも立派な理由やけどな。じゃあ結柴くん入るのは確定として、緑くんは?」
「あぁー…俺はえっと、もちろん入りたいんスけど、夜はちょっと…」
「なんか予定あんの?」
「あ、えーとまぁ予定っつーかなんつーか…」
(同寮の向かいのやつと一緒に夕飯作るってなんか理由としてどうなんだろ…。そんなちっせー当たり前のことでこれから入るサークルの飲み会断る?って思われるかな。)
「もちろん無理してくる必要はないけど、まだ話したことない先輩とか1年の子たちとかと話せるチャンスやで!今まで私と結柴くんと組むことばっかやったから他の人とあんま関わったことないやろうし。ほら、この前全然まだ知り合いできてないって緑くんも言ってたやん?それ考えたら明日の飲み会めっちゃいい機会やと思うし、せっかくやし緑くんも来よーよ~。自分で払わんでいい飲み会なんて人生にそうそうないで~!」
来てほしそうに見つめてくる垣月のキラキラした瞳と、隣でうんうんと頷いている結柴の圧に負け、緑は飲み会に参加することにした。
(まぁ確かに、こういう機会なんて今のうちしか味わえないよな。仲島もいつでもいいって言ってたし、まぁいっか。)
次の日の朝、緑はいつもの丸テーブルで仲島と朝食を取っていた。
「とっちり、気に入ったんだな。このところ毎日新歓参加してんじゃん。」
「うん。すげー楽しいよ。みんないい人だし、レシピも増えるし。」
「入んのか?」
「そのつもり。」
「そうか。」
「あ、それでさ、今日新歓の最終日らしくてさ、活動終わった後飲み会があるんだ。入るつもりだし、折角だから飲み会行こうかなって思ってて。だからごめんなんだけど、ピザ作る約束、他の日でもいいかな?」
「いいよ。楽しんでこい。」
「うん、ありがと。」
緑は機嫌よくチーズの乗ったトーストにかぶりついた。しばらくお互いに黙ってもぐもぐとトーストを食べていたのだが、仲島がふいに口を開いた。
「あのさ、西山。」
「ん?」
「その…もう俺の飯とか、作ってくれなくても大丈夫だし…。」
「…え?」
唐突なその言葉に、緑は驚いて仲島を見つめた。
「俺、この2カ月くらい西山がちゃんとした飯3食ずっと作ってくれてたお陰で、食の大事さに気づけたっつーか…。だから、もう一人でも食事抜いたりせずにちゃんとしたモン食べようって思ってるし、それに、俺も、別に料理できないってわけじゃねーし…ほら、フレンチトーストとか、だいぶ前西山に作っただろ?」
「……」
「だから、その…もう別に、西山に無理して作ってもらわなくても大丈夫っつーか…。」
「……や、別に俺、無理して作ってたわけじゃねーし…。」
「いや、だからさ、何つーか…」
「あ、そうだ俺、今日結柴と早めに行こうって約束してたんだった。残り食っといていーから。じゃ、行ってくる。」
「え?あ、西山っ…」
緑はさっと立ち上がると、仲島の方を見向きもせずに部屋を出た。自分の部屋の玄関に置いてあった鞄を急いで掴むと、走って寮を飛び出した。
(え?何?急にどーゆーことだよ⁈今までフツーに一緒に飯食ってたじゃん!なんで?なんで急にそんなこと言い出すんだよ!訳わっかんねーよ!)
緑はそのまま大学へ向かってがむしゃらに走り出した。
(もービックリしたせいで変なウソまでついちゃったじゃん!こんな時間に行ったってまだ誰も来てねーっつの!っつかホントになんで急にそんなこと…。飯まずかった?や、いつも美味いって言ってんじゃん。俺なんかした?や、別に、最近新歓ずっと行ってたから朝しか会ってねーじゃん。あんな朝の短い時間で何ができるっていうんだよ。俺に気遣ってる?俺に無理させたくない、みたいな?…仲島意外と優しいとこあるし、そうなのかな。で、でも、俺としてはそんなことくらいで引き下がってほしくないっていうか…。)
緑は自分が今思ったことにはっとして赤面した。
(いやいやいやいや‼何言ってんだ俺‼違う違う違う、今のなし!そ、それに、もし俺に気遣ってるとかじゃなくて、本当にもう一緒に飯食うのやめたいとかだったら……結構ショックかも。)
緑は歩を緩めた。今の生活を当たり前に受け入れているのは、仲島も同じだと思っていた。
(無理して俺に合わせてたのは、仲島の方だったのかな…。)
緑はうつむきながら、とぼとぼと大学へ向かった。
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