後宮内の不和

 そこで言葉を切ると、趙良様は二人を部屋の隅まで下がらせた。

 全ての注目がまた、彼ひとりに集中する。


「もう一度、今回の毒殺未遂事件の犯行動機を考えてみましょう。実行犯である程陽の目的は自殺を偽装するための理由作りでした。……では、黒幕の目的はいったい何だったのでしょうか」


「何を今さら。そもそも、これは毒殺未遂なのだろう。毒殺を計画したが失敗した。……そうではないのか?」


「毒殺が目的なら、わざわざ毒味役に食べさせる必要はありません。それに小猫は冬貴妃様を敬愛しています。黒幕も、最初から毒殺することは不可能だとわかっていたはずです。

 考えられる理由は二つ。程陽と小猫に同情して単純に力を貸したいと考えた場合。あるいはわざと毒殺を失敗させ、後宮内に不和をもたらすことを狙っていた場合です」


「不和を?」


「はい。さっきの告白を聞けばわかるように、二人には同情の余地があります。事情を知れば、心を動かす者もいるでしょう。しかし自殺を装うためのための理由づけだけなら、実は、わざわざ毒殺を装う必要などないのです。

 たとえばイジメを理由に、小猫が氷水を殺して自殺したという方が、よほどシンプルです。その程度の事件なら隠蔽も容易ですし、人々からもすぐに忘れ去られたでしょう。そもそも私が後宮に呼ばれることもなかったはずです」 


 皇帝はニヤリと笑った。

「なるほど、それはそうだ。おまえが出てきたことは、犯人にとっては最大の誤算だったであろうな。知略で趙良に勝てる者など天下に誰一人としておらぬ。黒幕とやらが誰かは知らぬが、今頃はさぞかし肝を冷やしていることだろう」


「さて。それでは容疑者の絞り込みに入りましょう。まずはこの中にひとりだけ、すぐに犯人ではないとわかる方がいらっしゃいます」


 そこまで話すと趙良様は突然、皇后様の方を向いて深く頭を下げた。 


「今まで、容疑者扱いしたことをお許しください。皇后様は無実です。

 皇后様が犯人ではないかと疑われていたのは、陛下のご寵愛が深い冬貴妃様を殺そうとしたと思われたからです。殺害が目的ではないなら話は違ってきます。

 すでに十分な権勢をお持ちなのに、わざわざ真っ先に自分が疑われるような小細工をしても何の得もありません。それに皇后様は極めて優秀で決断力に満ちたお方です。数日前に調査に伺いましたが、侍女も宦官も実によく統制がとれていました」


「趙良よ。はっきりと言うがいい。私なら暗殺に失敗することはない。そう言いたいのであろう」


 文月はドキリとした。皇后様の言葉には常にやいばが潜んでいる。

 でも、趙良様の失言ではないらしい。はたで聞いているとハラハラするが、皇后様の表情はむしろ楽しそうだ。


「まさか、暗殺などと……お気に触ったのならお詫びします。賤臣の戯れ言とでも思ってお聞き流しください。

 そしてもう一人、容疑者から外れる方がいます。小猫の犯行は、主人がイジメを知らなかったために起きたものです。冬貴妃様が気づいてさえいれば、いつでも簡単に彼女を救えたわけですから……それに陰謀には忠実な手足が必要です。侍女に盗みを働かれるようでは、とても人を欺くことなどできません」


 そういえば、文月にも思い当たることがあった。

 冬貴妃様のお屋敷で聞きこみをしたが、侍女や宦官たちには全く統制が取れていなかった。むしろ侍女同士で結束して、貴妃様を利用しているようにさえ感じられた。

 小猫はそれが我慢できなかったのかもしれない。そのことがイジメにつながったのだとしたら、なんとも救えない気分になる。


「だとすると、容疑者はあと三人か……」


「わ、私ではありません。そんな大それたことなど、考えたこともありません。嘘だと思うなら侍女たちに聞いてみてください。……そうだ、趙良様。春貴妃様はどうなのです。春貴妃様は梁の国の出身です。程陽とかいう宦官もそうだったと言うではないですか」


 突然、緊張に耐えかねたように秋貴妃様が騒ぎ出した。我が主人ながら見苦しい。何とか誰かに押しつけてしまおう。そんな気持ちが透けて見える。

 それを聞いて、春貴妃様が身を乗り出した。


「あなたは私が犯人だと言うのですか」


「い、いえ。そうとまでは言っていません。ただ、夏貴妃様と犯人につながりがあると指摘しただけです。犯人は梁の遺臣だったのでしょう。私は梁の国とは何の関わりもありません」


「内輪モメは見苦しいデスよ。私の国に『最初に火事を知らせた者こそ、火種を持ち込んだ犯人だ』というコトワザがあります。秋貴妃サマ。私はあなたが色々なカタに贈り物をしているのを知ってイマス。本当ハ何か、別にモクテキがあったのではないですか」


「な、何を言うのです。それを言うなら夏貴妃様だって外国のお姫様ではないですか。今こそ朝貢国ですが、従ったのは陛下がこの中華を統一される直前だったと聞いています。この国が乱れれば得をするのかも……」


「私の母国はソンナニ大きな国ではアリません。軍事力も、せいぜい数千人とイッタところです。他のクニから攻められないタメにも、この巨大な帝国ガ安泰であったホウがずっと良いのです」


「はっはっは。これは傑作だ」

 皇帝陛下が大声で笑い出した。


「趙良よ、感謝するぞ。たまには皆で本音を言い合うのも良いものだ。いつもつまらない世辞の言い合いばかりをするので、いい加減ムズムズしていたところだ。だがまあ、これでは話が進まぬ。

 もう、十分に楽しんだ。皇后の機嫌も治ったようだ。そろそろ事件の黒幕とやらを教えてもらえぬか」


「もちろんです。それではこれから、事件を解決する鍵となる人物をご紹介しましょう。……私が後宮で探偵として活動していた時の助手、文月です!」

 

 えっ、えっ、えっ?

 そんなの聞いてない。いや、でも。もしかして趙良様の隣で?

 ふわっ、無理。むりムリ、絶対に無理。


「文月殿、こちらへ。先生が待っています」

 気がつくと、李光さんが近くまで来ていた。文月はそのまま、皇帝陛下や貴妃様たちが注目している部屋の中央まで連れて行かれた。

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