第6話 買い物

 昼を食べ終えた俺達は、お腹が小慣れたタイミングで買い物をするために駅近くのデパートへ向かう。買い物と言っても何か目的のものがあるわけではないので、所謂ウィンドウショッピングである。何でも揃っているこの平沢駅は、店を転々歩くだけでも十分楽しい。俺達中学生のお財布にも優しい街だ。


「あたし、リュックとか見たいかも」

「お? 川口はスクバじゃないんだ。女子高生って皆スクバ大好きだと思ったけど、意外とそうでもないんだね」


 常陸の中では女子高生といえばスクールバッグという等式があるようだ。ただ、常陸の言うことは一理ある。ここ平沢駅周辺を歩く女子高生の先輩の皆さんのスクールバッグ率は非常に高い。それを思うと、スクールバッグを持つのが自然というのは納得がいく。


 ただ、俺達が行く北高は、以前学校見学した時に部活に出てた先輩たちのリュック率が高かったのだ。川口ももしかしたらそういう先輩をたくさん見たのかもしれない。校則も緩いから好きなリュックで通えるというのも後押ししているとは思うが。


「スクバもいいんだけどね? 電車だし、乗り換えるしって考えるとリュックの方が便利かなって。手も空くから他の荷物持てるし、傘も楽々だし」


 オシャレなリュックが並ぶお店で、川口は様々なリュックを物色しながらリュックの利便性を語っていた。


 しかしこのお店、ほんとに色んなリュックがあるな。登山でもするのかってくらい大きいリュックを試しに手に取ってみると、ほんとに登山用のリュックだった。リュックの背を見ると寝袋を巻き付けられる留め具が付いているタイプのものもあった。


 見たことあるブランドから、全然知らないブランドまで大きいものから小さいものはたくさんあった。さすがは大都会平沢。恐るべし。


「ある程度候補は決まったし、また今度買いに来る。皆付き合ってくれてありがと」

「俺達も参考になったしよかったわ。な? 常陸」

「おうよ!」


 その後は、雑貨屋さんでインテリアや調理器具を見たり、ファンシーなお店でパーティ向けの遊び道具を見たり、中高生に人気の服屋さんで服を見たりした。


「これ試着してみるね」


 カジュアル系のお店で見つけた服。川口は買うか迷っているようで、服を合わせてみるようだ。


 今日の川口は割と可愛い系のフリフリした感じの服だ。だが、今選んでいたのはもうちょっとストリート系の服。今日の服を見た後だと全然着ているイメージが出来ない。


「戸田。川口は普段から今日みたいな服なの? それともこのお店みたいな感じ?」

「んー。割と今日みたいな感じかなぁ。でも、今試着してる服みたいなのも全然着ないわけじゃないよ? ってか、それ梓に直接聞けばいいのに」

「いや、本人今試着してるじゃん」

「ふーん? それだけ?」


 戸田は何か言いたい様子だ。まぁ、戸田の言う通り、直接川口に聞けってのも良く分かるが。タイミングを逃してしまったし仕方ない。それに、他人の試着した姿を見るような流れだったから試着室の前にいるわけで、着替えを待つ間に他の服を見て離れてしまうのもと思って選んだ会話だけど。


「お待たせ! って、どしたの晴香」

「いやー? 別にー。それよりいいじゃんその服!」

「なんかいい感じだよね。あたしこれ買っちゃおうかな。セール中みたいだし。神田? どう? 男子目線的には」

「いい感じだ」


 試着室から出てきた川口は白地に大きいモザイク柄のTシャツを着てその上に黒のMA-1を着てビシッとポーズを決めていた。


 俺たちのリアクションを見て納得が行ったのか少し考えた後、うんうんと頷いていた。


「そっか。いい感じか。じゃあ、買おう」


 そう言って、川口は試着室に戻っていった。こういう時だし異性の目線は結構参考になるだろう。高校が始まれば休みの日に遊んだりして親交を深めることも最初はあるだろうし、第一印象は大事だもんな。


「颯~。これいい感じじゃね?」

「確かに常陸に似合うけど、チャラ過ぎない?」

「そうかなぁ? じゃあ、やめとこうかなぁ」

「もうちょっとシンプルでもいんじゃない?」

「戸田もそう思うか~。じゃあ、これはナシだな」


 こっちもやっぱり異性の目線だ。何を着ても似合う常陸だが、時々派手過ぎる服を選ぶ時がある。女子目線だと派手過ぎるんだな。特に何を買うわけでもないけど、参考になった。


 常陸が服を戻し、川口が会計を済ませてそれぞれ俺と戸田の元へ戻ってきた。お気に召す服を買えた川口は嬉しそうな顔をしていた。


「ごめんねー。あたししか買ってないのに付き合わせちゃって」

「適当にブラブラしてるわけだし、大丈夫。じゃあ、次のお店行ってみようか」


 あちこち練り歩いて色々なお店で色々なものを見た結果、四人とも疲労感が出始めていた。こうなると元々計画していたカラオケなんかに行ってしまえば、誰が歌うかでマイクの押し付け合いが始まる。皆口に出さないだけでカラオケはもうどうでもよくなっていた。一か八か提案してみる。


「休憩がてらカフェでも行ってみるか」

「そうだね。わたしこのままカラオケ行ったら多分疲れ果てて歌えないわ」

「俺も」

「あたしも」


 皆も結構疲れているようだ。提案の結果として、カラオケは無くなり、カフェでゆっくりすることになった。


 この大都会平沢にはそこらかしこにカフェがある。しかし、どこも夕方前のこの時間は当然満席だ。店に入るのも一苦労だった。やっとの思いで見つけたカフェで無事四人分の席を確保できた。席取りをして一息ついて初めてコーヒーの香りに気付いた。俺はそんなにコーヒーを飲む方ではないが、香りに偉く歓迎されているような気がした。せっかくだし注文するのはカフェオレにしよう。ブラックはまだ早い。


「やっと座れたね」


 川口が口にすると、戸田と常陸も軽く息をつく。カラオケはやはり行かなくてよかったな、これは。


 程なくしてドリンクが運ばれてきた。戸田はやはりと言わざるを得ない紅茶だった。ほんとに紅茶関係の回し者じゃないよね? 川口は抹茶オレ、常陸はココアを注文していた。皆、バラバラなためそれぞれのカップの中身に一度目をやっていた。常陸は俺のカップで目を止め、不思議そうな顔をしていた。


「あれ? そういえば颯、カフェオレとか珍しくね?」

「まあな。なんかこのお店入ったら、コーヒー頼みたくなった。とはいえブラックは俺飲めないし、カフェオレがちょうどいいかなってな」

「確かにコーヒー飲めなくてもいい香りだよな、ここ」

「んー! 紅茶も美味しいし、いいカフェだよここ。席空いててラッキーって感じ」


 席なのか紅茶なのかわからないがご機嫌になった戸田が一番満喫していた。


「それにしても戸田はほんとに紅茶が好きだよな」

「そりゃ美味しいからね。況してやカフェの紅茶とか余計美味しかったりするじゃん? そしたら飲むしかなくない?」


 猫まっしぐらならぬ、紅茶まっしぐらだった。小さい頃、「お菓子をくれる人に着いていっちゃだめだからね」なんて親から忠告を受けたりしたが、戸田は紅茶くれる人にほいほいと着いていきそうなくらい、紅茶に目がない。


 それからはそれぞれがそれぞれの飲み物で一息入れる。そして誰という訳でもなく何となく会話が始まり、また飲み物を口にする。落ち着いた店内のように、ゆっくりまったりと時間が過ぎていった。


 普段はなかなか頼まないコーヒーだが、飲みやすいカフェオレに出会えたのか、今日飲んだカフェオレが今まで一番美味しく感じた。

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