第17話 先輩

 その女子生徒はポニーテールにしようと髪を結っていた。ジャージを着ているため、着替え終わって髪を結っているところだったんだろう。髪を結っている女子生徒を窓から零れる光が包んでいて、キラキラと輝いていた。その姿はあまりに綺麗過ぎて目が釘付けになってしまった。


 しかし、良く思い返すと、俺は危うく女子生徒の着替えを覗いてしまうところだった。危ない危ないでもちょっと残念げふんげふん。それにしても、女子一人でこの部屋で着替えていてドアが開いてるとはなんと不用心な……。もしかして既に誰かが覗いたりしていたんだろうか。見学した部活はそれぞれ既に入部している同級生は居たものの、他に見学している人は居なかった。ということは覗かれたという心配はあまりしなくて良さそう。


 髪を結び終わった女子生徒はバッグを漁り、ホチキスで取れらた本を取り出した。それから何やらブツブツと音読していた。いくらもしないで本を置き、軽い調子で大きめな声を出した。


「あの時……、もしも私の答えが違っていたら、あなたは振り向いてくれた?」


 なるほど。ここは演劇部の部室か。それにしても、この女子生徒の演技がすごい。まるで経験したことがあるかのように、セリフを自分の言葉として話していた。


「……誰?」


 ついに俺は覗いていることが見つかってしまった。いや、悪いことをしているつもりはなかったんだけどね。ほんとだよ。


「あ、あの。部活見学してて、それで、ドアが開いていたので様子を見ていた感じです」

「そう。急に声掛けてごめんなさいね。いつから覗いていたの?」

「練習の準備からです」

「なっ!?」


 女子生徒が顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいる。そんなに練習している姿が見られたくなかったんだろうか。確かに部活の名前もなく、歓迎している様子もなかった。それなら、怒るのも無理はないか。一応謝っておこう。


「あの、すみませんでした。勝手に見てしまって」

「やっぱり見ていたのね!? 信じられないわ。よくもまぁそんなことをしておいて、まだ平気な調子で立っているわね」


 謝ったぞ? 謝ったのに怒っている。おかしい。そんなに怒られるほどだったのか。この女子生徒は影で頑張る系の人なんだろうか。よくも私の秘密を見たなという怒りなんだろうか。


「とりあえず、先生には黙っておくから、これからは覗きなんてやめなさい」

「覗き? あの、俺が言いたかったのは、その台本みたいなのを取り出して練習の準備をしている話だったんですけど、伝わってますか?」

「えっ……。そう。そういうこと。そうだったのね。それならそうと早く言って欲しかったわ。てっきり私の着替えている姿からずっと覗いている危ない人だと思ってしまったじゃない」

「なつ!? 俺はそんなことしてないですよ! でも、ここのドアは開いていたので、もしかしたら先客は居たかもしれないですね」


 どうやら、この女子生徒の勘違いで怒られていたらしい。まぁ、これだけの美人なら覗きやストーカーじみた人がいても仕方ないかもしれない。当然、そういった輩が許されるわけではないが、それくらい美人ということだ。


「それはそれで怖いわ……。一先ず、ようこそ演劇同好会へ。見学するなら歓迎よ。私は二年の大塚莉子よ」

「ありがとうございます。一年の神田颯です。宜しくお願いします。大塚先輩」


 それから大塚先輩に台本を見せて貰ったり、同好会という小さいサイズでどういうことをしているかを教えて貰った。部というサイズではなく、他のメンバーは三人の計四人で活動しているらしい。


 地元の大人が運営している演劇クラブで一緒に練習して舞台をやったり、児童向けイベントで裏方の手伝いをして勉強したり、同じようにイベントの中で寸劇をしたりと、案外活動の幅は広いようだ。どの会話をする時も大塚先輩は柔らかく笑い、優しさに満ち溢れた顔をしていた。あまりに綺麗な顔だったので、俺は思わず大塚先輩の顔を凝視してしまった。


「どうしたの?」

「え、あ、いや。大塚先輩があまりにも優しい顔で笑って教えてくれてたので、とても楽しいんだなってのがすごく伝わってきて、思わず見てしまいました」

「そう。確かに楽しいわね。神田君が熱心に聞いてくれていたから、私もつい夢中で話してしまったのかも。神田君、演劇に興味はある?」

「正直なところ、分からないです。でも、文化部に入りつつ、のんびり高校生活を送りたいなって思ってます」

「人が少ないという点においては、のんびりできる空間かもしれないわね。ここは」


 これだけ優しく接してくれた先輩は演劇同好会が初めてだった。もちろん、他の部活の先輩方も優しかったが、「うちの部入ろう圧」がすごく、あまり俺自身のことは見てくれていなかったと感じた。


 大塚先輩は、入るならどうぞというスタンスで、同好会の紹介と楽しいところを説明してくれた。それも俺の表情を見た上で、興味を引く話をしてくれていた。俺のことを少しでも見てくれていたのだ。まあ、俺が大塚先輩を見ていたことについては、若干邪な部分もあるが、それはそれ、これはこれ。


 一通り説明してもらったところで、大塚先輩は鞄の元へ行き、中身を漁り始めた。水筒を出して飲み口に口を付けて傾けたところでピタッと動きが止まった。


「しまった。もう飲み切っていたのを忘れていたわ。神田君。自販機に行きましょう」


 どうやら水稲の中身は飲み干していたらしく、二人で自販機に飲み物を買いに行くことになった。外に出ようとしたところで大塚先輩は時計を確認して少し考え込んでいた。


「時間も微妙だし一応着替えるわ。悪いけど外で待っていてもらえる? もちろん、覗いたりなんかしたら許さないわよ」

「覗きませんって! とりあえず、ドア閉めて廊下で待ってますね」


 まだ覗いたと疑われているのだろうか。すごく念押しされたが、フリではないのは分かっているので大人しく廊下で待つことにした。女の人の着替えだし時間はかかるだろうと思って、スマホでSNSのチェックをしていると程なくしてドアがガチャリと開いた。


「お待たせ」


 結っていた髪を下した大塚先輩、制服を着ている効果もありジャージの時よりもスタイルの良さが際立っていた。制服の大塚先輩は、入学式の時に目があった綺麗な先輩、その人だった。

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あの時、もしも…… よっちい @sea258xyz

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