第4-2話
入学式を終え、いよいよ大学の授業が始まったその週の土曜日。緑は受験から解放された自由を満喫すべく、思い切り朝寝坊を楽しんでいた。
(昼まで寝られるって大学生の週末サイコー…。まあ一週目だからそんなこと言ってられるのかもしれないけど。でもま、楽しめるモンは楽しめるうちに存分に楽しんどかないとね~。)
掛け布団の下でぐぅーんと伸びをすると、同時に大きな音で腹が鳴った。
(腹減ったし、そろそろ起きるか。)
ベッドから起き上がると、寝すぎたせいか少し頭がくらくらする。緑はまず頭をスッキリさせようと、シャワーを浴びに行くことにした。
この寮はキッチンやトイレは各部屋についているが、風呂場だけは共同である。風呂場は簡素ではあるがこぎれいで、シャワーが五つと、七~八人は優に入れるかというほどの大きな浴槽がついていた。湯を溜めるのは自由で、誰でも好きなときに好きなだけ溜めてよいことになっている。
緑がシャワー室に入ると、一番手前の籠に服が無造作に入れられており、風呂場からジャバジャバと水の音が聞こえてきた。どうやら先客がいるようだ。
(なんだ、俺一人じゃないのか。寮だから誰かと一緒に風呂入んないといけないのは当たり前なんだけど、なんかちょっと気まずいんだよなー。やってることは銭湯と変わんねーけど。)
引き戸を開けて風呂場に入ると、正面に二つ、右手の壁にそって三つシャワーがついている。緑は壁側一番奥のシャワーを使うことにした。というのも、正面のシャワーを使うと、もしも次に人が入って来た場合、戸を開けた瞬間自分の全裸を見られてしまうからだ。先客はひとつ挟んで隣の一番入り口に近いシャワーを使っている。各シャワーは板で仕切られているため互いの姿が視界に入ることはない。しかし緑は、他人がいると思うと何となくリラックスできず、先客が先にあがるようにわざとゆっくりと頭を洗った。
緑が体を洗うのにさしかかった頃ようやく、先客がシャワーを止めるキュッという音が壁越しに聞こえてきた。
(やっとかよ!俺より早く入ってたくせになっかなか上がらないから、頭の毛穴一個ずつ洗わないといけないかと思った。)
自分でも意固地になっているとは思ったが、緑は一度何かが気になりだすとそれがずっと頭から離れなくなる性分なのだ。気になっていた先客の存在が消えた今、思い切り風呂を満喫できる。緑は上機嫌でシャワーの水圧を強めると、頭から湯を浴びて体についた泡を流した。
頭も体も洗い終わってスッキリした緑は、脱衣所への引き戸を開けた。
(え!まだいたのかよ。)
見れば、とうに出ていったと思っていた先客が、まだ脱衣所で髪をわしゃわしゃと拭いているのだ。気まずくなるのは嫌だったのでまじまじとは見なかったが、上下黒色のジャージを着た背の高い学生だった。
(どうしよ…。一応同じ寮生だし挨拶くらいした方がいいのか?でも俺今マッパだしあっちは服着てるしなんか気まずい…。)
緑は手早く体を拭いてTシャツを着ながら、ちらりと隣の学生を見た。ちょうどその時、彼が自分の足元に落ちた髪を拾おうとかがみこみ、タオルの隙間から一瞬その横顔がはっきりとのぞいた。
(!)
緑の心臓が大きくドキリと鳴った。今見た横顔が、紛れもなく仲島のものだったからだ。
(待て待てまてまてっ!なっ、仲島っ⁈なんでこんなとこいんの⁈)
仲島のほうはまったく緑に気づいていないようだ。自分のシャンプーやボディソープのボトルを手に取ると、さっさと脱衣所を出ていこうとした。
「ちょっと待ってっ!」
考える前に声が出ていた。仲島がくるりと振り返る。緑の姿を認めた瞬間、彼は大きく目を見開いた。
「西山…!」
「ちょっ、あっ、思わず声かけちゃったけど、その…俺今カッコヤバいしズボン履くまでちょっとあっち向いててほしいんだけど…。」
「あ、ワリ。」
仲島は緑に背を向けた。急いでズボン履きながら、緑は勢いこんで尋ねた。
「つかさ、仲島がなんでここにいるわけ⁈」
「え、だって俺ここの博士課程いってるから。」
「えぇっ⁈マジ⁈」
「マジだよ。つーかあの塾のアドバイザーって、みんな博士の学生とかポスドクとかだよ。」
「そーなの⁈知らなかった…。っつーか‼なんでK大いってるって教えてくれなかったんだよ‼」
「いやぁ、んなこと言ったら変なプレッシャーになったりするかなって思ってさ。それに、西山は文学部だろ?俺の学部は理学部数学科だったし、同じ大学っつっても文学部のこととか何も知らねーから、言ってもあんま意味ねーかなって。」
「はぁ?なんだよそれ。プレッシャーとかならねーし、学部が違ったって、ちょっとくらい教えてくれてもよかったじゃん。何だよ水臭いなぁ。」
「ごめんって。でもすごい偶然だよな、他に四つ寮あんのに、同じ寮になるなんて。西山はどこの部屋なの?」
「五一一。」
「まじで?俺向かいなんだけど。」
「うそぉっ⁈」
「なんかやべーな、色々重なりすぎて。つかさ、西山、昼飯食った?」
「や、まだだけど。」
「じゃ、俺の部屋に食いに来る?合格祝いもかねてさ、なんか作ってやるから。」
「え、いいの?合格祝いならこの前板チョコもらったし…。」
「いいに決まってんじゃん。人生の新たな段階のスタートなんだから、盛大に祝おうぜ。」
「あ、ありがと…。」
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