第5話 お疲れ様会

× × × × ×


「おはよう颯。早かったな? そんなに楽しみだったのか?」

「おっす。別にそうじゃねぇって」


 お疲れ様会当日。玉瀬駅に向かう前にニヤニヤしながらやってきた常陸と合流した。男女で出かけるなんて俺の経験上なかなか無いから、ちょっとドキドキワクワクしていたのは内緒。口が裂けても常陸には言えないけどな。


 そして、俺達は十五分ほど早めに玉瀬駅に着いていた。前回の教訓を生かし、十分ではなく十五分前に着いて待っていた。今朝はその甲斐あってか母親がすごくニコニコしていた。これが正解なのか。なるほど。


 土曜の十時台ということもあり、玉瀬駅へ人が掃除機に吸われているかのようにきりなく入っていっている。俺達もその波に乗り、改札の前で二人を待つことにした。待っている間、吸い込まれてくる人達を見る。スーツを着てこれから休日出勤なのか、いそいそと改札を通る人。改札内で待ち合わせているようで、改札を通った人と手を振りあいながら合流してホームへ向かう人。家族でこれからレジャー施設に行くのか子供がわくわくした顔で改札を通る姿も。


 十人十色の土曜だなぁと眺めながら思っていると、人の流れの中から逸れてこちらへ向かってくる女子二人がいた。


「ごめーん! 待ったー?」

「いやいやー今来たとこだよー」


 常陸と戸田が間延びした声で突然茶番劇を始める。ちょいとあんたがたこんな公衆の面前でデートごっこですか、そうですか。周りの人の目が気になるからやめてくれ……。などと思い、周りを見るが行き交う人々は見向きもしていなかった。


 こんな露骨な茶番を目の当たりにしたら見る人は見ると思ったんだけど……。そうか。俺達はシンプルにダブルデートしていて、片方のカップルが甘々な朝のおはようキャッチボールをしているだけの図というだけの話か。


 そうなると、もう一組のカップルは、俺と川口となる。別に何とも思っているわけではないが、こういう意識が一度生まれると小っ恥ずかしくなる。あっれー、真冬なのに顔があっついなー。


「神田? どしたの? 顔赤いじゃん」

「えっ!? あ、いや、これはあれだよ、目の前の茶番劇が周りの迷惑なってないか考えてたらこっちまで恥ずかしくなってきてな……」

「たしかに。そんなの聞かされたらあたしも恥ずかしくなってきた」

「ちょっと梓! それに神田君も! それじゃ、わたし達が恥ずかしい人になっちゃうじゃん!」

「いや、まさにその通りなんだって話を川口としてたんだけど……」

「はい! 晴香も中里も茶番おしまい! 揃ったし行くよ!」


 ナイス川口。川口の一声で、この茶番劇は無事千秋楽を迎え、この時をもって閉幕となった。


 改札を通ってホームへ向かう。まだ電車は来ないようだ。移動する時は特に誰がどう並ぶとかは決めてないので、人の流れに合わせていた。結果として、常陸と川口、俺と戸田で二列になっていた。適当に乗車位置まで歩くが、戸田がニヤッとしながらこちらを見た。


「ねぇ、神田君。今日はお疲れ様会って名目なんだよね?」

「名目? まぁ皆なかなか遊べなかったからっていう意味ではそうなるかも」

「どっちから誘ったの? 神田君から?」


 戸田め、妙なことを聞いてくるな。ここで「いや、俺じゃない。川口から誘われた」なんて言った日には、卒業間近にしてナルシスト確定だ。それに川口を盾にしている感じがして気が引ける。


「どっちだったかなぁ。なんか流れでそうなったし」

「ふーん。そこは教えてくれないってわけね」

「気になるなら川口に聞けばいいじゃん」

「それで教えてくれると思う?」

「いや、全然全く」

「でしょ? だからわたしは神田君に聞いたわけ」

「そう言われてもなぁ……」

「まぁでも、梓の仲良しから言わせてもらうと、高校行ったらわたしと梓は離れちゃうから、今日のうちに梓と是非仲良くなってね。そしたら、わたしも少しは安心できるから」


 戸田は川口の母親かよ。でも、戸田は川口のことを本気で心配しているんだな。表情がすごく和やかで、よく言う「慈愛に満ちた顔」というのはこういうことなのかと納得させられた。


 友達想いのいいやつだ。戸田に言われたからには、俺としてもしっかりその努めを果たすことにしよう。川口と仲良くしておくのは、俺が高校に行った後も助かる場面が多いだろうという私利私欲もあるけどね。


「二番線列車到着です。黄色い線の内側までお下がりください」


 ちょうど、電車がホーム入ってくる。ラッキーだ。並んでいたところのドアは比較的空いているようだ。


 入り口のドアから奥へ行き、四人で囲めるように位置取りをした。電車が動き出すとともに、常陸がしゃべり始めた。


「お昼は何食べる?」

「中里君、もうお昼の話? 朝食べてないの?」

「いや? 普通に食べたけど」

「さすが男の子……。皆、何か食べたいものある? あ、なんでもいいはなしね。なんでもいいって言った人が今日のお昼奢りで」


 戸田による、「なんでもいい禁止令」が出たので考える。日程とやることは考えてたけど、その詳細をしっかりとは考えていなかった。その上、禁止令を破ると俺のお小遣いは無事にお亡くなりとなり、昼を食べただけで戦線離脱となる。せっかく集まったのに無残な敗走という結果だけは避けなければいけない。


 この四人で食べるもの……。平沢周辺にあったかな? 大きい駅だからごちゃごちゃしている上に入り組んでいる。普段からよく行くというわけでもないので、知らないものだらけだ。中学生の俺達に往復六百円はなかなか大きい出費だし。


「ファストフードが無難か? 見つけやすいし、何より安い」

「ファストフードかぁ……」


 戸田さんのお眼鏡には適わなかったようだ。いいと思うんだけどなぁ、安いし、何より安いし。あと美味い。あのポテトの上がった時の音を会計中に聞くと当たりくじを引いた感じするから嬉しいし楽しいじゃん。でもだめそうですね、はい。


 次の候補を考え始めたところで、川口がハッとした表情を見せる。あまりにも顔に出ていたので答えに期待したくなり考えることをやめた。


「ねぇ、晴香。テイクアウトにして、公園でピクニック的な感じで食べるのは? なんかレアな感じしない?」

「おっ! いいね梓! それにしよう!」


 そうか、足りなかったのは味ではなく雰囲気だったのか。しかし川口は随分オシャレなことを思いつくな。少年心では全く想像できなかった。


 ちらりと常陸を見るとうんうん唸っていた。俺と同じく川口の意見になるほどなぁと納得していたようだ。常陸だけ大人びて、俺は置いてかれてしまっていなくてよかった。


「まもなく平沢に到着します。お出口は左側です。各路線のお乗り換え時間は、各改札付近の電光掲示板をご確認下さい。どなた様もお忘れ物がなさいませんよう、今一度座席や網棚等ご確認下さい。まもなく平沢です」


 平沢に到着し、流れに乗って俺達も下車する。俺達はそのままお昼ご飯を買いに行き、テイクアウトして海に出るかどうかの川の側の公園へと足を運ぶ。


 五分ほどで公園に着いた。風が気持ちよく、潮の香りもする。家族で遊んでいる人と散歩をしているおじいさんとおばあさんがいた。これが春ならもっと大賑わいだっただろう。とはいえ、天気がいい上に気温も高めなので日に当たっていればこんな季節でも意外と外に居ても平気だ。


「晴れててよかったー! 気持ちいいね。外ご飯」


 荷物をベンチに置いた川口が柵の方に歩きつつテンション高めに嬉しそうな声を上げていた。それを見て戸田も川口に続いて柵に向かった。


 それを眺めていると、常陸が声をかけて来た。


「川口の案は天才的だったな」

「そうだな。高校生になったら、小洒落たイタリアンとか食うのかな」

「どうした急に」

「ファストフードを選んだけど、もうちょっとカッコよくできたかなって」

「やっぱ川口が気になるのか?」

「違うって。見栄を張りたかったなって。高校生になったらそういうのできる方がモテそうだし」

「結局動機が不純じゃん」

「ほっとけ」


 俺だって高校生になったら多少はイケイケ男子になってみたいとも思う。もちろん、静かに過ごすのは大前提だけど、たまにそういう刺激もあったらいいなと思う。不純な動機と言われれば、その通りだから俺としては返せる言葉がない。


 そんな常陸を後目に川口と戸田の方へ行き、俺も景色を眺めた。冬だが緑も意外と多く、ビルの白やグレーにいいアクセントとなっていた。人工の緑ではあるけど、素人目にもいい眺めだと思った。空を見上げると澄んだ青が広がっている。その空も相まって、とてもきれいな眺めだった。


 見渡していると川口が視界に入った。川口は目をキラキラさせながら同じ景色を見ていた。こいつ、意外と目が茶色いんだな。心無しか、水面から反射した光が川口の目に当たり、キラキラ度合いが増しているように思えた。そんな綺麗な景色を見る川口の目があまりにも綺麗で釘付けになっていた。


「あっれー? どうしたの神田くぅん?」


 川口の奥から戸田がニヤニヤしながら俺に茶々を入れてきてハッとする。勢いよく視線を逸らした。その異変に気付いた川口が不思議そうな表情で俺の方へと顔を向けた。


「神田? 大丈夫?」

「あ、ああ、大丈夫。何でもないから。それよりさっさとお昼食おうぜ」


 お昼を食べようと荷物を置いていた方へ戻る。戻ってハンバーガーを頬張りながら景色を眺めていた。特に何も考えていなかった俺の頭の中にはさっきの光景が出てきた。川口のキラキラした目だ。あの光景がずっと離れないでいる。今まで見たキラキラしたものの中で一番きれいなものだと思う。だからこそ釘付けになったのだと思うが、その光景が離れずにずっと残っていた。その姿をできるだけ鮮明に思い出すためかどうか知らないが、視線は暖かい青空を見上げた。

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