第9話 告白

× × × × ×


「晴香ごめーん。ちょっとお花摘んでくる」

「ほーい」


 卒業式が終わり、緊張感のある空間から解放されたためかお花を摘みたくなった。目的の場所に向かおうと教室から廊下に出たところで、神田と神田のクラスメイトの常盤さんが二人でどこかへ向かう姿を見た。このタイミングで二人でどこかに行くイベントはもうお決まりコース。


 問題は、神田から声をかけたのか、常盤さんが声をかけたのか。神田とは別に何があるわけではないけど、最近濃いめに絡むようになった仲な上、来月からも同じ高校で過ごす。そうなると、気にならずにはいられなかった。お花摘みに向かうのは後回しにして、二人の後をつけることにした。


 二人の数メートル後ろをこそこそとついていく。二人もあたしも、卒業生や保護者の波に逆らって進む。波が終わり、人気が少ない移動教室の集まる廊下に来た。確かにここなら、この卒業式というタイミングではほぼ誰も来ない。同じように告白する人たちも少なからず居るのでこういうのは先着順って話は去年の卒業式の時にクラスの一部で話題になった。あたしは見つからないように、柱の陰に隠れる。


「ごめんね。急に呼び出して」

「いや、大丈夫」


 呼び出したのは常盤さんの方なのね。やるなぁ常盤さん。ものすごくもじもじしている常盤さんはきっととても勇気を振り絞って声をかけたんだろう。顔もすごく真っ赤にしていた。それにしても、常盤さんと神田の接点があったのが意外だ。中里とずっと一緒にいるイメージがあったから、常盤さんと会話するイメージが無さ過ぎたのもあるけど。


「呼び出した時点で何となく気づいてると思うけど、私は、神田君のことが好きです。私と付き合って下さい」


 すごくシンプルな告白だった。だけど、すごく真っ直ぐ神田に思いを告げているのがよく分かった。


「常盤さん。ありがとう。まさか俺のことが好きな人がいると思わなくて、びっくりした」


 中里の隣にずっといるからちょこちょこ告白されていると思ったけど、そうでもないんだね。告白された本人は思いもしていなかったわけだし、受け入れるのかな?


「常盤さん。ごめん。いきなり付き合うのはできないかな。きっとお互いのためにもならないから。俺は常盤さんのこと詳しくは知らないし、常盤さんも俺のこと詳しくは知らないじゃん? だから、まずはちゃんと友達になろう。それで、お互いを知って、それで好き合うなら付き合うって感じ。あ、キープとかってわけじゃないから、付き合えないならいいやとかなら全然そう言ってもらっていいから」

「何それ。それで私がポイしちゃったら、私が最低な人みたいじゃん。でも、ありがとう。話を聞いてくれて。私を知ろうとしてくれて。私、神田君のこともっと知れるように頑張る! だから、連絡先交換しよ?」


 神田、しっかり考えたね。ここで受け入れてカップル成立かと思ったけど、とりあえず知るところからか。本人はキープじゃないとか言ってるけど、告白した側からしたらキープじゃん。常盤さんも常盤さんで諦める気はなさそうだから、まあいいと言えばいいのかな。


「とりあえず、また後で連絡するね。一先ずはお友達、よろしくね」

「うん。よろしく」


 常盤さんはそのままこちらへ、スタスタと小走りでやってきた。柱の陰に隠れてたから見つからなかったけど、走り去る常盤さんの目から涙が散っていたように見えた。仕方ないと言えば仕方ないけど、ちょっとかわいそうな感じもした。


「受け入れなくてよかったの? 告白」

「川口!? なんでここに! ってか、聞いてた?」

「ごめん。あんまり珍しい組み合わせだから、見かけてそのままついてきちゃった」

「趣味が悪いな……。まぁでも、さっきの質問の答えなら、これでいいんだ。俺、常盤のこと全然知らないし。川口もいるだろ? クラスの男子の中でも飛びぬけて全然会話しない男子。その人に告白されるのと一緒」


 言わんとすることはわかる。確かに、ほとんど会話しない男子はいるし、その人から急に告白されてもシンプルに怖い。神田もこういう気持ちだったんだろうか。


「その、なんか、ごめん」

「それは、つけてきたことに対して?」

「それもだけど。受け入れなくてよかったかとか無責任なこと言って」

「そっちか。まぁ、気にしてないしいいよ全然」

「そう。高校行っても常盤さんと連絡するようになら、あたしが同じ高校だと邪魔になったりするかな?」

「それは考え過ぎじゃない? それにそんなところに目くじら立てても、今更高校は変えられないし仕方ないっしょ」


 神田の言う通りだ。それで高校を変えろと言われても二つ返事で転校できるものでもない。そんな束縛が激しい子ならそもそも神田の性格的に引きそうだけど。


「さて、俺らも戻りますか」

「俺らもって。クラス違うじゃん」

「そうだな。あ! なあ、川口。なんかの記念に1枚撮っておくか。いや、記念とか言ったら常盤さんが可哀そうだけど、あくまであれだぞ。唯一の高校も同級生だし、俺的には共通点のある人間と記念の写真が欲しいっていうやつな」

「そんな必死にならなくても撮るよ」

「誰が必死に……!」

「はい。画面見て」


 あたしと神田のツーショット。この制服でカメラに収まるのはお互いに最後。来月からは違う制服で顔を合わせることになるので、大人になってから見返したりするときっと懐かしさも増すはず。こうなると来月の入学式の写真も欲しくなるね。謎のコレクション魂みたいな。


「神田。入学式も撮ろうよ。制服違くなるから、新鮮だと思うし」

「いいねそれ。どっかで落ち合うなりしようか。来月からもよろしくな」

「うん、よろしく」


 その後、神田と別れて教室に戻ろうとまだ賑わっている廊下の波に差し掛かる。差し掛かったところで、何かを忘れていることに気付き立ち止まる。そして思い出した途端、体から汗が出て来ていそいそと当初の目的を消化するために花園へと進行方向を変え、人の波からまた離れた。


× × × × ×


 常盤さんと話し、それを見ていた川口とも話して教室に戻った。戻ったところで、常陸がこちらに目を合わせて寄ってきた。


「やっぱりアレだったか」

「うん」

「で?」

「さすがにすぐわかりましたとは難しいかな。全然知らないし。常陸の気持ちが今ならわかる気がする」

「やっと分かってくれるか。羨ましいものでもないんだよなほんとに」


 欲しい答えじゃなかったという意味では、常盤さんに申し訳ないことをしたかもしれないが、俺の気持ちを知ってもらって、俺の意思を伝えることが出来たという点では真摯に向き合えたと思う。せっかくの気持ちだから無碍にはしたくなかったといえばそうだが、付き合うビジョンが見えなかったからこそ、後から傷つけるよりはよかっただろう。


「それにしても、その伝え方じゃキープみたいじゃん」

「やっぱりそうなのかなぁ……。そんなつもりはさらさらないんだけどな」

「やっぱり? 誰かに言われたのか?」

「ああ、川口がたまたま見ててね」

「たまたま、ね。まあ、いいや。そろそろこの集まりも終わるし、俺はサッカー部の方の打ち上げ出てくるわ。颯は?」

「俺は、このまま帰るかな。疲れたし」

「そか。じゃあ、またな。高校行ってもちゃんと遊ぶぞ!」

「おう!」


 これで本当に中学生が終わるんだとしみじみ感じた。そして、常陸とゴリゴリ音が鳴りそうなくらい固い握手をした。それが済むと、足早に常陸が去っていった。


 ここからは流れ解散のようなので、俺もスッとフェードアウトすることにした。廊下では、両親が待っていた。どうやら一緒に帰るらしい。


「おめでとう。常陸君と一緒じゃなくてよかったのか?」

「あいつはサッカー部の方に行ったから」

「そうか。他に無さそうなら帰るか。颯の担任の先生と話したけど、北高に一緒に行く女の子が最近仲良いらしいじゃないか。今日は告白しなくてよかったのか?」


 なぜそれを……。そうか。川口の担任からか。別にそんな関係ではないけど、あの担任め、最後の最後にいらない置き土産をしてくれた。これもあの先生からの手向けということなのだろうか。そういうことにして受け取っておくことにしよう。


「仲が良いかは知らないけど、来月からも顔は見るわけだから、話をしても損ではないってところだよ」


 そんな話をしながら校門を出る。校門横の大きな桜からは、花びらがずっと散っており、桜の小雨みたいになっていた。時折吹く風が下に落ちた桜と、落ちかけている桜を運び桜吹雪となっていた。


 桜の木陰を過ぎて日が差すと、春にしては少し暑いジリリとした紫外線が頬に当たり、俺の頬を赤く染めていた。

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