第3話 合否
× × × × ×
合格発表当日。十分くらい早めに玉瀬駅に着いていた。時間ぴったりでいいと思っていたが、女子と一緒に合格発表を見に行く話を母さんにしたところ、「さっさと出ろ」とまるで鬼のような血相で言ってきた。一瞬、母さんの頭に角が生えていたように見えた気がするくらいには鬼っぽさ満点だった。父さんもその話を聞いていて、「レディを待たせるのはかっこ悪い」と母さんの意見に同意していた。寒いからギリギリまで暖を取りたかったが、俺の夢は儚く散っていった。
それからほどなくして、川口がやってきた。
「おはよ。ごめんね。待たせちゃった」
「いや、今来たとこ」
「そのセリフじゃあ、これからデート行くみたいじゃん」
「確かに。なんかごめん」
「ふふっ。なんで神田が謝ってるの。っと、電車乗り遅れちゃうしさっさと行こっか」
「おう」
結果として、父さんと母さんの言っていたことは正しかった。川口がやけにご機嫌だし。父さん、俺は少し男になれた気がするぜ。ありがとう。と心の中で礼を言っておく。
「三番線、ドア閉まります。お荷物、お体を強くお引きください」
朝ラッシュがまだ終わり切っていないため、電車が混んでいる。多分、俺たちと同じように受験の結果を見に行く人が多くて、普段より人が多いんだろう。川口はドアにぴったりくっついていて、俺も川口にぶつからないようにはしているものの、普段より距離感が近い。壁ドン状態になっているため、小っ恥ずかしい。
「ごめん。川口。離れられなくて」
「こればっかりは仕方ないよ。三駅の辛抱だし、途中で降りる人もいるでしょ」
「きつかったら言ってくれ。一応頑張ってはみるから」
「ありがと」
そんな会話しか出来ず、電車を早く降りたいくらいにはやや気まずい。距離が近いこともあり、時折フローラルな香りがする。別に川口をどう思っているわけでもないけど、さすがにドキっとする。思春期男子には『こうかは ばつぐんだ!』という具合に、精神的に大ダメージ。こんなところで川口にお巡りさんを呼ばれても困るので、煩悩を退散させる。無心……。無心……。あっ、いい香り……。無心……。
ひたすら無心を目指して煩悩の退散を繰り返して外を眺める。そして電車はようやく降車する虹浜駅に着いた。
「ふぅー。なんだかんだここまで普通に混んでたな。ごめんな」
「いや、だからいいって。気にしないで」
「そか。ここから乗り換えでも歩きでも行けるみたいだけどどうする?」
「とりあえず電車でいいんじゃない? 帰りは余裕あれば歩くみたいな」
「了解」
俺達は高校の最寄りの北虹浜駅へ行く電車に乗り換えた。車内は俺達と同様に合格発表を受け取りに行く人達がたくさんいた。この路線では他にも今日が合格発表の日となっている高校がいくつかあるので、全員が全員俺達と同じ駅で降りるわけではないはずだ。この中に受かれば同級生となる人もいると思うと少しウキウキしてくる。尤も受かっていればの話ではあるが。
発車して数分で北高の最寄りの北虹浜駅に着いた。同じ車両から降りた人はそう多くはなさそうだ。虹浜駅から歩いている人が結構いるのだろうか。降りた人が思ったより少なかったこともあり、やや寂しさがあるが川口と一緒にいることもあって、そこまで心細さはなかった。川口が言っていた心細さの話を思い出して、川口の考えが少しわ分かった気がした。
泣いても笑っても結果は変わらず、高校に着けば四月からそこに通うかどうかが決まっている合否結果の入った封筒を貰う。俺なりに頑張ったけど、不安は当然ある。
川口と共に高校に向けて歩いているが、歩みを進めれば進めるほど緊張して仕方ない。もし落ちていても滑り止めがあるから大丈夫とは分かっていても、自分で選んで受験した高校に落ちるのは嫌だ。
「神田? 大丈夫?」
「おう。正直ちょっと、いや結構緊張してる」
「神田もか。よかったあたしだけじゃなくて。あたしも結構緊張してるんだよね」
川口の立ち振る舞いからは、緊張している風には見えなかったので意外だった。でも、俺と同じで緊張していると知った今、同じ気持ちの人がいるってだけで少し緊張が解れた。合否結果を受け取るまで緊張するのは皆当然のことだ。そうやって自分に言い聞かせていくと、更に緊張は解れた。
「はぁ」
「ちょっと神田、ほんとに大丈夫?」
「うん。よく考えたら俺達以外の受験生も皆緊張してるじゃん? 今日。そうやって考えたら、変に緊張しなくてもいいかなって思い始めて溜め息が出たんだよね」
「たしかに。あたし達だけじゃないもんね。北高受けてるの。倍率的にも他の高校と比べたら受かりやすい方だし。神田のおかげで気が楽になった。ありがと」
「こっちこそ」
そんな話をしていると、いよいよ北高に到着する。校門には「県立北川高等学校」と書かれた看板があり、いよいよ合否結果を受け取る時が来たことを強く感じさせられる。
「おはようございます。受験生の皆さんは左奥へお進み下さい」
そんな看板の近くに立っている先生が案内をしていた。どうやら、受験の願書を出した時と同じ場所に向かうようだ。先輩たちが使っているだろう下駄箱へは向かわず、校門から差ほど離れない場所に事務室があり、そこが合否結果の受け取り場所となっているようだ。
俺達は促されるまま、既に出来ている待機列に並ぶ。一人で来ている人、親と来ている人、俺達のように友達と来ている人、男女でベタベタとくっつき明らかにカップルですと分かるような人など並んでいる列の人は様々だった。
川口も並んでいる人達が気になっていたようで、同じように観察していた。
「ねぇ神田。カップルで受けた人達の片方が落ちたらどうするんだろうね」
「おい。怖いこというなよ。嫌だぞそんな修羅場を見るのは」
「やっぱりそうなる気がするよね……」
俺達の合否結果がまだ分からないのに、他人の合否結果で修羅場を目の当たりにするとか罰ゲーム過ぎて辛い。
「彼氏の方だけ落ちた時はまだいいよね。彼女が『進路は離れちゃうけど、別れるわけじゃない』って慰めそうだし」
「わかんないぞ? 案外、入学先が分かれたことが原因でお互い疎遠になって別れるとか、入学してすぐ彼女の方がいい男見つけて乗り換えちゃうとかありそうじゃん」
「ちょっと、マイナス思考やめてよ。ってか最後のは彼氏の方もあり得そうじゃん。それだと」
「たしかに。彼女が落ちた場合は『俺もここじゃなくて滑り止めに入学する』とか言い出すパターンもありそうだな」
「あー。それもありそう」
などと夢もへったくれもない話を川口としていたら、前に並んでいる受験生の母親がチラっと見てきた。さすがに話す内容が不謹慎だっただろうか。その母親の奥に笑顔で男子に向かって話す女子、それを笑顔で聞いている男子がいた。彼らに聞こえたらまずいから配慮しろということだろうか。とりあえずすみません。
「まぁでも、そういう奴らは二人で頑張って勉強してどっちも受かる人が多そうな気はするけどな。多分」
そんな話を始める頃には、前に並ぶお母様は既に前を向いていた。よかった。お気に召したみたいだ。
俺達がカップルの合否別シチュエーションというやや下世話なトークで盛り上がっている間も列は進んでいる。封筒を渡すだけなので、結構スムーズに受け渡しが終わっているようだ。ただ、受け取って出てくる受験生の顔色が良く分かってしまうことが辛い。何なら手に持っている封筒の厚みで、受かっているか落ちているかが傍目に分かってしまうのだ。並んでいる人達は、出てくる人に目を向けるが、封筒が薄いと何も見てなかったかのように目を逸らす。ある種の優しさだろう。
「露骨だ……」
「ん? どしたの?」
「いや、出てくる人の封筒の厚みがな……」
「あれは確かに嫌だね。あたしの封筒だけ薄かったらどうしよ……」
「川口は大丈夫だって」
こうして来客用の玄関に入る。玄関の隣には事務室があり、忙しなさそうに封筒を探しては渡してを繰り返している姿が目に入る。
「目白翼さんですね。はい。こちらです。本日は受け渡しのみとなります。本校を受験いただきありがとうございました」
なるほど。声が聞こえてしまうから、受かったかどうか分かりにくい言い回しにしているのか。落ちていようが受かってようが生徒に優しい高校だ。そこまでするなら合格者向けの書類は別で渡すとかしてあげればいいのに。
などと考えているといよいよ俺達の番となる。
「神田。先貰ってきて」
「わかった」
先に俺が行くことになった。こういう場面で女子に譲るのは勇気がない男みたいになってしまうだろうし、言われた通り先に合否結果を受け取ることにした。
「おはようございます。受験表の提示とお名前をお願いします」
「はい。神田颯です。お願いします」
「はい。では、少々お待ち下さい。えぇーっと……」
事務の人が封筒を探す。見つけて手に取り、俺に渡された。
「神田颯さんですね。はい。こちらです。本日は受け渡しのみとなります。本校を受験いただきありがとうございました」
この封筒、重い……。無事合格だろう。一先ず邪魔にならないよう玄関から出ることにする。川口とすれ違い様に「外にいる」と伝え、玄関を出た。
あまり並んでいる人の目の前で封筒を開けるのはよくないので、列から離れた場所で封筒を開けることにする。中身を見てみると『合格通知書』と書かれた書類が入っていて、他に銀行向けの書類や課題、パンフレット、入学式に向けての案内などが入っていた。無事合格していた。
封筒を開けているうちに川口が出てきた。川口は戻ってきながら俺の封筒を覗き込む。
「おっ。神田おめでと。よかったね」
「ありがと。……それでそっちは?」
「じゃじゃーん! あたしも無事合格! 改めて来年からもよろしくね」
「おめでと! 来年からもよろしくな!」
こうして、俺達は二人とも無事に北川高校への入学が決まった。うちの中学からは今のところ俺達しかいないので少数精鋭だ。
「さて、じゃあ学校に報告しに行くか」
「あ、その前に親に電話したい」
「そうだな。俺もちょっとしてくるわ」
それぞれ邪魔にならないところで親へ連絡する。
「あ、母さん。受かってた」
『そう! よかったじゃない! おめでとう。それとお疲れ様』
「ん。ありがと」
『それで? そのまま帰ってくるの?』
「いや、一旦学校行って先生に報告しないといけないから」
『わかった。帰りも気を付けてね』
「はいよ」
× × × × ×
「もしもし。お母さん。梓だけど」
『あら。どうだった? 聞いて大丈夫?』
「うん。無事受かってたよ」
『あら! それはおめでとう! これで母さん達の後輩ね!』
「うん! ありがとう! とりあえず、これから中学校行って先生に報告しなきゃだから、一旦学校行ってから帰るね」
『わかったわ。貰った書類無くさないようにね!』
「はーい。じゃあまた」
× × × × ×
「じゃあ、学校に報告行くか」
「うん。帰りはどう帰る?」
「電車の時間まだ先だな。虹浜駅もそんなに離れてないし歩く?」
「いいよ」
「じゃあ歩くか」
今日はまるで俺達の合格を祝っているかのように、雲一つない快晴な上に普段よりも少し暖かい。このまま隣駅まで歩いても全く問題なく歩けることもあり、俺達は歩くことにした。
四月から寄り道することもあるだろうし、こういうマッピングを早めにしておくことでコミュニケーションツールにもなるだろう。
「高校近くにラーメン屋さんがあるのか。あそこは放課後とか土日の部活帰りとかに賑わいそうだな」
「あっちはちょっと大きめなモールだね。映画館も入ってるっぽいし、授業終わってそのまま見に行く流れもあたし的にアリかも」
「ここはこんな大きい公園があるんだな。晴れた日に午前授業とかだったらここでピクニック的な感じでお弁当食べるのもなかなか良さそうだな」
「虹浜駅は乗り換えるためだけかと思ったけど、さすがに北高の最寄り駅より大きいね。カラオケとかもあるし、放課後の遊び場もメインはこの辺になりそうだね」
二人とも浮足立っているのか、帰るついでに寄り道出来そうなところとしたいことを想像して止まらない。女子目線でしたいことを聞けるのは結構ありがたいな。
虹浜駅まで一駅分歩いた。ものの十五分くらいだが、この短い時間で色々な放課後の遊び場を見つけられたし、収穫としてはかなり大きい。この情報を無事使える時が果たしてくるのかどうか。入学早々ぼっちになったりとかは避けたい。とはいえ、川口がいるからとりあえずは大丈夫だろうけど。
「二番線ドア閉まります。駆け込み乗車はお止めください」
駅員の案内を聞きつつ、帰りの電車に乗る。帰りはガラガラだった。それもそのはずで、俺達が行く高校は都心方面とは逆なため、朝のラッシュも都心行きのホームほどは混んでいなかった。となれば、日中の車内が閑散とするのも納得だ。静かに過ごしたい俺としてはとてもありがたい。
「こんだけガラガラだと伸び伸びできていいね」
川口的にも満足の行く空き具合だったようだ。これだけゆったりしていると、朝の「早く駅に着いてくれ」と思う気持ちは微塵もない。むしろもう降りなきゃいけないのかと思わされるくらいにはあっという間だった。
「まもなく玉瀬。玉瀬です。お出口は左側です」
降車する玉瀬駅へ着き、俺達は中学校に向かい歩き始めた。
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