13 殺人の真相
殺人の真相
「程陽と申します。趙良様がおしゃったように、私が二人を殺しました。そのことに間違いはありません」
よく通る声が、静まりかえった部屋に響いた。
萎縮している様子は微塵もない。堂々と背筋を伸ばして立っている。
「……そういえば、梁の国の敗残兵が宦官として後宮に入ったと聞いたな。おまえもその一人か」
「はい。陛下のおっしゃる通りです」
梁の国。確か天佑さんと同じだ。
国とは言っているけれど、それは現在の鴻王朝に破れたからだ。一時期は中華の半分を支配し、君主は皇帝を名乗っていた。この後宮も梁が建設したものだ。
「敗残兵として処刑されるところを、お慈悲により命を長らえました。そのことについては、深く感謝しております」
「余計な世辞はいい。早く話せ」
「後宮に入ってからしばらくして、私は美人である衛花様付きの宦官になりました。陛下はご存じではないかもしれませんが、専属の奴隷のような役目です。衛花様は、非常に気難しいお方でした。陛下に見染められることもなく、そのまま美人の地位を失うことを恐れていたのかもしれません。
やがて衛花様は私に手を上げるようになりました。最初は手で殴り、私の体がビクともしないことを知ると棒や刃物を使いました。その結果が、この体です」
程陽さんが服をはだけると、女性たちから驚きの声が上がった。
文月は以前に一度だけ見ている。露わになった上半身は、無数の切り傷や痣で埋めつくされていた。ただ、幸いなことに腫れは少し引いている。
「そ、そんなになるまで。どうしてやられたままでいたのです。そのような女など殴り倒してしまえばよかったでしょう。おまえにはできたはずです」
春貴妃様が怒りのこもった声で言った。
彼女も梁の国の出身だ。心の底では今の王朝に深い恨みを抱いている。
「妃嬪の体は皇帝陛下の所有物です。宦官が傷つけることは許されていません」
「そんなことは知っています。それならば私に言えば良かったのです。美人のひとりや二人、どうにでもなります。必ず力になったものを……」
「東貴妃様にそんなご迷惑はかけられません。梁はもう、この世にはありません。今は生きることだけが亡国の臣の使命だ。そう思って生きてきました」
東貴妃様。程陽さんは確かにそう言った。
歴史書を読んだ文月は知っている。
梁王朝では、四人の貴妃を四季でなく方角で序列をつけていた。東はその筆頭だ。
「過去のことはもうよい。春貴妃よ。おまえも今は私の妻妾のひとりだ。過去の小さな事にこだわることはやめよ」
皇帝の一言で春貴妃様は黙った。
程陽さんは、はだけていた服を元に戻した。落ち着いた動作で襟を整える。
「傷薬を求めて診療所へ通っているうちに、私はその近くでウロウロしている宮女に気づきました。それが小猫です。同病愛憐れむとでも言うのでしょうか。私たちはすぐに語り合うようになりました。
傷薬を分かち合うようになったのも、それが理由です。でも、それからもイジメは続き、小猫はどんどん衰弱していきました。このままでは死んでしまう……そう思った私は、彼女を救うために一計を案じました」
「でもそれなら、どうして小猫まで殺してしまったの。私の大切な、大切な侍女だったのに……」
冬貴妃様の声は震えていた。
「小猫のことは殺していません。まだ生きています」
「生きている?」
「氷水と一緒に発見された死体は衛花様です。二人とも私が殺しました」
おお……。
その場が一斉にどよめいた。
死体が入れ替えられていた。文月は捜査の途中で聞いていたが、観衆にとっては初耳だったはずだ。
皇帝が椅子から腰を浮かせて、身を乗り出した。
「趙良。おまえはいつから、そのことに気づいていたのだ」
「最初に死体を見た時です。そもそも追い詰められて互いに胸を突いたのでしたら、顔はいつ潰したのでしょう。何らかの隠蔽工作があったと考えるのが普通です。
私は死体に、第三者の手が加わった痕跡を見つけました。後は、死体が小猫の物でない証拠を探し、入れ替わったのが誰かを見つけるだけです。……さあ、程陽。続きを話しなさい」
「私は小猫としめし合わせて、後宮内にある穀物倉庫に衛花様と氷水を連れて行きました。そこは小猫が、氷水によく暴行を受けていた場所だったそうです。
殺害には料理用の小刀を使いました。私は宦官になる前に、梁の国で戦闘の訓練を受けています。女二人を殺すことなど雑作もありません。最初に衛花様、続けて氷水を刺し殺しました。ただ、氷水は死体を見て騒いだので、刺し傷の角度までは変えられませんでした。
それから私は二人の死体にそれぞれ小刀を握らせると、拾ってきた石で衛花様の顔を入念に潰しました。後は死体を刺し違えたように擬装するだけです。小猫の髪飾りも衛花様の髪に刺しておきましたが、それは後で盗まれたと聞きました」
「なるほど、よく考えたな。だが、それにしても最初の調査があまりにも杜撰ではないのか。中常侍よ、そのことはどうなのだ」
皇帝の求めに応じて、部屋の隅にいた中常侍様が一歩前に出てからお辞儀をした。
「それについては、申し開きの言葉もございません。後宮は平和が続いたので、調査に当たった宦官もゆるみきっていたようです。面倒な記録は残さず、適当に処理した形跡が幾つも見つかりました。担当した者たちのことは厳しく処分する所存です」
「それはおまえに任せる。……それで趙良よ。殺人の経過まではわかったが、その後の毒殺未遂とはどう繋がってくるのだ?」
「そのことについては、直接の当事者に語ってもらった方がいいでしょう。第三の証人です。小猫よ、入りなさい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます