第15話 本気

× × × × ×


『たすけて』


 川口からのエマージェンシーコールは、平仮名四文字のチャットだった。変換する余裕もないということだろうか。この四文字を見た途端、胸騒ぎがした。あれで川口も華のJKな上に、見た目がそこそこ良い。時間も時間だし何かあったのかもしれない。


 一先ず、チャットアプリから川口のアイコンをタップし、通話ボタンを押す。コール音が鳴り始めるが、やけに遅く感じる。早く。早く出てくれ。数コールでコール音が消え、若干の風切音が聞こえた。


『もしもし』

「川口! 大丈夫か!」

『え? ああ、大丈夫だよ』


 電話に出た川口は落ち着いた声色だった。震えているわけでもなく、俺の声に驚いている様子だった。


「よかった。何か事件とかに巻き込まれたのかと思った」

『あー。それね。事件と言えば事件かな。ちょっと困ってるっていうか……』


 川口の歯切れが悪い。話し辛い内容なのだろうか。乙女特有のデリケートな会話だろうか。新生活早々女子同士でトラブルだろうか。まぁ、往々にしてありそうではあるんだよな。


『その、目白君の押しがなかなか強くてね』

「そういうことか……。あいつはそういう性格だもんな」

『二人で出かけようって。あたし別にそんなつもりないんだけど』


 川口は早速モテているようだ。翼と川口が個人チャットをしているらしく、翼が川口に熱烈のアピールをしているとのこと。川口は困っていたらしく、困り果てた結果として、俺に連絡してきたという経緯だったようだ。


「なるほど。翼と出かけないのか?」

『二人で出かけるのはね。まだ全然知らないし』

「俺と帰ったりもしてるし、そんなに気することでもないんじゃないか?」

『神田は違うじゃん。目白君みたいにぐいぐい来るわけでもないし、地元も一緒だし。とにかく、目白君と神田は違うよ』


 川口の俺と翼の差の説明がやけに早口だった。翼のことを悪く言うのがあまり好ましくないということだろうか。結構優しいところもあるんだな。


『ごめんなんだけど、もしできるなら神田からそれとなく言ってくれない?』

「なんで俺がお前たちの仲を持たなきゃいけなんだ……」

『そこはほら、地元民を助けると思って、ね? それにせっかくできたコミュニティがあっという間に崩壊ってのも卒業までしんどくない? あたし絶対嫌だし』


 確かに。ここでギスギスしても二年、三年と上がった時に同じクラスにならないとは限らない。そうなると平日は嫌でも顔を合わせてしまうから、小さなストレスが積み重なってしまう。それを避けるためになんとかしろ、と川口は言っているわけだ。


「はぁ。わかったよ。翼にはそれとなく言っておくよ」

『ほんと!? ありがとー! 超助かる』


 さっきまではやや声が暗かった川口、俺が翼への取り次ぎを受け入れると声がやや高くなり、テンションが上がったことがよくわかった。川口が喜んでいるなら良いことにしよう。


「ちょっと時間はかかるかもだけど、しつこくならないように言うわ。ただまぁ、あいつが本気ならそん時は手に負えないだろうから、頑張ってな」

『そこは最後まで責任持つとかなんか男らしいこと言ってよ』

「無茶言うなよ。俺は川口の彼氏じゃねーし」

『ふふ。そだね。でもまぁ、助かったよほんと。ありがとね。おやすみ』

「おうよ。おやすみさん」


× × × × ×


 翌日、翼とお昼ご飯を食べている。翼の前の席の子は昼になると別クラスに行くため空席となるので、借りている。一方で俺の席はみどりが使い、川口とみどり、みどりの部活仲間が三人でガールズトークをしながら昼食を取っている。翼は何事もなくお弁当を食べていたが、急に真剣な顔をして箸を置いた。


「なぁ颯。一つお願いがあるんだけど、いい?」

「どうしたんだ。改まって」

「梓との仲取り持ってくれない? やっぱこういうのは地元が同じ奴にフォローして貰いたいなって」


 身構えてはいたが、やはりか。どうやら翼は川口に対して本気らしい。というか昨日の今日で名前呼びするくらい仲良くなってるじゃないか。川口もなんだかんだ言ってその気なんだろうか。


 とはいえ、昨日の電話の事も考えるとどっち付かずでいるのが一旦は最適解だろう。実際、何ができるわけでもないとは思うが、それっぽく答えておくことにする。


「取り持つ、ねぇ。そうは言っても俺にやれることなんてないだろ」

「そんなことないって。地元が一緒ってことは昔から川口のこと知ってるわけじゃん? 有力情報とか喜ぶものとか色々聞けるじゃん」

「いや、別に俺と川口は昔からああじゃないぞ。何ならまともに会話するようになったのはこの数か月の話だし」

「あれ? そうなんだ。じゃあ、みどりにもお願いすっか」


 みどりも名前呼び。こっちはみどりたっての希望だろうし、川口の名前呼びはみどりからの流れだな。


「今ここで話をするのか?」

「いや、さすがにそれじゃ梓にバレちゃうじゃん。放課後とかチャットとかで別の場所にする」


 あまりあからさまにバレたくないらしい。とはいえ、昨日のアタックを川口から聞いている俺としては今更どっちでも良くね? と思ってしまう。それを口にしてしまうと信用問題にもなりかねないからさすがに黙っておく。


 話が終わり自分の席の方を見ると、川口と目が合う。何か込み入った話をしていると気づかれただろうか。ややジト目になってこちらを観察している。と思ったら、みどりと部活仲間ちゃんもこちらを見て川口に何か話しかけていた。川口はそれを聞いた途端顔を赤くしていた。既にみどりに相談していたのか。翼のことをいじられて顔を赤くしていたんだな。


 と、その表情を見たところで、チャイムが鳴った。弁当を片付けて自分の席へ戻る。川口とみどりがこっちをまだ見ているので、さすがに気になる。


「俺の顔に何か付いてる?」

「え!? いや、別にそういうんじゃないよ!」


 やけに慌てている川口。ふむ。やはり何か付いているのか。顔でないとすると背中か?


「みどり。俺の背中に何か付けたりした?」

「っくく。そういうんじゃないよ。さっき梓と少し話をしてい……」

「ちょっとみどり! もういいでしょそれは!」


 慌てた様子で川口がみどりを止める。む、これは黙っておいて欲しい何かだな。俺の受験の時の話か? それとも別の中学での出来事だろうか。


「まぁまぁ颯君。そんなに考えないで。乙女にも秘密はあるんだぞ?」


 シーっと静かにしろポーズをしてウィンクをするみどり。これ以上踏み込んでくるなというサインか。しかし、そのポーズあざといですねぇ。ほら、隣の席の男の子なんか思わずおおって声出してるじゃん。やっぱり刺さる人には刺さるんですよ。無意識な女子の仕草って怖いなー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る