侍女たちの闇
※ ※ ※
事情聴取のために、仙月様は使用していない宦官用の部屋を借りた。
今までは気にしていなかったが、改めて見ると、侍女の部屋と比べて窓が小さく調度品も少ない。
後宮内での宦官の地位は低い。
文月のような下級の侍女も、形式上は皇帝の手がつく可能性がある妻妾だ。それに比べてほとんどの宦官は後宮を維持するためにいる、ただの使用人に過ぎない。中常侍様のように実力を持っている方は、ほんのひと握りだ。
「若い侍女から順番に、ひとりずつ入ってくるようにしてください。それと、ここで話したことは全て秘密とします。終わった人間から内容を聞き出してはいけません。いいですね、これは絶対です」
仙月様は、侍女頭にそう指示した。
「それは困ります。お役目はわかりますが、私にも冬貴妃様の名誉を守る侍女頭としての責任があります。それでは侍女たちが嘘を言っても、誰なのかわかりません」
「聞いていなかったのですか。私の言葉は冬貴妃様の言葉と同じです。もし従わなければ、冬貴妃様にご報告しなければなりません。隠れてやろうとしても無駄ですよ。私は後宮内のどの方とも自由に話ができる権限を与えられています」
それで侍女頭は黙った。
ただ、心から納得したわけでないのは文月にもわかる。
表情に鬱屈した暗い感情が見えた。これが自分の上司だったらと思うと恐ろしい。だが、仙月様は気にもとめていない様子だった。
侍女頭を追い出してしまうと、仙月様は文月の横に座った。
「さあ、始めるわよ。私が質問するから、あなたは全てを記憶してちょうだい。言葉だけでなく表情もよ」
やがて準備ができると、部屋にひとりずつ侍女が入ってきた。
最初に仙月様がかける言葉は、誰に対しても同じだった。
「私の聞いたことには、全て正直に話してちょうだい。内容は誰にも漏らさないし、話したことで不利になることはないわ。ただし、嘘をついたことがわかれば別よ。それは冬貴妃様への裏切り行為だから、後でしかるべきところに報告させてもらうわ。
冬貴妃様はお優しいから鞭打ちとかはないと思うけど。後宮内の秩序を守る必要があるから、処分しないわけにはいかないでしょうね。犯罪者の入れ墨と後宮の追放くらいは覚悟しておいた方がいいわよ」
効果は
口をつぐんでいると、仙月様は『知らないの』と質問を加える。二択にしてしまえば、本当のことを言うしかない。
「あの、絶対に他の人には言いませんよね」
「もちろん約束は守るわ。信用してちょうだい」
「
でも、あれは
ズキン。文月は心が痛んだ。
まるで自分に言われているようだ。
もし明鈴がいなかったら。中常侍様が気配りのできる方でなかったら。自分も同じようなイジメにあっていたかもしれない。
「告げ口されるとは思わなかったの?」
「そうされないために
「酷い……」
文月は、思わず口に出してしまった。
それを聞いて侍女は青ざめた顔になる。
「私はやってません。それは、陰で悪口くらいは言ったかもしれませんけど。手を出したのは
「本当ね。後にも話を聞く人が残っているのよ。嘘を言えばすぐにわかるわ」
「いえ、ごめなさい。一度だけ頬をたたいたことがあります。でもその時は、侍女頭様に見えない所をやれって怒られて……本当にそれだけなんです。誓います」
侍女が入れ替わるにつれ、彼女たちの口は更に軽くなった。
前の人間が、自分のやったことも話しているんじゃないか。そんな疑心暗鬼が口をつぐんでいることを難しくさせていた。
「そう言えば最近、
「そこでも乱暴はしたの?」
「いえ少し。ほんの少し、胸をつねったくらいです。新しい傷はつけていません」
「その宦官の体格や顔を覚えている限り教えて。それと、
侍女たちの最後に、侍女頭が席についた。
その時にはもう、最初の威勢はなかった。目にも力はない。ただ、あきらめたように肩を落としている。
「もう、全てわかっているのでしょう」
「ええ。他の侍女たちに聞いたわ。
「間違いありません……でも」
「でも?」
「それも全部、冬貴妃様のためにやったことです。あの
冬貴妃様は近い将来、後宮の頂点に立つお方です。あの娘のせいで侍女たちの結束が崩れたら、皇后様や他の貴妃様につけこまれます。私はただ、
「なるほど。あなたの頭の中身がお粗末だということはわかったわ。それで、盗みの件にはどんな理由をつけるの」
「それは……」
「証言の秘密は守ると約束したけど、盗みの罪は見逃せないわ。後宮内の法で処罰することになるから、そのつもりでいなさい。毒殺未遂事件についても、知っていることがあったら今のうちに言っておいた方がいいわよ」
「いえ、それは……それだけは決してやっていません。他の侍女もです。あのお優しい、敬愛する冬貴妃様を害するなんて、どうして考えるものですか」
「あなたは、その冬貴妃様に恥をかかせたのよ。それだけじゃないわ。後宮にいる全ての女性は皇帝陛下の所有物よ。皇帝陛下のお持ち物を傷つけたらどうなるか、あなたに想像できなかったとは残念だわ」
「そんな……」
「絶望するのは私の話が終わってからにしなさい。毒殺未遂事件のことだけど、その日、配膳したのは正確には二人のうちどっちだったの?」
「
「毒味をした侍女には、さっき話を聞いたわ。何か甘酸っぱいような臭いがしたからすぐに吐き出したそうね。その時、
「いいえ。騒ぎが起きて探し回った時にはもう、姿は見えませんでした。それで怪しいと思って部屋を探したら、毒の瓶が出てきたんです」
「その毒は無味無臭の物だったそうよ。食事は水で戻した鮑の干物と芋の煮物。取り分ける前の料理には甘酸っぱい味はついていなかった。それで間違いはないわね」
「はい。
髪飾りは彼女の部屋にあった。
もちろんすぐに返したが、冬貴妃様はショックを受けたらしく、寝込んでしまわれた。この後始末をどうするのか。文月には想像もできない。
侍女たちの事情聴取が終わってから宦官たちからも話を聞いたが、特に新しい情報は出てこなかった。
その後、仙月様は小猫と例の宦官をよく知る者をもう一度呼んで、特徴を聞きながら似顔絵を描いた。これが驚くほど上手い。
「はい、
「……だ、そうよ。
この小猫という侍女を探し出さなければいけない。
イジメられて、傷だらけになっていた少女。誰も味方になってくれず、ひとりで苦しんでいた少女。それが文月には他人事とは思えない。
もし彼女が後宮のどこかで隠れて生きているなら、そっとしておいてあげたい。無理なことだとは知りながら、文月はそう願わずにはいられなかった。
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