14 第二幕の開演
第二幕の開演
キイィイイ……バタン。
部屋にひとつしかない入口が閉まり、扉を完全武装の兵士たちが塞ぐ。
ここは前の王朝の皇后が、皇子や公女と共に自害した場所だ。その因縁を知るものならば、ただそこにいるだけでも窒息しそうな気分になる。
だが、それを演出と考えるなら、これほど効果的なことはない。閉塞感は緊張を盛り上げる。ここから出るまでは命の保証はない。そんな張り詰めた空気が、観客となった貴人たちの不安を大いに煽り立てていた。
「これでこの部屋は完全に封鎖されました。もう、途中退場はできません。
いよいよこれから、事件の裏にある陰謀の全てを明らかにしていきます。容疑者はこの部屋の中にいる皇帝陛下以外の全員です。身分の高い方ばかりですが、捜査に手心は加えるなとのご命令です。皇帝陛下、よろしいですね」
「ああ、もちろんだ。好きにやれ。……それにしても趙良よ、ようやく面白くなってきたな」
皇帝は楽しくてたまらない様子だった。
いったい、この方はどういう神経をしているのだろう。
貴妃様たちの痛々しいまでの緊張や不安も、皇帝陛下にとっては楽しみのひとつに過ぎないらしい。でも見る角度を変えれば、これこそが帝王の器なのかもしれない。
趙良様が活躍できたのも皇帝陛下がいればこそだ。他人の視線を気にするような人間なら、何の後ろ盾もない十四歳の少年を軍師にしようとは考えないだろう。
「……話を続けましょう。衛花と入れ替わった
「つまり、他の人間から資金援助を受けていたわけか」
「はい。それがこの事件に黒幕が存在すると考えた二つめの理由です。
捜査の手が近づいていることに気づいたのでしょう。程陽はその医師にさらに金を積み、小猫が伝染病になったと偽の診断してもらいました。
後宮には伝染病の患者を外に出す規定があります。緊急事態を想定しているので、事前の許可も必要ありません。なかなか、うまい方法を思いついたものです」
あっ。これって……。
自分のせいだ。趙良様に頼まれたのは診療所の調査だけだったのに、先走って美人街に行ってしまった。そのせいで程陽さんに気づかれたんだ。
申し訳なくて死にたくなる。助手の癖に、仙月様の足を引っ張ってばかりで全然役に立っていない。
「ただし、後宮の門を出てからすぐに、二人は待ち構えていた兵士に捕らえられました。門のそばで網を張っておくように、宰相殿にお願いしていたのです。
宰相殿の話では、その場で自決しようと暴れたそうですが、私が何とか説得してこの場に連れて来ました」
「おまえは、この者たちの策を見抜いていたというのか」
「まさか。ただ、後宮の中は身を隠すのには狭すぎます。捜査の手が迫ってくれば、必ず脱出を試みると踏んでいました。宰相殿の兵士はそのための保険です」
凄い。趙良様はやはり凄い。
程陽さんも、あきらめたような顔をしている。
冬貴妃様との面談もかなった今、もう思い残すこともないのだろう。小猫の肩を抱き寄せ、そっと運命の時を待っている。
ガタン。前の方で席を立つ大きな音がした。秋貴妃様だ。
この方は気が小さい。文月と明鈴の主人だからよく知っている。
「そ、それならばもう、趙良殿は黒幕とやらを知っているのですね。もったいつけずに早く教えてください。このままでは緊張で心臓が壊れてしまいそうです」
「ふふっ、おまえは臆病だな。安心しろ。趙良ならば間違うことはない。自分が本当に無実であるなら、大きく構えていればよいのだ」
「それはそうですが……」
「ご容赦ください。全ての方に納得していただくには、物事を順序立てて説明する必要があるのです。
私は程陽と小猫に冬貴妃様に謝罪をする機会を与えることを約束し、その代わりに自分たちの犯行を自供させることに成功しました。ただし、黒幕の存在だけは別です。おそらく、復讐を助けてくれたことに恩義を感じているのでしょう。二人とも、殺されても話せないと言っておりました」
「何を悠長なことを言っているのですか!」
皇后様が鋭く叫ぶように言った。
「この者たちは後宮の秩序を乱した犯罪者です。趙良、その者たちを拷問して早く黒幕とやらを吐かせなさい。仮にも陛下の軍師をしていたなら、やり方を知らないわけはないでしょう。爪の間に針を刺して、その上にロウでもたらせば、たいていの人間は素直になるものです」
「お言葉ですが、私は拷問の効果をあまり信用していません。死を覚悟して恩人を守ろうとしている人間が、どうして真実を語る必要があるのでしょう。黒幕は別の方法で必ず明らかにします。……それよりも今は、この推理ショーをお楽しみください。実はもうひとつ、とっておきの趣向をご用意しております」
その言葉に、皇帝がグイッと前のめりになった。
「趣向とはなんだ?」
「この宦官に犯行理由を語らせるのです……さあ、程陽。おまえが人を
趙良様の言葉で視線が程陽さんに集中した。
イジメによる恨みを晴らす。その動機が一致したから犯行に及んだ。
文月も単純にそう思っていた。いったい他に、どのような理由があるのだろう。
「私のことを愚かな人間だとお思いでしょう」
突然、程陽さんが口を開いた。
「……いや、宦官など人間ではないとお思いかもしれません。でも、私にも心があります。自分よりも年下の女に家畜のように扱われて、それでも耐えるしかない日々の中で、小猫は私に感情というものを思い出させてくれました。同じ苦しみを分かち合う女性がすぐ近くにいる。それは石のように固く冷えた心に慈雨のように染みこんでいきました。
ほんの何日間かのことでしたが、二人で暮らした日々は何よりも尊い時間でした。お笑いください。去勢された男と、子の産めない女が体の傷を合わせて、それでも幸せを感じていたのです。
この身はもう、地獄の火に千回焼かれても済まないほどの罪を受けています。でも、それでも私は心を捨てることができません。私は小猫と
「
「冬貴妃様。今の私の気持ちは、とても信じてはいただけないでしょう。ただ、幸せで幸せで……程陽様と一緒なら死ぬことさえ望ましいと思っています。皇帝陛下、お願いでございます。私を程陽様と一緒に処刑してください。そして願うことならば一緒に埋めてください。それだけで私は本望です」
「なるほど……これは難問だな。趙良よ、わしをハメたな」
皇帝が苦笑している。
常識で考えれば極刑以外には考えられない。しかし、この場は座興であると自分で宣言してしまっている。単純に死刑を宣告してしまったら、少なくとも粋ではない。
「さあ。私はただ、皇帝陛下と貴妃様たちのために良い見せ物を提供したいと考えただけです。まだ天下が乱れていた頃には、背こうとした部下とも膝を突き合わせて語らうことがありました。このような人情の機微も、陛下には懐かしいかと思います」
「皇帝陛下、お願いでございます。小猫の命だけはお助けください。私の大切な、大切な侍女なのです。どうかお慈悲を……」
「冬貴妃よ、わしは皇帝だ。そう言われたからといって、やすやすと法を破るわけにはいかない」
「皇帝陛下、後生でございます」
「くどいぞ。……おまえの侍女なら、自分で責任を持つがよい。おまえの実家の者にでも命じて二人を処刑させるのだ。ただし都の近くではいかん。遠い遠い辺境まで行って首を刎ねて参れ。それでこの話は終わりだ。報告は必要ない」
その言葉の意味が染みこむまでの間、奇妙な沈黙が支配した。
だが、やがて程陽と小猫が涙を流しながら膝をつくと、ようやくその真意を理解した。殺したことにすればいい。そういうことだ。
まさか、そんな……。
天佑さんが、小さくそうつぶやいていた。
ありえない。こんなことができるわけがない。
呆然としながら趙良様を見ている。
「ご英断でございます」
「人をうまいように操りおって。だから、おまえは油断がならんのだ。まさかこのまま、黒幕がわからなかったとは言うなよ」
「もちろんです。ただし、事件の黒幕は非常に慎重な人物です。簡単に尻尾を出してはくれません。これからは私の推理によって、その実像を明らかにしていこうと思います」
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