最初の糸口
ブワァァァン。
また、銅鑼が鳴った。
趙良様の入場と共に、騒がしかった部屋が静まり返る。
凛々しい。その言葉の他に何があるだろう。
つい見惚れてしまう。官吏の服に着替え、冠をかぶった趙良様は、さっきまでとは違う意味で心を惹きつけた。
ああ、もうダメ。
尊すぎる。夢にまで見た……いや、そんな言葉じゃ足りない。四六時中、妄想していたお姿がそこにある。
本物の趙良様は、文月が持っていた貧弱なイメージよりも遥かに凛々しく、見惚れるほどに美しかった。それだけじゃない。圧倒的な存在感がある。本当に後光が差しているようだ。
趙良様は皇帝陛下に向けて深々と礼をした。
「お待たせしました。前置きはこれくらいにして、事件の解明に入りましょう。
まずは捜査の経過についてお話しします。後宮に入ってまず、私は犯人の埋められている共同墓地へと向かいました。死体を掘り返し、状態を確認したのです。幸い遺体の状態は良く、様々なことがわかりました。
まず、
「誰か別の者が殺したということか」
皇帝が確認するように言った。
「はい。少なくとも小柄な小猫では、氷水の胸に振り下ろすように刺し殺すことはできません。それに非力な女の力では、顔をあれだけ完全に潰すのは難しいでしょう。おそらくは長身の男、それも武器の扱いに慣れた者の仕業だと思われます」
「つまり、武官あがりの宦官だな」
「それだけではありません。後の調査で小猫の体には無数の傷があったことがわかっていますが、その遺体にはそれらしい物は何もありませんでした。小猫の死体は別人だった可能性があります。
体の傷に関しては、証人を用意しています。さあ、前に出なさい」
趙良様が命じると、ひとりの女性が重い足取りで進み出てきた。
前に会ったことがある。冬貴妃様の侍女頭だった人だ。確か後宮を追放されたはずだったが、服や髪型はそのままだ。
「私はつい先日まで、冬貴妃様の侍女頭を勤めさせていただいていた者です。後宮を追放された身ですが、趙良様の命により事件の証言をするために参りました。嘘偽りなく真実のみを語ることを誓います」
彼女は青ざめていた。
それはそうだろう。これだけの貴人の前だ。機嫌を損ねれば、処刑されたとしても不思議はない。
「小猫が傷を負った理由を話しなさい」
「はい。小猫は、同僚の侍女たちとうまくいっていませんでした。仕事ぶりに問題があったので、先輩の侍女たちに指導するように頼んだことがあります。でも、それだけです。手を出すようにとは言っていません。
最初は言葉だけだったようですが、だんだんエスカレートして……特に氷水は、棒を使って殴ったりもしたようです。小猫の服の下を見たことがありますが、上半身は痣だらけでした。傷もかなり膿んでいたと記憶しています。下半身も、その……ひどくやられて。あれでは、もう子どもは産めないでしょう」
「ああ……
冬貴妃様が顔を伏せた。
子どもを産めない体。それが後宮では、死にも等しいことを誰もが知っている。
「あなたは、どうしてそれを止めなかったのですか」
「やり過ぎたのはわかっています。でも、もともと悪いのは小猫の方なんです。あの泥棒猫は、冬貴妃様のお優しい心につけ込んで自分だけいい思いをしていました。特別にお声をかけていただいたり、お菓子やお茶をご一緒したり。実家が貧しいからという理由で、給金の他にお金をねだったことも知っています。
それに、それだけのご恩があるのに小猫は冬貴妃様に毒を盛りました。あの女は殺されても仕方がない不忠者です。むしろ侍女たちは我慢をしていたくらいです」
「同じ主人から盗みを働いた人間の言葉とは、とても思えませんね」
「私は……」
そこまで言ってから、彼女は急にピクリと頬をひきつらせた。
皇后様の視線に気づいたのだろう。虫を眺めるような冷たい微笑が、数日前まで侍女頭だった女を凍りつかせた。
「趙良、この卑しい女にはどんな罰を与えたのですか」
「処分は中常侍殿に一任しております。死体から髪飾りを盗んだ罪により、腕に入れ墨をした上で後宮を追放処分になったと聞いています」
「ずいぶんと甘いのではありませんか。冬貴妃よ、おまえもそう思うであろう。
主人の顔に泥を塗ったのです。侍女頭の地位にあったのなら、それなりの報いが必要でしょう。……そうだ。たとえば両腕と両足を斬り、
「ひっ、ひいっ。お許しを。お許しを……」
「皇后様、陛下。この者をお許しください。間違いを犯したとはいえ、一度は私に仕えた者です。そんな無残な姿を見るのは忍びありません」
冬貴妃様は命乞いをした。
お優しい方だ。すがるような目で皇帝を見る。
「まあ、冬貴妃がそう言うなら良いではないか。それに一度決めた仕置きを改めるのは、法の運用の上でも問題がある。趙良、そうであろう?」
「さすがは陛下。立派なご見識です。……さあ、証言は十分だ。早く下がるがいい。皇帝陛下のお慈悲に感謝するのだな」
侍女頭だった女は逃げるように出て行った。
「……話を続けましょう。小猫は重い傷を負っているにも関わらず、それを主人には秘密にしていました。おそらく相当の痛みがあったはずです。
私は小猫の部屋で後宮で処方された傷薬を見つけましたが、助手に調べさせたところ、小猫が自分で求めた物ではありませんでした。それは薬師が別人のために処方した薬だったのです。
薬を求めたのは程陽という宦官です。元は武官上がりで、立派な体格の男でした。もちろん武器の扱いにもたけています」
「ほう……そうすると、その者が二人の侍女を殺したのだな」
「御明察です。二番目の証人はその宦官です。これから本人に犯行の詳細を語ってもらいましょう」
あの程陽さんが。傷だらけでも堂々としていたあの人が、二人を殺した……。
文月は、あの宦官がどうしても悪い人には見えなかった。でも、そう言ったのは趙良様だ。趙良様が間違えるわけがない。
やがて、大柄な一人の宦官が中央に進み出てきた。
その姿が貴人たちにさらされた瞬間、隣にいる天佑さんがぶるっと体を震わせたような気がした。
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