第2話 自販機
× × × × ×
信号待ちで川口に声を掛けられて以来、俺と川口は廊下で会えば軽く挨拶をするようになった。いわゆる「ヨッ友」みたいになっている。大体二日に一回くらいの頻度ですれ違うことがあった。
昼休み。俺はジュースが飲みたくなり自販機コーナーに足を運んだ。自販機コーナーには何人か先客が居て、その中に見知った顔があった。川口ともう一人、よく川口と一緒にいる戸田がいた。今日はまだ挨拶してないから一応挨拶をしておく。
「川口。よう」
「あ、神田。おっす。なんか買いに来たの?」
「イチゴミルクが飲みたくなって買いに来た」
「なんでイチゴミルクなの? 男子ってこの辺のドリンクとかばっかり飲むと思ったけど」
川口が指をさす方には、メロンソーダやエナジードリンクのようなスポーツ飲料があった。確かにこの手の飲み物を好き好んで飲む男子は結構いる。
「俺の周りはこういうの好きな奴が多いからな。よく隣で飲まれたりするけど、その匂いにやられて飽きてるって感じかな」
「まぁ、確かに独特な匂いだもんね」
「そういうこと。だから俺はこのイチゴミルクなんだよね。他のイチゴミルクと違ってあんまり匂いも強くないから飲みやすいし美味いんだよ」
そんな話をしながら、小銭を入れてイチゴミルクのボタンを押す。しかし、ボタンが反応しない。視界の端で他のボタンが光っていた。買うはずだったイチゴミルクのスチール缶とは全く異なる音がガコンと鳴り、ペットボトルが出てきた。
「なら神田君。たまにはこういうのを飲んでみるといいよ。わたしのおすすめ」
「晴香! 人のお金だよ!」
「まぁまぁ、梓。落ち着いて」
光っていたボタンを押している指の戸田の指だった。戸田にボタンを勝手に押されてしまった。そして出てきたのは紅茶。無糖のホットだった。俺一人だとなかなか選ばないチョイスだ。
「戸田。まぁ別に勝手に押されるのはいいんだけど、なんで紅茶?」
「言ったじゃん。わたしのおすすめだって」
「無糖のホットの紅茶が? それだったら家でティーバッグ使って沸かして飲めばよくないか?」
「こういうところで買うからいいんじゃん? 風情ってやつですよ。風情。梓も飲んでるけど美味しいでしょ?」
「不味くはないけど。普通の紅茶だし」
そうか。戸田は紅茶が好きなんだな。川口にもおすすめしているあたり、戸田は紅茶関係の回し者なのかもしれない。絶対違うと思うけど。
「川口的には普通みたいだけど?」
「梓は素直じゃないからこうは言ってるけど、実際は美味しく飲んでるんだよ」
「ちょっと! 人をツンデレみたいに言わないでよ晴香!」
「だってツンデレじゃん」
そんなコントみたいなものを横目にペットボトルのキャップを開けて飲んでみる。確かに、この寒い廊下でこのあったか~い紅茶は美味い。ジュースを飲む気でいたが、これはこれでアリかもしれない。
「普通に美味いな」
「でしょ~? 紅茶にしてよかったでしょ」
「そういうことにしておくわ」
紅茶がいいなどと言い出した日には戸田による紅茶の押し売りが始まりそうなので、ほどほどのコメントにしておく。
「そういえば神田君。梓と同じ高校志望してたんだって?」
「たまたまね。受験会場で俺のこと見かけたらしい」
「合格発表は二人で見に行ったりするの?」
「特にそういう予定はないけど」
予定を決める以前に、俺は川口の連絡先すら知らないから予定の立てようもない。普段もこんなに会話してないし。
「なら二人で行けばいいじゃーん」
「どっちか落ちてたらお互い気まずいだろ。なぁ? 川口」
「あたし的には一人の方が心細いから、一緒に行って貰ってもいいんだけどね。うちの中学から他に北高受けた人見つけられてないし」
「梓素直じゃなさ過ぎ……。そのお願いはリアルツンデレじゃん」
確かに。戸田の言う通り、「行ってあげなくもないんだからね」と言わんばかりツンデレ特有の言い方になっている。恥ずかしいのか川口の顔がどんどん赤くなっていった。
「まぁでもせっかくだし、あれだったら一緒に行くか?」
「……うっわ、こっちも素直じゃないじゃん。普通に誘ってあげればいいのに」
ちょっと、戸田さん? 心の声駄々洩れですよ? もう少し自重してね?
「じゃあ、うん」
「待ち合わせとかどうする? 俺、川口の連絡先知らないから、今決めるか」
「それだったら、連絡先交換しちゃいなよ。ついでにわたしともね!」
戸田に言われるまま、二人と連絡先を交換した。そして、チャットアプリでグループまで作られた。名前は『自販機のお茶会』だった。お茶会だけなら何となくオシャレなのに、自販機が付いた瞬間名前がチープになったある意味お茶会を台無しにするグループ名だった。
「戸田。なんだこの名前」
「え? よくない? 二人とも紅茶飲んでるし、自販機前だし。定期的にやればリアルお茶会だよ?」
「定期開催があるのかよ……」
このグループチャットで戸田から定期的に招待状が送られてくるようになるということは理解した。
「じゃあ川口、後で連絡するわ」
「うん。よろしく」
こうして、中学卒業間近にして突然女子の連絡先を二人も同時に手に入れた。常陸が知ったらまた色々言ってきそうだし、黙っておくか。
「じゃあ俺行くわ。またな」
「またね」
自販機コーナーを後にして階段を上る。上り終えたところで、こちらをじっと見る奴がいた。常陸だ。常陸はニヤっと笑ったまま近寄り、軽いヘッドロックをかけてきながら、耳打ちした。
「颯。やるなお前」
「……はぁ。思ったことを口にしたわけでもないのにしっかりフラグ回収しちまった」
「俺に知られたら面倒とか思ってた?」
「その通りだよ! エスパーかよ!」
「まぁまぁ。でも普通にすげえわ。遠くから見てたけど二人も同時に女子の連絡先ゲットとか。モテ期? ジゴロ? 女たらし?」
「段々悪口になってるじゃん……」
「だって、ずるいじゃん颯ばっかり」
シンプルに妬まれていた。とはいえこのハイブリットオタク君は、ルックスがいい上にコミュ力が高い。なので話題が尽きないこともあり、テンションの高い女子から静かな女子、サブカル好きないわゆるオタク女子にも人気だ。俺にいいなと羨む声を上げるが、そもそもこいつが人気者だから、傍から見たら俺が小馬鹿にされてるだけの図である。尤も、こいつの場合は普通に羨ましがってるだけだが。とは言っても常陸は連絡先ゲットに困らないなずなんだけどな。
「なんだよ常陸。戸田と川口、どっちかお前のお目当てだったの?」
「いや別にそうじゃないけどさー。二人同時ってのがすげえなって。普通に」
「成り行きだよ。成り行き。それに二人とも俺のことなんか気にも留めちゃいないだろ」
「わかんないぜ? 意外とあるかもしれないじゃん?」
「……ないだろ」
軽いヘッドロック状態のまま、あるはずのない想像を広げ始めが、この暑苦しくてゴツゴツした感覚がまるで意味のない想像に勝り、俺はすぐに現実へと引き戻された。
× × × × ×
夜になって、川口にメッセージを飛ばした。
『明後日、八時半くらいに玉瀬駅で待ち合わせるか』
『遅くない? 発表九時からでしょ』
『並んで順番に合否受け取りだから早く行っても待たされそうじゃん』
『たしかに。じゃあ、神田の言った通り八時半に玉瀬駅にしよ』
『了解。お互い、受かってるといいな』
『だね。受かってたらよろしくね』
『またそれか。んまぁよろしく』
他に知り合いがいないのが心細いと言っていたが、思ったより心細そうだな。俺みたいに喧騒から離れたいって理由ならこうじゃないだろうし、あの高校で入りたい部活とかやりたいことでもあるんだろうか。
『何の気休めにもならないけど、川口はきっと受かってるよ』
『何それ? 慰めてるの?』
『心細いって言ってたから、一応、な』
『そゆことね。まあ、ありがと』
余計だったかなー。と思う。唯一の同じ進路だし良好な関係を築きたいという意思が伝わるといいんだが。まぁ、川口は優しそうだし大丈夫だろう。
……ちょっとストーブの温度下げとこ。
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