5 顔のない侍女
冬貴妃様
冬貴妃様はお美しい。
国中の美女から選ばれたのだから当たり前だが、他の方とは違う特別な雰囲気がある。
たとえば、池に咲く蓮の花のように。清楚で均整のとれたたたずまい。水のように静かで自分からは主張しないが、見る物の心をつかんで放さない。そういう女性だ。
冬貴妃様は、元々は地方の裕福な商家の娘だったらしい。
三年前、皇帝陛下が天下を取ったのとほぼ同時に後宮に入った。その時、
早朝に時間を取ってもらったにも関わらず、冬貴妃様はキチンと化粧をして迎えてくださった。
「よくぞいらっしゃいました。
「朝早くから申し訳ありません。ここに控えるのは、私の助手で
「そう、可愛らしい子ね。……文月、こんにちは。あの恐ろしい事件を解明して、早く私を安心させてちょうだい」
冬貴妃様は
男性なら、これだけでイチコロだろう。心の中に趙良様がいなければ女の身でも危ない。
「は、はい。必ずや期待に応えてご覧にいれます」
「そんなに緊張しなくてもいいのよ。貴妃などとは呼ばれていても、私も元はただの商家の娘よ。陛下のお子を産む栄誉に恵まれただけで、別に私が偉くなったわけではないわ。でも、期待はしています。
文月は恐れ入って、深く、深く頭を下げた。
「さてと、事件のことで私にお話があるんでしたね」
「はい。私は今、事件に関わった二人の侍女について調べています。冬貴妃様にも、何かご存知のことがあればお聞かせください」
冬貴妃様は表情を曇らせた。
「
氷水は背の高い方、小猫は小柄な方の侍女だ。
ただし墓地に埋められていた小猫の死体は、顔を潰して偽装した他人の物だった。それをまだ、冬貴妃様は知らない。
「死体の確認をしたのは貴妃様だと記録にありましたが……」
「ええ、でも。恐ろしくて。遠くからチラリと眺めただけです。それに
「それでどうして、二人だとわかったのです」
「一緒についてきた侍女が代わりに近くで見てきてくれました。それに二人とも私が贈った髪飾りをつけていたそうです。ひとりひとり違う物なので、記録を見れば誰の物かはすぐにわかります」
「その髪飾りは、どうされたのですか」
「髪に刺したまま、一緒に埋めてやるように命じました。罪を犯したとは言っても、私の侍女たちです。みすぼらしい死装束だけでは、あまりにもかわいそうで……」
そんな物はどこにもなかった。
冬貴妃様が嘘をついているのでなければ、誰かが盗んだことになる。
「最近、二人に変わったことはありませんでしたか」
「そう言われても……。
「仲が良さそう、ですか……」
仙月様がポツリとつぶやいた。
「ええ、まるで姉妹のように。何かと
文月はあぜんとした。
それがどれだけ残酷なことだったか。この方は知らないのだろう。
主人の意向であれば逆らうことは許されない。イジメの話が本当なら、小猫は地獄のような苦しみの中にいたことになる。
「ああ、かわいそうな
「はい、結構です。冬貴妃様にとって、おつらいことを聞いてしまったことをお詫びいたします。どうかお気を悪くされないでください。
この後でお屋敷を調べたいのですが、よろしいでしょうか。それと、侍女や宦官に話を聞かせていただくことをお許しください」
「私にできることなら、何でも協力させていただきます」
冬貴妃様は自分の侍女たちの方を向いた。
「……いいですね。これから
冬貴妃様との面談が終わった後で、仙月様はまず例の侍女の部屋に向かった。文月が秋貴妃様の屋敷で使わせていただいている部屋と、そっくり同じだ。薄気味悪いから、事件のあった日のままにしているという。
もちろん、ひととおりの調査は終わっている。事件に使用した毒の瓶も捜査に当たった宦官が持ち出した後だ。
「あったわ……探していたのは、これよ」
小猫の使っていた部屋で、仙月様は引き出しから蓋のついた陶器製の容器を取り出した。蓋を開けてから、自分の鼻に近づける。
「何ですか、それ」
「臭いを嗅いでみればわかるわ。後宮の
「あっ、そうか。つまり……」
「そう。これがイジメがあった証拠よ。これだけの量を処方したなら記録が残っているはずだわ。ここの仕事が終わったら、薬師のところに寄りましょう。
でもその前に、侍女たちにはしっかりと話を聞かなくちゃね。隠れて
「はい、
文月はしっかりとうなずいた。
物事を明らかにする。仙月様が言った探偵の仕事の意味を、文月はようやく理解できたような気がしていた。
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