第10話 入学式

× × × × ×


 少し暑い。日差しが春にしては少し強い今日、あたしは晴れて女子高生になった。入学式は午後からだから、早いお昼ご飯というか遅い朝ご飯というかを食べる。入学式の時間とあたしの腹持ちを考えてお母さんが作ってくれたご飯は、普段の朝食とは違っていた。それだけで何か特別な日という感じがしていつもより余計に美味しい。実際、人生で一度しかない高校の入学式だから特別な日なのは間違いないけど。


「いよいよ梓も高校生ね」

「そうだな。制服が変わるだけで雰囲気が変わるな」

「お父さん、それじゃ皆制服変わるだけで大人になるじゃん」

「違うぞ梓。お父さん達は梓だから大人になったなぁとしみじみしてるんだ」


 確かに、学校見学に行った時に見た先輩達の制服姿で、お姉さんだなぁと感じた。今日からはそのお姉さんの仲間入りとなる。そう考えると、あたしの外見も今までより大人に近づいたといえるかもしれない。


 三人で食事を済ませて、入学式へ向かう準備をする。準備が整って家を出ると玄関前でお父さんがカメラを持ってニコニコとしていた。こんなに嬉しそうな顔をしているとなんだかこっちが恥ずかしくなる。


「さぁ梓。ドアの前に立って! 母さんも!」

「お父さんってばはしゃぎ過ぎだから……。お願いだからそのテンションを高校に持って行かないでよ」

「大丈夫大丈夫。多分」

「多分?」

「いや、持ってかないぞ。な? 母さん」

「どうかしらね」


 そんなやり取りをしながら、カメラを三脚にいそいそとセットしてシャッターボタンを押すお父さん。その後は急いであたしとお母さんに並ぶために小走りで寄ってくる。へへへーとお父さんが嬉しそうににやけた声を出してポーズを決める。そしてシャッターが切られ、写真撮影会が終わった。


「よし、じゃあ行くか今度は高校に着いてから校門で撮るぞー」

「だからその張り切りは置いてっていいってば……」


 思わず溜め息ついてしまったが、嫌な溜め息ではなかった。それから三人で北高へと向かい始めた。


× × × × ×


「颯ー。準備は終わったー?」

「もう終わるよー」


 母さんが忙しなさそうに声を掛けてくる。そんなに焦らなくても時間はまだある。高校生活初日に遅刻は絶対させられないと、俺より緊張して色々と心配事を確認してくる母さん。もう少し落ち着いて欲しいところだ。


「母さん。少し落ち着いたらどうだ。颯まで緊張するぞ」

「そうね。でも心配で」

「母さん。ありがたいけど、リラックスさせて」


 父さんも見かねて母さんを落ち着かせている。正直ありがたい。学校見学や受験で行っているもののあまり見知った土地ではないので、今日からの高校生活に対してそれなりに緊張している。


 やれやれという顔をしていた父さんが、ふうと一息つくと真剣な表情をしてこちらに顔を向けた。


「それと颯。入学式の前にこれだけ伝えておこう。今日から高校生だな。高校生は世間や法律では子供だ。でも、いつまでも子供というわけでじゃない。大学に行けば大人と関わる機会も増えるし、大学に行かずに就職する人もたくさんいる。だから、高校生は子供じゃいられなくなるということだけは覚えていてくれ。そうすれば大人になってからの苦労も減ると思う」


 父さんの言う通りだ。高校生のうちに大人になっていないと、大学生になって大変だろう。やたらとメッセージ性の強い言葉をすんなりと理解でき、入学式の緊張とは違う小さな緊張感が生まれた。


「はいよ父さん。母さんのワタワタしてるところを見てかわかんないけど、大人にならんきゃいけないなぁとは思ったから、その辺はちゃんと意識するようにする」

「そうか。ただ一つ忘れちゃいけないのは、高校生は一度きりだし多感な時期だ。大人になって『あの時ああしておけばよかった』と思うことも結構あるんだ。だから、やれることは色々試して、青春を謳歌してくれ。もちろん、人様に迷惑をかけたり、警察のお世話にはなるなよ」

「青春を謳歌って……。おっさん臭いな」

「まあ実際おっさんだからな」


 ドヤ顔を決めている父さんにさらにツッコミを入れたいがグッと堪える。


 大人になりながら青春をするのか、青春をして大人になるのか、その両方か。考えられることは色々あるけど、どうなっても中学の担任の言葉のように経験していくことが大事なんだろう。その過程で色々試す。それが大人になることや青春することに繋がる。なるほど、担任と父さんの言葉はどっちも大事なことを言っているな。


「さて、父さん母さん。そろそろ出ないと入学式に間に合わなくなるわ」


 父さんが鏡の前でピシッとネクタイを締めている姿を横目に先に玄関へ向かった。母さんは既に玄関で三人分の靴を出し、自分の靴を履いて履き心地を確かめていた。


× × × × ×


「まもなく北虹浜です。お手口は右側です」


 俺達と同じように親子で入学式に参列する人が多く、受験しに来た時よりも車内が混雑していた。乗り換え駅の虹浜駅では近辺の高校が同時に入学式をしているのでバスも併せて利用を検討するように駅員さんが案内していた。何故北高の入学式が午後だったのかなんとなく理由が分かった気がした。


 北虹浜で降りて周りを見ると、やはり降りた数はちらほらとしていてこの先の駅の高校に向かう親子が多かった。これも受験の時と同じ具合だ。やはりバスだったり歩きだったりと混雑を回避してる人が多いんだろうか。


 その後は他の人達の流れに乗って同じく北高を目指す。この人達の中にクラスメイトが居たりするんだろうかと思うと少しワクワクする。


 高校の敷地に沿って歩いていると、桜の木が既に緑に色付いていた。卒業式のことを思い出すと桜が枯れていても仕方ない。個人的には桜が咲いていてくれる方が入学する俺達を迎えてくれている気がして嬉しかったが、卒業生を送り出すことを考えると俺達の中学の卒業と同じ状況だっただろうし、尚のこと仕方ない。


 曲がり角を曲がって校門へ向かう。校門近くの木は枝を桃色に染めていた。どうやら、校門の正面側は今が満開のようだった。そして側面の桜たちは咲き終えた状態という、卒業生にも新入生にも優しい配置となっていた。俺の思い過ごしだったようで、しっかりと北高に迎え入れられていた。


「さぁ、颯。あの列に並ぶぞ」


 父さんの言っている列というのは、校門をくぐる前の新入生と親子の列だ。その列はどうやら校門横に付いている北高のネームプレートと今年度の入学式をする旨を書いた縦書きの看板とのスリーショットを撮るための列だった。


 俺は父さんに呼ばれてその列に並ぶ。列と言っても数組なので、ものの数分で撮れるだろう。待ち時間に周りを見ると看板で撮る人はあまりおらず、淡々と入学式のために受付方面へと向かう人が多かった。それ以外には、知り合い同士やそこにプラスして家族も含めて待ち合わせをしている人もいた。まだ式の開始には十分時間があるので、全体としてもさほど人数が多いというわけではないこともあり、様々な人がいることが分かった。


 そうしているうちに、俺達の番となり写真をいくらか父さんに撮って貰った。撮ってもらいながらふと思い出す。


『神田。入学式も撮ろうよ。制服違くなるから、新鮮だと思うし』


 川口と写真を撮る予定になっていたことを思い出す。しかし、さっき周りを見た時に川口を見つけることはなかった。ということは、今このタイミングで撮るということではなく、入学式を終えてからとかになるんだろうか。また並び直すのも嫌だし、サクッと済ませておきたかったが、どうやらそれは叶わないようだ。


「さて颯。写真も撮り終えたし、もう会場に向かうか? どうやら入れるみたいだが」

「んー。ちょっと待ってくれ。とりあえず、写真撮る約束をしてたりもするから、一旦聞いてみる」

「入学早々やるなぁ」

「別にそんなんじゃないって」


『おはようさん。こっちはもう北高にいるけど、そっちはどう?』

『おはよう。こっちはバス乗ってるよー。もうすぐ着く』

『卒業式の時に言ってた写真撮るって話は着いてすぐ撮る感じか?』

『そだね、さっさと撮っておいた方がいいかもね。時間もあるだろうし』

『了解。じゃあ、校門で待ってる感じでいいか?』

『うん。それでお願い』


「父さんごめん。もう少しここで待たせてもらう」

「そうか。わかった」


 それから、両親共に俺と一緒に校門近くで川口が来るのを待っていた。別に先に保護者参列席に行ってくれてもよかったんだけど……。なるほど。子供会場入りしないと親も入れないシステムか。それじゃあ、二人ともごめん。


 待つこと五分。校門正面の通りで小走りして駆け寄ってくる女子生徒が居た。今日みたいな日に遅刻する先輩なら大人しくのそっと歩くか、そもそも休むかだろう。

それにあの小走りに俺は見覚えがある。川口がとてとてと駆け寄ってきていた。






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