第13話 寄り道

「へー。そっかー。じゃあ、二人は高校に入って初めて同じクラスになったんだね」

「そうなんだよー。卒業前くらいから関わり出したくらいで、それまでは顔見知りってレベルだったし」


 みどりは俺と川口の馴れ初めが気になるらしく、いつから仲良くなったのかどれくらい仲がいいのか、様々聞いてはうんうんと頷いていた。知りたいことを知って満足したのか、ニコニコ度合いが増していった。


「二人で出かけたりはしないの?」

「別に出かける理由もないしな」

「梓もそんな感じ?」

「そうだね。特にそういうのはないね」


 みどりはそこは出かけてろよーとつまらなさそうに冗談交じりの悪態をついてポテトを口に運んでいた。俺達に何を期待していたんだ。


 会話は基本的にみどり主体で、みどりはポテトをつまんである程度食べるとまた何かを聞いて、卒業前にこんなことがあったとか三人の好物とか、話すジャンルは様々。知り合った初日によくこれだけ会話が出てくると思わず関心してしまった。


 段々と川口もみどりに興味を持ったのかあれはこれはと聞き始める。そこで二人のマシンガントークが始まり、俺はひたすら二人の会話を聞くことがメインになった。


「そー。だから、私はチャリ通なんだよねー」

「あの辺だとちょっと大変じゃない? あたしのお母さんがその辺地元だからおばあちゃんの家に行く時に覚えちゃったけど、ちょっと遠い気がするのは気のせい?」

「まぁね? いやー、なんか不思議な感覚だなー。地元の人じゃないのに地元の人と会話してる感覚。この感覚を梓にも颯君にも味わってもらいたい」

「なかなかこういう人はいないでしょ。俺も味わってみたさはあるけど」


 川口のお母さんは、川口が入学した後のトークテーマをだいぶ提供していたらしく、地元の話を色々としていたようで、いつの間にか二人の話題が虹浜トークになっていた。そうなると、俺の出る幕は一切ないので、さっきは意図して聞くことがメインだったが、今度は聞くしか出来なくなった。


 ただ、虹浜トークは今後の高校生活で役に立ちそうな地元トークだったので、思わず聞き入ってしまい、無駄なことは一切なかった。


 小一時間ほど話したところで、三人の食べ物と飲み物が空になった。三人揃って時計を気にし始めたので、そろそろ切り上げ時だろうと思ったが、誰からも帰ろうという言葉は出ない。ここで知り合った初日ということを思い出し、じゃあ帰ろっかというのは、あからさまに帰りたい雰囲気を出してしまい雰囲気を悪くする。忖度して帰ろうとは言わないものの、時計は気にしていた。だが、こうなってしまうといつまでも帰らなさそうなので、俺から切り出すことにした。


「そろそろ帰るか」

「そだね。今日はありがとうね! 二人と仲良くなれてよかった! 私的には明日からも仲良くしてほしいけど、いいかな?」

「もちろん! あたしからもお願いしたい!」

「あ、そうだ! 三人でグループ組んどこうよ。何かと便利だろうし。颯君もいいよね?」

「おう!」


 みどりと川口と俺のグループチャットが出来上がった。グループ名は『虹浜時々玉瀬』だった。俺らの地元の方が時々扱いなんですねみどりさん。


「じゃあ、みどり。俺達こっから乗るから。気を付けて帰ってな」

「ありがとー! 二人も気を付けて帰ってね! また明日!」


 自転車で帰るみどりは線路を超える必要があったので、駅までは行かず駅前で別れた。自転車に跨ったみどりはあっという間に駅を離れていった。


「二番線ドア閉まります」


 それから玉瀬まで一緒に電車に揺られて帰った。帰宅ラッシュに逆らって帰るので、電車の中はガラガラだった。時折流れてくるガタンガタンという小気味良いジョイント音が、眠気を誘ってくる。川口とボックスシートに向かい合って座っていたが、川口は既にウトウトし始めていた。さすがに高校生活初日な上、入学式に部活勧誘ラッシュ。その後はよく喋る後ろの席の女子とのマシンガントーク。そりゃ眠くなるよな。


 外も暗く眺められるものもないので、後で怒られるかもしれないが川口の寝顔を眺めていることにした。川口は控えめな化粧をしている。まつ毛も化粧のおかげなのか綺麗になっている。さっき店を出る時に塗り直していたリップは艶々しており、思わず見入ってしまった。


「まもなく玉瀬。玉瀬です。お出口は左側です」


 目が離せずにいるとあっという間に玉瀬に着く案内放送が流れ出す。案内放送の音で俺は意識を戻した。川口も案内放送の音がやや大きかったのか呻きながら、首を少し上げた。


「ほら川口。玉瀬に着くぞ。起きろって」

「んん……。ああ、ごめん。あたし寝ちゃってたのね」

「気持ちよさそうに寝てたぞ」

「は? 神田、あたしの寝顔ずっと見てたの?」

「いや! 全然全く。ケータイいじってたし」

「ケータイ出てないじゃん」

「起こす前にしまったんだよ……」


 やはり怒られてしまうか。そう思い咄嗟に色々と誤魔化したが、果たして誤魔化せただろうか。ホームに電車が止まろうと減速しているが、電車が止まるまで川口がずっとジト目でこちらを見ていた。その目から逃げるようにドア前に移動してドアが開くのを待っていた。


 そのまま二人でホームに降りてエスカレーターを上がる。前を譲って先に乗った川口が振り返った。


「あたしの寝顔ブサイクじゃなかった? 白目剥いたりとか」

「いや、全然……。あっ!」

「やっぱ見てたんじゃん……。別にいいけど」


 別に良いならそんなぷんぷんしなくてもいいじゃないですか川口さん。まぁ、他人に寝顔を見られるのが嫌なのは良く分かるけど。


 もー。と軽く悪態をつきながらも、溜め息をついてやれやれという表情をする川口。最近の川口は時々あざとい仕草を見せてくる。これも高校デビューの一環なんだろうか。高校デビューかなんて本人には口が裂けても言えないけど。


「まぁでも、さすがに今日は疲れたんだろ。初めて通う場所だし、初日からあんだけ喋ってたし」

「あれはみどりが超喋るからさぁ、あたしもつい喋っちゃったよね。ほんとみどりのコミュ力超高いわ」

「なんか最後の方の喋り方、今時のJKって感じだな」

「今時のJKなんですけど? 何なら、そんな言い方してる神田の方がジジ臭いからね」


 ジト目でこちらを見た後にケラケラと笑っている川口と、そんなやり取りをしながら、どちらからともなく家の方へと一緒に歩き出していた。


 そして、これも特に何か言ったわけではないが、川口の家まで送るため俺の家を通り過ぎて、川口の家へと向かった。前にもここでいいと言われたところまで差し掛かったところで、川口が俺の前に出て立ち止まって振り返った。


「今日も送ってくれてありがとう。わざわざごめんね」

「いや別に。また母さん達がうるさくなるかもだし」

「そっか。じゃあ、また明日」

「おう。また明日な」


 へへっと笑った川口は手をフリフリしていたので、俺も思わず手を挙げてしまった。やっぱりあざといと川口さん。中学の頃の川口からは想像の付かないあざとさちょい盛りのJKが目の前にいた。


 家に帰った俺は、とりあえず既に沸いていたお風呂に入った。体を洗って浴槽に浸かると、全身が溶けるかと思うくらいお湯の温度を感じた。


「ほええええええええ」


 どこから声が出たか自分でも分からない声が出た。今日の風呂はいつもより気持ち良い。疲れているから癒されたのか。今日あった出来事を思い出すと、とにかく今日は色々あり過ぎた一日だった。まだそんなに温まっていないが、既に顔はポカポカしている。


 ぽけーっとしてお湯で温まっていると頭の中に川口の顔が出てくる。今日はなんだかんだ朝から晩まで川口と行動を共にしていた。高校生活初日ということもあり、緊張した面持ちから始まったが、段々と解れてきて笑う川口もたくさん見た。何というわけではないが、川口の笑う顔が脳裏から離れずにいた。


 体が暑いな。風呂に入り過ぎただろうか。そろそろ出ないと逆上せそうな気がするし、さっさと出よう。

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