あの時、もしも……

よっちい

第1話 発見

「それでは、試験を開始して下さい」


 試験監督の掛け声と共にページをめくる音がそこらかしこから聞こえてくる。少しその音に押されながら俺もページをめくって試験問題を解き始める。今日は、第一志望の高校の入試当日。中学生活最後の大勝負。


 この試験が終われば晴れて受験生活とはおさらば。一年半くらいずっと頑張って学んだことを全力で紙にぶつける。大丈夫。どれも解いてきた問題に似ているし、スラスラ解ける。


 次々に解いていると、やや難解な問題にぶつかる。こんな問題あったっけ。いや、あったな。よかった。思い出せた。先週塾で解いた問題だった。他の中学から来ている人が先生にみっちり教えてもらっていた問題だ。


 最後まで一通り解き終わり、間違っているところもあるだろうけど、見直しもそこそこにやっと終わる受験生活を今か今かと時間を待つ。やれることはやり切ったし、見直しをし過ぎて間違えるのも嫌だしこれ以上手は付けない。ただ、受験生活の終わりを告げるチャイムを心待ちにする。最高にそわそわする。


 念のため、名前の枠に自分の名前を書いてあるかだけ確認する。これが書けてないといくら満点回答でも点数にならないし。『神田颯』。よし、書いてあるな。これで万全だろう。


「時間になりましたので、筆記用具を置いてください。順番に回収します」


 終わった。ついに、高校受験が終わった。あとは結果を待って、公立に行くか私立に行くかが決まる。試験監督の先生の解答用紙の回収が終わり、退室の一声かかり教室を出る。最高にフワフワした感覚で見知らぬ廊下を歩いている。足が落ち着かない。来年度、もしかしたらここを歩いていると思うと足までフワフワしてくる。落ち着け俺。行動が表に出過ぎると恥ずかしいじゃん。


 一先ず、今日はさっさと帰ってゆっくり休もう。


× × × × ×


「……なにあれ」


 頑張ってにやけ顔を隠そうとしている男の子を見た。同じ中学の神田颯だ。あいつも同じ高校を受けたみたい。今日で受験生活が終わったことが相当嬉しいのか、態度によく表れていた。ただ、恥ずかしくなった瞬間がすぐ分かった。冷静になった途端、スッと表情を落ち着かせているあたり、周りを気にはしてるみたい。そんなに周りが気になるなら家まで我慢すればいいのに。


 あたし達の他にも、うちの中学から受けた人はいたのかな。あのにやけ顔の理由を来週にでも聞いてみよう。


× × × × ×


 休み明け。朝から曇っていたこともあり、俺の住むマンションのエントランスを抜けると冷たい風が全身にぶつかる。思わずぶるりと震え、体の芯から体温を奪われる。学校に行って誰かがストーブのスイッチを付けていることを祈りつつ、身を縮こませながらせかせかと登校する。


 学校近くで信号待ちをしていると、隣に人が来た。それも割と近くにだ。あんまり近距離で同じ信号を待つのは謎の気まずさがあるので、さりげなく距離を取る。しかし、隣の人はこちらも寄ってくる。知り合いかどうか確認するためにちらりと隣を見る。信号待ちをしていたのは同級生の川口梓だった。


 川口とはそんなに会話したことはない。放課後や休みの日に遊んだこともないし、店とかで見かけたこともない。彼女とはほとんど接点がない。それなのに、今日は突然隣に来たのは一体何故だろう。


 受験が終わり、ついこの前はバレンタイン。いや、まさかな。ははは。思春期の少年らしく、朝から隣にいる子との妄想を膨らませ始めたところで、敢え無く俺の妄想は打ち砕かれたのだった。


「受験。神田も同じ高校受けてたんだね」

「同じ高校? ってことはお前も北川受けたのか」

「うん。神田が受験終わりにニヤついてるとこ見たんだよね」

「あれはその……。忘れてくれるとありがたいんだけど……」


 そうか。あのフワフワな時間を見られていたか。めっっっっっっっっっちゃ恥ずかしいな!


 まぁでも見られてしまったのは仕方ないし、ボロが出るのは恥ずかしいからスッとしよう。俺はスッとした顔を作りつつ、青になった信号を渡り始める。


「……動揺してないように見せようとしてるんだろうけど、顔真っ赤だよ」


 やだもう、がっつり見抜かれてるじゃん。いっそ俺をどうにかしてくれ……。

川口はあんまり話すやつじゃないと思ってたんだけど、今日はやけに喋るな。


「珍しいな、川口から声かけて来るなんて。なんか用があったの?」

「用ってほどでもないんだけどね。二人とも合格したら同じ高校だからよろしくって話」

「ほーん。確かに、二人とも合格したらまた三年間一緒になるもんな。こっちこそよろしく」


 賑やかすぎる高校を避けて、静かなところを選んだのに知り合いがいるとなると、果たして俺の高校生活は静かに暮らせるんだろうか。まぁ、川口は賑やかな方でもないし、あんまり心配はいらなさそうだな、多分。


 そんな話をしているうちに下駄箱に着いた。


「じゃ。あたしこっちだから。また適当に声かけるね。そっちもなんかあったら声かけてね。同じ高校に行くかもしれないわけだし」

「おう。わかった。なんかあったら声かけるわ」


 川口とこんなにしっかり会話をしたの初めてだったな。内容はプリントくらいぺらっぺらだったけど。そんなことを考えていると教室に着くころには予鈴がなり始め、せかせかとホームルームに備えて着席した。


 ホームルームが始まってすぐ、隣から視線を感じた。チラチラと、そして時折ニヤッとしながら俺を見てくる。隣人の名前は中里。中里常陸。雰囲気はインテリ系でサッカー部に入っていた陰キャラ要素と陽キャラ要素を兼ね備えた奴。何かを言いたそうにしているが、一旦先生の話に耳を向ける。


「受験が終わって浮足立っているやつもいるだろう。それについこの前はバレンタインデーだったし、受験が終わった今日持ってきてるやつもいると思う。俺から言うことはただ一つ。渡したり受け取ったりは別にいいが、授業中に食ったりはくれぐれもしないでくれよ。あと俺にもくれたっていいんだぞ」

「先生最後のツンデレ要らないでしょー!」

「自分が一番欲しいんじゃん!」


 俺たちの担任はまだアラサーと比較的若いこともあり、ハロウィンやバレンタイン等のお菓子配りイベントという文化には割と寛容だ。皆が言っているみたいに貰える相手が居なくておこぼれが欲しいだけというのもあると思うけど。


「お前たちの卒業まであんまり日がないから、ハメを外さない程度に思い出作りはしっかりしろよー。ほんと後悔するからな。ほんとに……」

「朝から先生の黒歴史はいいってばー!」


 半分くらいは本気で後悔するなよって言われている気がする。バレンタイン前後は誰が誰を好きなんて話はいくらでも話題に出てくるし、主にそいつら向けなんだろう。残念ながら、俺には全く縁のない話だけど。


「とりあえず、ホームルームはおしまい! 今日も寒いから風邪引くなよー。手洗いうがいしろよー」


 一時間目はすぐには始まらないので、小さい休み時間で他クラスに受け渡しや受け取りに行く人もちらほら。周りをそんな風に見渡していたら、やはりホームルームからチラ見している奴の目線とばっちり合う。


「神田さんや」

「なんだね。中里さん」

「今朝はお楽しみでしたね」

「はて、なんのことだかわかりませんな」

「川口と仲良く登校してたじゃねえか。いつからそんな仲良くなったんだよ。ひょっとしてあれか? チョコでも貰ったのか?」

「いやいや。朝声かけられただけだよ」

「やっぱりワンチャンあるんじゃねえか。放課後に用があるとか言われたんじゃ?」

「だからないって。受験会場で俺のこと見かけたみたいで、合格したら一緒だからよろしくってだけだよ。俺の志望校、うちの中学からはほぼ居なさそうだし」

「なーんだ。つまんねえなあ。せっかく、一つスクープゲットしたと思ったのに」


 どこの週刊誌さんだ。興味津々だった常陸は、浮いた話じゃないとわかった途端に露骨に興味を失っていた。むしろ残念そうにしているまである。よっぽど期待していたんだな。だが残念だったな隣人よ。俺に浮いた話などない。誠に残念ですけどね。ほんとに。


× × × × ×


「梓、おはよう! 神田君と登校してるとこわたし見たよー。いつから仲良くなったの?」

「晴香、おはよう。あれは別に仲良いとかじゃないよ。受験の時見かけたから、受かったらよろしくって話をしてただけで」

「わざわざそんなこと言いに行ったの? ホントは好きなんじゃない?」

「そんなじゃないってー」


 戸田晴香。あたしのクラスメイトで一番の仲良し。今日は朝が一緒にならなかったからたまたま見かけた神田に声をかけていたけど、後ろから来ていたようで、どうやら見られてたみたい。バレンタイン効果かな? 話を恋バナに持っていかれた。別にそんなつもりじゃないのに。


 まぁ、晴香自身もただ会話しているだけで深い意味は一切なく話のネタにしたいというのはあたしも分かっている。だからあたしもそのまま答えた。


「そういえば梓はなんで北高受けたの? うちの中学からあんまりいないよね」

「親が卒業した高校でね。結構良いっておすすめされて見学に行ったらいいなってなったんだよね」

「じゃあホントに神田君と示し合わせたとかじゃないんだ」

「ちょっとー。まだ引っ張るのそれー」

「ごめんごめん」


 あんまり神田の話を引っ張られても残念ながら期待通りの回答を出せるわけではなかった。


 晴香とそんな話をして休み時間を過ごしていると、すぐに授業の時間となった。受験が終わった今、誰がまともに授業を聞くのかとも思うけど、なんだかんだ授業に耳を傾けていた。ただ、今までより集中力が続かない。心なしか今日はストーブの温度が高い気がした。

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