第7話 お茶会

「しっかし、なんだか不思議なメンツだよな。今まで接点なかっただろ」


 常陸がふと口に出す。確かに、俺と常陸、川口と戸田という男女別の組み合わせで遊ぶことは裕にあったが、その男女が混ざって遊ぶということは一切なかった。今日が初の試みだったわけだ。


「それはやっぱり、梓と神田君が一緒になったからでしょ」

「ちょっと戸田さん? その言い方だと語弊がありますよ?」

「半分そうじゃん」

「一緒の高校ってだけじゃん。晴香ってばまたそのネタ引っ張ってくるんだから」


 飽きもせず、戸田は俺と川口がくっついているかのように茶化してくる。川口の方もいい加減聞き飽きてきたのかまたそれかと言いながらため息をつく。


「ただまあ、中里君の言う通り、わたし達は接点なかったわけだし、梓と神田君のおかげでこの四人で集まれたじゃん? 卒業間近で新しいコミュニティって割とうちの中学じゃあるあるじゃない? 最近なんか、友達だろうがカップルだろうがなんでそこでくっついてるの? とか結構あるし」


 確かに、うちの中学では新しいグループとか組み合わせが出来たり、ここぞとばかりに付き合い始めるやつとかがあちらこちらで増えている。俺達もその一つということであればまあ納得はいく。多分、自然の摂理なんだろう。


「そんな風に言ってるけど、中里君は結構呼び出されたりするんじゃないの?」

「まぁ、少なからずあるっちゃあるけど」

「誰かと付き合ったりは?」

「今のところはないかな。サッカーしたいしアニメ見たりゲームしたりもしたいし」


 この半分残念イケメンは、せっかくチャンスをお断りしている。俺もたまに常陸に取り次ぐように言われたりする。そういう女子には俺からお断りしたり、直接言うように提案していたりする。他人の気持ちを伝えておけと言われるのは正直、気分のいいものではない。中継して聞く側としても、それを伝えた後に嫌な顔をする常陸を考えてもだ。


 常陸自身も一度、「言いたいことがあったら直接言ってねって伝えておいて」にこりとして言ったことがあった。その笑顔の目は一切笑っていなかった。それから、俺は常陸と相談したうえで、取り次いでこようとする女子には俺から断ったりするようになった。


 仲の良い友達が本気で嫌がる様を見るのは辛い。他人伝手に気持ちを伝えるということ自体は、気持ちを伝える女子もし過ぎて喋れないからギリギリのところでということで俺に取り次ぎをお願いしたんだと思う。


だが、そういう人のほとんどは「伝えておいて」とまるで他人事だ。それは常陸のプライドが傷つけられる話だ。俺からしても何様だと言いたくなる。常陸が怒るのも無理はない。


 戸田がそんなエピソードを知ってか知らないかで聞いているが、対する常陸はいい加減な告白をしてくる女子達を思い出し、面倒臭そうに答えていた。


「そういえば常陸から誰が好きとかって話は聞いたことないよな」

「まぁ、実際いないしな。アニメとか見てるとキャラクターが理想の子になっちゃったりするんだよね。現実よりも魅力的だからさ」

「中里君っては爽やかな顔して結構えげつないこと言うね……」


 戸田がめちゃくちゃ引いている。アニメに対しての嫌悪感ももしかしたらあるのだろうが、それよりもいい顔でとんでもない悪口を言っていることに驚いているようだ。


 川口も顔から絵文字の汗マークが出てるんじゃないかってくらいの苦笑いをしていた。これも当然のリアクションだ。


「あ、でも、戸田と川口はその辺の女子達より全然いいよ。普通に話してて楽しいし」

「はぁ。よかった。危うくあたし達まで中里の怒りの対象になっちゃうところだったわ。そしたら、今日のこの会だって、これからの時間土下座しなきゃいけないレベルでしょ」

「梓ってばさすがに言いすぎでしょー」


 常陸はニコニコした表情で聞いていたが、そんな川口の独白を前に一瞬優しい笑顔になってまた作られたニコニコになった。


「さすがに颯は人選ぶだろうけど、もし変な人連れて来てたらそうなってたかもね。あはは」

「いや、それはさすがに笑えねえって……」

「半分ジョークだよ。半分」


 常陸め。とんでもないところでとんでもないジョークをぶち込みやがって。それも半分がジョークと来た。俺への恐ろしい飛び火にびっくりして背中に変な汗を掻く。


「まあ、颯がそんなことするなんてのは絶対ないから今日来てるんだけどね」


 落として上げられて、今ならダメ男製造機になるタイプの女子の気持ちが分かってしまうかもしれない。いけないわ。


 それから会話に花が咲き、皆の飲み物も無くなっていった。その頃には、空も暗くなっていた。今日は特に夕飯まで食べるという話ではなかったので、解散となる。


「さて、そろそろ帰るか」

「そだね」


 平沢駅へ向かう。俺達と同じように駅へ吸い込まれていく人や、これから居酒屋にでも行くだろうお兄さん達が出てきたりなど、駅の入り口は夜の顔を見せ始めていた。


「五番線、ドア閉まります。駆け込み乗車はお止めください」


 電車に乗った俺達は二人ずつ向かい合って座れるボックス席が空いていたので、四人でそのまま座った。


 窓を見ると暗くなっていった空は、既に真っ暗になっており、車窓は時折光る街頭が流れていた。すると、常陸が満足したような表情で話し出した。


「いやー、しかし色々見たな。いいお疲れ様会だった」

「そうだね。わたしも楽しかった」

「受験があったから全然遊べなかったもんね。あたしと晴香も少し話して帰ったりしてたもんね」


 確かに、受験勉強がスタートしてからは周りの目もあってか、遊びに行くこと自体が悪みたい雰囲気になっていたし、俺自身も遊びに行くことへの罪悪感があった。だからこそ、今日こうして開いたお疲れ様会は「これから遊ぶぞ」の合図でもあり、今までの罪悪感を払拭するとてもいい機会となっていた。


「まもなく玉瀬。玉瀬です。お出口は左側です。お忘れ物なさいませんよう、お降りください」


 こうして、俺達は地元へと帰ってきた。改札を出て早々、戸田が小走りで少し前へ出て、こちらに振り返って手を合わせた。


「ごめん! これから、家族と合流して外食するんだ。だからここで抜けさせてもらうね」

「そっか。晴香ママにもよろしくね」

「うん! じゃあね! 二人も今日はありがと。また遊ぼうね!」


 戸田は風のように去っていった。まあ、外食するならわざわざ家に帰るように合流した方が早いもんな。


「颯、悪い。俺もこの後サッカー部の奴らと飯食ってくるから行くわ。川口は夜道だし、颯に送ってもらいな?」

「いや、いいってそんなの」

「そうは行かないだろ。一人で帰らせるなんてことないよな? 颯?」


 確かに。そんなことをして家に帰った日には母親が鬼に化けてしまいそうだ。それを考えると背中がゾワッとして思わず身震いした。


「おう。俺が送ってく」

「神田も、別にいいのに」

「まぁ、もう真っ暗いし、俺も女子を送らないで家に帰ったら命が無さそうだし……」

「そっか。じゃあ、お願いしていい?」

「よし。決まったな。じゃあね二人とも。またよろしく」


 常陸も言うことを言い切ると足早に立ち去って行った。


 ポツンと取り残された俺達、改札からピピッとカードをかざす音と電車のガタンゴトンというジョイント音だけが、俺の耳に入っていた。


「神田? どしたの?」


 少し、ぼーっとしてしまったようだ。ちゃんと送らないと。


「いや。何でもない。じゃあ行くか」

「うん」


 それから二人、どちらから何か話すわけではなかったが、ポトポトと歩いていた。前に父親に言われたな、女の人と歩く時は相手の歩く速度に合わせて歩けと。せっかくだし、俺は川口の歩くスピードに合わせて歩く。どうやらさっきまで歩くのが少し早かったようだ。


「今日、楽しかったね」

「だな。川口は気に入った服も買えたしな」

「そだね。思わぬ出会いだった」

「高校行ってもああいうオシャレなの着てれば友達もガンガンできそうだな」

「そうかな? だといいけど」


 川口は歩くスピードが遅くなったことで、話しやすくなったようだ。父親の話も聞いておくもんだとしみじみ感じた。それから二十分くらい歩いて、学校の方まで向かった。道中は、川口からあの服も欲しかったとか今度はアレを買うとかっていうリベンジの意気込みを聞かされた。オシャレ女子だ……。


「この辺でいいよ。もう家のすぐそばだから。送ってくれてありがとうね」

「いやいや、いいんだこれくらい。長めに話が出来て面白かったし」

「そっか……。じゃあ、また学校でね」

「ん。またね」


 こうして、川口も無事に送り届けて俺は元来た道へと戻り家に帰った。玄関を開けると、「おかえり!」と元気よく寄ってくる母親。女子と出かけたことが気になっていたらしい。根掘り葉掘り聞こうとしていたのだろう、ウキウキした顔の横にはキラキラと星みたいなものが光そうなくらいハイテンションだった。


 俺は一先ず、家の近くまで送ってきたことを伝えた。川口を送ってよかったと思った。母親がうんうんと頷いていたので、どうやら正解だったようだ。


『今日はありがと。楽しかった! まだ卒業まであるけど、高校行ってもちょこちょこ遊べたりしたらいいね』


 夕飯を食べて風呂にも入り、自分の部屋で携帯を開くと川口からチャットが来ていた。ご丁寧にお礼をしてくれていたようだった。


『こっちこそありがとう。また出かけよう』


 俺からも礼をする。何度も話したりしてたけど、今日は本当にいい一日だった。ベッドの上で横になったが、今日の疲れだろうか。一気に眠くなり携帯を握り締めたまま寝てしまった。覚えてはいないが、その日はやけにいい夢を見た気がした。

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