第11話 邂逅

「神田! おはよ! 待たせちゃったね」

「ちょうど親たちと写真撮り終わったところだから大丈夫」

「あらあら。おはようございます」

「神田君のお母さん。おはようございます。川口梓と言います。中高と同じになります」

「颯のこと、宜しくね」

「なんだそれ。まるで俺が世話されるみたいじゃないか」

「実際そうじゃないの~? ね、梓ちゃん」

「いえ、そんな」


 わたわたと手をフリフリして否定している川口。その後ろから川口の元へ二人の大人が近寄ってきた。女性の方は川口にそっくりだ。なるほど。川口の親御さんか。


「おはようございます。梓の母です。いつも梓がお世話になっております」

「これはご丁寧に。神田です。こちらこそいつも息子がお世話になっております。この子が静かな高校に行きたいって言って選んでいたので、まさか同じ中学から来ている子がいるとは思ってなかったです」

「実は私がここの高校出身なんです。それで娘にも特に進路決まってなければどうかって話をしてたんです」

「まぁ。それじゃあ行事とかわからないことはお聞きしようかしら」

「ええ、是非」


 母親同士は既に打ち解けていた。なんでこんなに二人ともポテンシャルが高いんだろうか。父さんも父さんで、川口のお父さんと笑いながら話をしている。そして、目があった父さんがニヤッとしてこっちに来て、俺の背中を高校の看板まで押した。


「さぁ颯。写真の撮り直しだ。梓さんも一緒に。ご両親と三人の写真も後で撮りましょう」

「なんだかすみません。撮っていただいて」

「いいんですよ。せっかくの入学式ですから」


 俺と川口は看板を挟むように並んで写真を撮ってもらう。写真を後から撮るのかそもそも撮らないのか、看板を素通りして会場へ向かう生徒やその親がこちらを見て微笑む。俺達は一緒に入学するカップルとでも思われているのだろうか。それも親公認の。入学早々目立つことになったしまった。


「ご入学おめでとうございます! 新入生とその関係者様方はこの先にある体育館へお進みください」


 川口家の写真も撮り終えて会場へ向かうために、誘導に従って進む。体育館の前はやたらとにぎやかだった。どうやら先輩達が花道を作って俺達新入生を迎え入れているようだ。花道のあちこちから拍手や「おめでとう!」という祝福の声が聞こえてきて、手厚い歓迎を受けているようだ。


 ただ、先輩達全員が花道にいるわけではなく、花道から外れて集まっているグループもいた。ただ集まって談笑している人が多い。


 そのグループの中で一人の先輩と目が合った。綺麗な黒のロングヘア。スッとした顔立ちの絵に描いた美人だ。そのグループも談笑していたが、その先輩は談笑には軽く耳を軽く傾ける程度でこちらを見ていた。いや、正確には見ていたように見えるだけだろう。あんまり綺麗で、目が離せずにいた。


「……んだ。神田?」

「ん? なに?」

「何見てたの?」

「いや、在校生の中には花道に居ない人もいるんだなって」

「ほんとだ。入学式始まるまで駄弁ってる感じかな」


 川口に呼ばれて意識を戻した後、もう一度その先輩のグループを見たが既にこちらを見ているということはなく、グループの人の話を聞いて微笑んでいた。やはり、目が合ったのは気のせいだったんだろうか。


 入学式が行われる体育館の近くではテントが張られていて、そこに向かって列が出来ていた。入学式前にクラス割を貰って、その通りに着席するらしい。俺と川口もその列に並び、クラス割の書いてある紙を受け取る。


「こんだけいるとさすがにクラス一緒はなさそうだよね」

「確かに。さすがにないよな」

「次の方、どうぞ」


 受付の人に呼ばれた。受験の合否発表同様、今回も俺が先に受け取ることになった。


「神田颯さんですね。ご入学おめでとうございます。クラスは一年二組です。入学式会場の椅子には番号が振られていますので、自分の出席番号の席に座って待っていて下さい。その他、式のプログラム等の詳しいことはこちらに書いてあるので始まるまでの間に読んでおいて下さい」


 藁半紙に印刷されたプログラムと小さな紙切れに名前とクラスが記載されているものを受け取った。その列から少し離れて、川口を待つことにした。


「川口梓さんですね。ご入学おめでとうございます。クラスは一年二組です。入学式会場の椅子には番号が振られていますので、自分の出席番号の席に座って待っていて下さい。その他、式のプログラム等の詳しいことはこちらに書いてあるので始まるまでの間に読んでおいて下さい」


 なんと。なんとびっくり。川口まで同じクラスだった。しかも、神田と川口だと大体の場合は出席番号が連番になる。間に川越とか川崎とか川島とかが入ってこない限り大体連番だ。まさか出席番号まで連番な訳ないよな……。


「神田……。同じクラスだね。びっくりしちゃった」

「俺も。とりまえずまぁ、よろしくな」

「うん、よろしく! じゃあ、席行こっか」


 こうして俺達は入学式の会場に入る。体育館の入り口では先生や先輩が多数待機していた。どうやら、先ほどの小さい紙を見せて貰って席まで誘導しているらしい。優しい入学式だ。


「おはようございます。ご入学おめでとうございます。クラス割の紙を見せて貰えますか?」


 俺と川口が二人で居たからか、二人の先輩が近寄って話しかけてきた。まぁまさか一緒のクラスだとは思わないよな。


「あ、同じクラスですね。私が案内しますね。出席番号は……。お、隣同士ですね。運命的な感じがして羨ましいです」

「いや、私達別に付き合ってるわけじゃないです。中学が同じなので集まってきたんです」

「そうだったんですね! でも、中学の同級生がクラスメイトだと安心しますね。それも最初のうちは席が近いとなるとなおのこと。おっと、話がそれてしまいました。席に案内しますね」


 そう言って、もっと話したそうにしていた先輩は気を取り直して俺達を席へと案内してくれた。


「入学式緊張しますか?」

「多少は」

「そうですよね。皆さん同様に緊張されているのは変わらないので、大丈夫ですよ。それにこの学校の生徒はみんな優しい人ばかりなので、不安がることも無いです。せっかくの入学式ですから楽しんで、思い出を残してください」

「ありがとうございます」


 なんと優しい先輩なんだ。でも確かに、先輩の言う通りせっかくの入学式だし楽しめた方が後で絶対後悔しない。そう思いながら、先輩の後ろについて席へと進む。先輩方や親たちは談笑して楽しそうだ。しかし、新入生で会話している人は余り多くない。それもそのはずで、入学式で緊張しているのにわざわざ知らない人に話しかける人がゴロゴロといるはずもない。そういう静かな人にとっては早く来て席についたことは失敗だっただろう。だんまりとしていなきゃいけないのに、式の開始はまだだ。この待機時間が苦痛なことは簡単に想像できた。


 そして、先輩の誘導の元、俺と川口は隣同士で席に座る。二人揃ってとりあえず、周りを見渡す。まだぽつぽつと空席があるため、どういう雰囲気か掴み切れないが、中学の頃の顔ぶれは川口しかいないため、圧倒的アウェー感を感じる。川口もアウェー感を感じているのかそわそわしていた。


「川口しか知ってる人がいないっていうのがやっぱりまだ慣れないな」

「神田も? あたしもなんか落ち着かないんだよね」


 やはり川口もそわそわしていたようだ。そんなそわそわコンビが居ることなど関係なく、入学式が始まった。楽しそうに談笑していた先輩達もあっさり静かになり、粛々と入学式が行われた。いよいよ高校生活が始まると思うと、入学式が終わるころにはそわそわがワクワクに変わっていた。


 入学式が終わり、クラス毎に教室へと移動開始となる。番号の若い我らが二組は最後から二番目の退場となった。そして教室へと案内され、指定された座席に着いた。座席は既に黒板に座席表が書いてあったため、それを見るだけであっさりと座れた。座席表は先輩達が書いたようで、名字の後にハートマークや星マークが書いてあったり、黒板が絵やおめでとう等の言葉でデコレーションされていた。様々な色のチョークが使われているので目がチカチカするが、手厚く歓迎されていることが良く分かった。


「まぁ、席もこうなるよね。知ってはいたけど、改めて神田が後ろの席ってのは新鮮だね」

「そうだな。まぁ、でも気軽に話しやすいし楽でいいじゃん」


 川口が俺の前に座って授業を受けるというのは中学の頃にはなかったので、確かに新鮮だ。そもそも川口とクラスが一緒になるのは高校に入ってからが初めてとなるので、クラスメイトに川口が居るということ自体が新鮮なのだ。


 担任が俺達生徒を見渡して着席したことを確認すると、オリエンテーションが始まった。学校生活のいろはや、諸連絡等がメインで淡々と聞いているだけのものだった。

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