第8話 卒業式
「中里先輩! 卒業おめでとうございます!」
「ありがとう」
先日のお疲れ様会の日の気温と打って変わって、日向ぼっこをすればあっという間に爆睡出来そうなポカポカ陽気。最高の卒業式日和となった。式の始まる前だというのに、我らが教室には常陸のファンが花を私に来ていた。常陸はファンサービスをたっぷりしていて、移動までの暇を持て余していた俺はその様子をぼーっと眺めていた。
「写真かー。おーい、颯ー。写真撮ってくれー」
「あいよー」
常陸からのお声がけにより、嬉しそうな顔をする後輩女子二人を両方に侍らせたスリーショットを撮ることに。さすがは学校の人気者、俺は専属カメラマンになってしまいそうだ。式が始まる前からこんな調子で、常陸のカメラマンを今日はいつまで続ければいいんだろうか。そう思うと式が始まるのが億劫になってくる。
「席つけー。在校生諸君も一旦教室なり会場なりに戻れー」
担任の声がかかり、俺のカメラマンタイムも一旦終わりを告げる。一旦ね。各々が席なり教室なりに戻り、先生からの最後のありがたいお言葉を聞くことになる。
「えーっと、まずは卒業おめでとう。何度か三年生を送る機会はあったけど、毎回卒業式の後は泣いてしまうので、ここで話せることは話しておきます。まずはこの三年間、楽しめたでしょうか。誰かと喧嘩したり、新しい友達を見つけたり、一緒に何かに打ち込んだり、人によっては異性と恋愛したりと、それぞれにそれぞれのドラマがあったと思う。この三年間で得た経験は小学生の頃とは全く違うでしょう。この経験を生かして卒業してもそれぞれの進路で頑張って下さい」
珍しく担任がまともなことを言っている。明日は雪降ったりしないよな……。まぁ、普段はふざけていることが多いが、さすがに先生らしいことを言う場面もあるということだろうか。
この三年間、特にこの一年半は入りたい高校に行くために遊ぶ時間を削ったりして頑張った。ほとんど野郎とばっかり遊んで、時々女子が混ざってどこかに出かけた思い出もあるけど、常陸以外でしっかりと他人と関わるのは受験が終わってからの戸田と川口ぐらいか。そう思うと、俺の思い出って結構薄いかも……。高校に行ったら、恋愛とか学校行事とかで色んな交流を増やしたいな。もちろん、静かに暮らすのは大前提だけど。
「ほとんどの人は高校への進学だと思う。高校は高校で小中と違う経験や挑戦が待ってます。時には辛いこともあるだろうけど、体験する全てが自分の力になったり、後で思い返すと楽しかったと言えることばかりだと思うので、どうか怖がらずに様々な経験をして下さい。高校へは行かず、働く人。来月から社会人の仲間入りです。人生経験の少ない中、現役の社会人と一緒に働くと戸惑うこともたくさんあると思います。まずは悩んで、答えに詰まったら身近な人に相談して、一歩ずつ経験を積んで下さい。どちらにも言えることは、『無駄な経験はない』ということ。先生からの最後の授業の言葉とさせて下さい。これはきっと人生のテストにおいて出てくるので、全員覚えておくように」
人生のテスト。中学から高校、大学、社会人とターニングポイントがあるが、その前後で人生を考えるのは皆同じ。その考えることが自分へのテスト。何度も失礼だけど、普段ふざけている先生の口から出てくる言葉とは思えないいい言葉だ。テストのために、経験をたくさん積みたい。
「さて、最後になりますが、もし先生にプレゼントがある人は机の横にトートバッグをぶら下げておくので、ドシドシ入れて下さい。帰る頃に回収します」
「最後ので台無しじゃん!」
ツッコミ担当からバシッとツッコミが決まると、皆で笑った。中には泣きながら笑っている忙しい人もいた。やはり、俺達の担任はこうでなくては。
「さぁ、それじゃ会場に移動するぞー」
中学最後のイベント、卒業式が始まる。体育館へ向かう途中に背中を押すように吹いた風に桜の花びらが乗り、俺達を送り出してくれているようだった。
× × × × ×
「卒業生、入場」
親や先生、後輩たちが祝福する拍手の花の間を、俺達卒業生は一歩一歩その音と笑顔を確かめるように歩く。まだ入場して席についていないというのに、啜り声も若干聞こえており、早々と感極まっている人が居る様子も伺えた。
「春の暖かな日差しを体全体で感じ、木々の芽も膨らむ季節となりました。本日このよき日に、私達は卒業します」
校歌を歌ったり、卒業証書を受け取ったりとプログラムが進み、卒業生の答辞となった。生徒会長はドライな性格なので、答辞も淡々と進んでいく。彼は意外にも「じゅん会長!」なんて気軽に後輩達から声をかけられており、その場面を目撃したこともある。何か魅力があるのだろうか。イベントを振り返っている話を聞いていると、あの時常陸がどうだったとか、常陸が誰に告白されたとかを思い出す。
常陸と行動することが多かったから、告白される場面もちょこちょこ見ていたが、答辞で思い出すことにちらほらと出てくるのはちょっと納得がいかない。俺の思い出は常陸が告白されるシーンばっかりじゃん。こんなに常陸が告白されてるのに、俺には一切ないってのも世知辛いよなぁ。
「素晴らしい出会いや経験をさせてくれたこの学校、そしてこのような立派な卒業式を上げて私達を送り出してくださる皆様方、本当にありがとうございます。以上、卒業生代表 大宮 隼」
割れんばかりの拍手で、下らない思考の海から帰ってきた。卒業シーズンだからということも相まって、今日はやたら「経験」という言葉を耳にする気がした。とにかく、これで卒業式は終わりとなる。この後は一旦教室に戻るが、担任のあの姿的に最後のホームルームはさっきので終わりだろう。だが、あの教室もこれから入るのが最後となることには変わらない。せっかくなので、この時を噛みしめて教室に入ろう。
× × × × ×
「みんな、ほんどにおめでどう……」
まさかここまで泣くとは。誰が予想しただろうか。先生、泣き過ぎじゃない? いや、祝ってくれてたり思う事があったりで感極まっているんだろうけど。女子の一部なんか心配してティッシュ渡してるし。
「ありがどう……。無事、卒業式が終わっでよがっだ。ほんど」
「先生ー! 泣き過ぎで、しょ……。こっちまで、泣いちゃう、じゃん」
ツッコミ担当がもらい泣きで崩れ落ちた。これがダムの決壊だったようで、すすり泣く人が一気に増えた。めでたいはずなのに、お葬式になりそうである。
「先生! 写真! 皆で写真撮ろう! 廊下に誰かしらいるでしょ」
ナイス常陸。葬式になる前に、廊下から後輩を捕まえて撮ってもらうことになった。おかげで涙が引っ込んだ人もいて、なんとか全員でボロボロ泣くカオス状態は避けた。
「はい。いきまーす! 笑って下さーい、はい、チーズ!」
カシャカシャと何度か撮る音が鳴り、無事に写真が撮れた。それを皮切りに教室内で大撮影会が始まった。あちらこちらでカシャカシャと音が聞こえる。そして時には俺も肩をトントンと叩かれる。
「ねぇ、中里君と撮りたいからカメラマンやってよ」
そう。俺と撮りたいのではなく、お目当ては常陸だった。案の定、俺は常陸のカメラマンとなるのだった。気づけば、女子達全員のケータイを渡され、常陸の撮影会と化している。今これを持ち去ってその辺の野郎に売ればいい稼ぎになりそうとか、どうしようもないことを考えたくなるくらいの数だ。これから他のクラスの女子も来るとなると、いっそ整理券でも配って撮る人数に制限を掛けたい。
ねぇ、常陸、もう自撮りで撮って貰おうよ、ねぇねぇ。そんなメッセージをアイコンタクトするが、常陸は苦笑いでごまかした。この期に及んで、いい顔する辺り、ファンサービスが旺盛過ぎる。
大方のツーショットを撮り終えた。そして静かになった教室で、教卓を見ると静かにほほ笑む担任。そうか、この撮影会を待っていたのか。
「はい。中里の大撮影会も無事おしまいだね。あとで、先生の大撮影会も待ってるからね。それじゃあ、皆で最後の挨拶をしよう。本当に卒業おめでとう。さようなら!」
「さよならー! ありがとー!」
こうして、最後のホームルームも幕を閉じた。終わってすぐ、常陸が駆け寄ってくる。
「颯ごめんな。ずーっと撮らせちゃって」
「まぁ、もう慣れっこだからいいよ」
「そう言ってくれるとありがたいわ。お前も川口と撮るか?」
「最後の最後までそれかよ。どうせ来月からも見る顔なんだからいいんだって」
「そか。高校は違うけど、頻繁に遊ぼうぜ」
「おうよ!」
常陸とは不思議と最後な感じがしない。家が近いのもあるが、どうせ遊ぶだろうという感じがすごくする。とりあえずで、記念に一枚だけ撮ってもらった。
「ねぇ。神田君ちょっといい?」
「ん? いいけど」
声をかけて来たのは、常盤あやめ。同じクラスだがほとんど会話したことがない。
「ちょっと、人がいないとこでお話ししたいんだけど、いいかな?」
「うん」
露骨なお誘いを受けた。まさか俺が呼ばれるとは。俺と常盤は、保護者や卒業生でごった返す廊下を二人でかき分けて、人通りが少ない移動教室の区画へ向かった。
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