第12話 部活見学
オリエンテーションが終わり放課後となった。さすがに初日から授業というわけではなく、しばらく学校に慣れるために案内や自己紹介とかの人や物を知るところからスタートするようだ。担任曰く、他の学校はこのまま校内案内とかもするらしいけど、うちの高校は電車とかバスの混雑を避けるために早めに返す時間設定になっているらしい。
確かに、一斉に終わって帰るとなると最後に電車やバスに乗り込むのはうちの高校の生徒になるので、乗り切れずに無駄な待ちぼうけになる可能性が大いにある。それを避けるようにしてくれている学校側の配慮はとても優しいと思った。
「神田。玉瀬まで一緒に帰ろ。まだ帰る人居ないし」
「了解。じゃあ行くか」
前に座っていた川口が振り向いて話しかけてきて、俺達は一緒に帰ることになった。自然と帰る流れになっていたせいか、教室を出るタイミングで、女子同士がこちらを見ながらひそひそと話しをしているのが目に入った。何か勘違いをされているような気がする。
「こういうのはどこに行っても変わらないね。入学早々、デキてるわけないのにね」
「まぁ、それでも男女が一緒に帰ってれば気にはなるんじゃね?」
「はぁ。あたし上手くやってけるかなぁ」
「大丈夫だろ。何なら明日話題になってるかもしれないし」
「それは不本意なんだけど」
「失礼だなぁ」
ケラケラと笑う川口と昇降口に降りて来て靴を履き替える。玄関を出るところで、外から何やら賑やかな声が聞こえた。どうやら、昇降口の外から校門にかけての広いスペースで勧誘をしている部活がいるようだった。
「ハンド部です! 初めてでも大丈夫なので入りませんかー?」
「お? 二人はカップルかな? カップルでダンス部とかどう? 皆でお祝いしちゃうよ!」
「いやいや! この子達はテニス部に入るから! ね?」
一気に先輩達に囲まれた。そして、質の悪いことにテニス部の先輩達は俺と川口の腕掴んでいるため逃げられなくなってしまった。
「いや、まだ初日ですし。まだ部活決めてないですよ」
「じゃあ、これを機に入ろう!」
しまった。嘘でもどこかの部活に入るつもりだと言えばよかった。火に油を注いでしまった。
「先輩達! すみません! この人達は弓道部に入る予定なんで! これから見学に行くところなんです」
「なーんだ。そうなんだ。ざんねーん。そうならそうって言ってくれればよかったのにー。じゃあ、部活見学、楽しんでね!」
俺と川口は、一人の女子生徒の一声に助けられた。どうやら弓道部の関係者らしい。
「あの、ありがとうございます」
「敬語はいいよー。クラスメイトじゃん!」
「え、そうなの?」
「神田失礼じゃん。神田の後ろに座っている渋谷さんだよ」
川口さん。ジト目でこちらを見てくるけど、残念ながら俺はプリントを回す時は振り向かない派なんだ。それが入ったばかりの空間なら尚のこと後ろに振り返るのに躊躇してしまう。入学式も川口と話す以外は特に何もなかったし。
「改めまして、渋谷みどりです。川口梓さんと神田颯君だよね。二人ともよろしくね! 入学式の時から気になってたんだけど、二人は付き合ってるの?」
「あたし達は別にそんなんじゃないよー。中学が一緒だっただけだから」
「そうなんだー。初日から男女二人で仲良く話してたからさすがに名前も覚えちゃったー。でも、これで縦三人顔見知りだね!」
「だね! 宜しく!」
さすが同い年の女子同士。意気投合が早い。川口もあっという間に同じテンションで会話してるし。
「さて、じゃあ行こっか」
「は?」
「弓道部だよ。弓道部」
あの話は本当だったのか……。拒否権は無さそうだし、助けてもらった手前、無碍にしてしまうとクラスで席も後ろだし蟠りが生まれてしまうか。川口に目をやると、頷いていたので、どうやら見解は一致しているらしい。
こうして、渋谷さんに誘導されて弓道部へと足を運ぶことになった。部室へ向かう間も、二人はお互いの事について話していた。俺が女子トークに割り込むのも無粋だから、黙って聞きつつ少し後ろをついて行った。部室へ向かう道は、夕日に向かって歩くため、やたらと西日が眩しい。それでも、二人の笑った顔だけははっきりと見えていた。
「ようこそ! 弓道部へ。一人は入部希望の子だよね。他は見学でいいかな?」
「はい! 校門で他の部活に囲まれていたので連れてきました。川口梓さんと神田颯君です。それと私は入部希望の渋谷みどりです。宜しくお願いします!」
渋谷さんは元気な声で先輩達へ挨拶する。俺達の紹介もしてもらったので、後から挨拶した。先ほどの校門に居た先輩達ほどぐいぐい来ない、優しい先輩達で助かった。
渋谷さんは中学の頃から弓道をやっていたらしく、先輩達に混ざって実際に撃っていた。さすがは経験者。最初の立ち振る舞いから射終わった後まで綺麗だった。的もしっかりと射貫けていたようで、先輩達の一部からは「おおっ」とひっそりとした声が聞こえてきた。
「渋谷さん、すごいね。あれだけできるならあたしもやってみたくなっちゃった」
「俺には出来なさそうだ……。川口は弓道部入るのか?」
「うーん。悩み中。渋谷さんもいるし絶対楽しいとは思うんだけどね」
俺と川口は渋谷が撃つ姿を見つつ、先輩達の撃つ様も見ていた。さすがに見学で撃たせてもらえることはなく、一人の先輩が時々説明してくれて見てを繰り返していた。
「下校時刻となりました。部活の延長申請をしていない部活動と、校舎に残っている生徒は速やかに下校してください」
初めて見るものしかないので、思わず見入っていたらあっという間に下校時刻となっていた。渋谷さんは礼をして更衣室へと消えていった。先輩達も一部は更衣室へ。残りの人達は延長申請をしているらしく、まだ部活に取り組むようだ。
「おまたせー! 帰ろっかー!」
更衣室から出てきた渋谷さんは、校門で助けてくれた時の制服姿に戻っていた。三人で校門を出て一緒に帰る。渋谷さんは自転車なので手押しで歩きの俺達に合わせてくれていた。どうやら高校のご近所に住んでいるらしい。
やはりと言わざるを得ない会話。基本は女子二人が会話をして、それを俺が聞いている。部室に行く時と何も変わらなかった。道が薄暗いところもあるから、この二人の後ろをつけるような位置取りだとストーカーと間違えられてしまうだろうか。
「何難しい顔してんの」
「いや、川口と渋谷さんが話している後ろを歩くとストーカーみたいにならないかって心配してた」
「あっははははは! 神田君面白いね! あ、ってか、私のことはみどりでいいよ全然」
「いや、でも、名前は……」
「まぁまぁ、いいじゃん! ね? 梓」
「うん! よろしくねみどり!」
渋谷さんはかなりフレンドリーな性格らしい。誰とも付き合ったことのない俺からしたら、女子を名前呼びするのはかなりハードルが高い。常陸も誰かを名前で呼んだりしていたのだろうか。そうだとしたら、まぁやってみる価値はあるかもしれない。高校デビューだと思って思い切ろうか。
「はぁ。わかったよみどり」
「颯君ってば、超嫌そうじゃんー」
さっそくいじられた。この人の距離感が分からない。思わず苦笑いをしてしまった。別に嫌いというわけではないが、パーソナルスペースの違いに身構えてしまった。
「少し寄って食べてかない? まだ帰り大丈夫そうなら語ろうよ」
俺も川口もみどりの語りに誘われて、三人でファストフードへ行くことになった。ファストフード店は、お疲れ様会以来だ。まだ最近のことなのに随分懐かしく感じる。それだけでも、今日あった出来事はどれも濃密だったと改めて感じる。そんなことをしみじみ思いながら、やや塩気の強いポテトをもっちゃもっちゃと堪能して、みどりプレゼンツ入学初日に語ろうの会で川口とみどりの女子会トークを聞いて二人の笑っている顔を眺めていた。
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