参考人聴取

「さて、どういたしましょう。皇后様からは、何でも文月様の言う通りにするように申しつかっております」


 『文月様』。彼女は今、そう言った。

 この人は皇后の侍女頭じじょがしらだ。戦乱の時代から皇后様に仕えている方で、年齢は三十台半ば。本来ならとても対等に口のきける相手ではない。


 緊張する。

 でもまあ、さっきよりはマシか。皇后様と一緒にいると、まるで魂を削られているような気がした。あんなに怖い方のお側にずっと仕えているなんて想像もできない。


 堂々としていなさい。あなたは私の代理よ。

 仙月様の言葉を思い出す。

 そうだ。こんなことくらいで怖気づいていてどうする。今は自分の役目を果たすことだけを考えればいい。


 趙良様、文月は頑張ります。

 気圧されないように精一杯に胸を張った。あんまり大きくないけど……。


「音が漏れないように閉めきった部屋を用意してください。そこにひとりずつ呼んで話を聞きます。もちろん誰も聞き耳を立てないこと。……できますか」


「それでは奥の部屋を使いましょう。今は使っていませんが、いつも掃除だけはさせております。それで話を聞きたいのは、どの者たちですか」


「全員です」


「全員?」


「仙月様は、最初から犯人を決めつけたりはしません。誰からも平等に話を聞くように言いつけられています」


「なるほど。それでは私が最初のひとりになりましょう。ひとりが終わったら、次の者が部屋に入ることにします。何を聞かれたかも含めて、お互いに秘密を守る。それでよろしいですね」


 侍女頭が視線を動かすと、その場にいた何人かの侍女が走っていった。

 他人の意を汲んで動くことが骨にまで染みついている。これも難しい主人に仕えているせいだろう。ある意味、見事だ。


 案内された部屋は、建物全体の左奥にある窓のない部屋だった。閉め切ると昼間でも真っ暗になる。先回りした誰かがロウソクに火を入れていなければ、椅子があることにも気づかなかっただろう。

 それにしても、やけに広い。部屋よりは大広間といった感じだ。


「こんな部屋が、なぜあるのかという顔をしていますね。お知りになりたいですか」


「結構です」

 どうせろくなことに使うわけがない。想像をたくましくすると、どこかから血の臭いがしてくるような気がしてくる。

 ぷるぷるっと首を振って、文月は邪念を払った。


「時間がないので前置きはしません。聞きたいことは冬貴妃様の亡くなった二人の侍女のことです。最近、会った人はいませんか。ウワサでも構いません。何か知っていることがあれば教えてください」


「亡くなった侍女? その女が犯人なのでしょう」


「まだ犯人だと決まったわけではありません。先入観を捨てて、事実を積み上げてから合理的に分析する。それが推理です」


「推理、ですか……」


 受け売りのハッタリだが、それなりの効果はあった。

 言葉は人間を立派に見せてくれる。これも仙月様のアドバイスだ。


 それにしても侍女だけで五十人。宦官を合わせて百五十人もの人間から話を聞くのは根気のいる作業だった。

 数が増えれば答えもパターン化してくるから、聞くだけでも疲れる。

 同じ後宮の中にいても、仕える主人が違えばほとんど交流はない。知らない。会ったこともない。そんな答えが延々と続く。



「この部屋って、ちょっと不気味ですよね」


 二十何人目かの尋問で、ひとりの侍女がようやく自分から話しかけてきた。

 今までは判で押したような反応ばかりだったから、ちょっと驚いた。文月と同じくらいの年頃の侍女だ。もちろん面識はない。


「知ってます? この部屋、今の皇后様が入る前からあるんです。まあ、それを言えばこの建物全部がそうですけど。前の王朝が滅びる時、この部屋で皇后様や幼い皇子様たちが自害したらしいですよ」


 文月はゾクっとした。

 どうせそんなことだと思っていた。

 三年前の最後の戦いで現在の皇帝陛下が勝利した時。趙良様の献策もあり、前の王朝が使用していた後宮は無傷で接収された。

 明け渡しの際の段取りをしたのが、あの中常侍様だ。後宮にいた妃嬪や宦官は助命されたが、皇后と幼い皇子たちは既に自害していた……ことになっている。


 新しい王朝の歴史が三年しかないのに、後宮に様々な年代の宮女や宦官がいるのはそういうわけだ。文月や明鈴のように、その後に補充された者は合わせても全体の半分に満たない。


 いけない。頭の中で、考えていることが脱線した。


「そんなことより、死んだ冬貴妃様の二人の侍女について。何か知っていることはないんですか」


「その話なんですけど……絶対、秘密にしてもらえるんですよね」


「もちろんです。趙良様に誓って」


「趙良様?」


「いいえ、その。こっちの話です。絶対に外へは漏らしません。約束します」


「それなら話しますけど。あの……あの事件って、二人で共謀してやったことになってますよね。それがちょっと変なんです」


「変?」


「あの二人、仲が悪かったみたいですから。その……実は、見ちゃったんです。外出の帰りに、たまたま建物の陰で。

 背の低い方の侍女が何か粗相をしたみたいで、服を脱がされてから棒で叩かれていました。胸とか腹とか。殺されちゃうんじゃないかってくらいの勢いで……。物陰から見ていたんですけど、怖くなって逃げました」


「それっていつのことですか」


「半月くらい前……いいえ、正確には十四日前ですか。皇后様にお届け物をした帰り道みたいだったんで、すぐに屋敷に戻って担当の宦官に確認したんです。二人の名前もそこで知りました」


 例の侍女は月に二、三度くらいの頻度で皇后様の屋敷に遣いに出ていた。それは何人もの証言で確認している。


 それにしても、おかしい。

 背の低い方の死体は、裸にして隅々まで見ている。胸に刺し傷こそあったが、体は綺麗なものだった。死んだのが四日前として、十日前のことだ。暴行された傷がそれくらいの時間で消えるものだろうか。


「その子は傷だらけ、痣だらけでした。相当、酷いイジメを受けていたんだと思います。やられている方の女の子はずっと声を押し殺して泣いていました。

 ウチはいつもピリピリしてるけど、その辺はマシかなあって……皇后様の目が光っているから、仲間うちでイジメなんて絶対にありえません」


「皇后様も、お優しいところがあるんですね」


 皇后様の侍女は、ブルブルっとかぶりを振った。

「そうじゃありません。皇后様に無断でそんなことをしたら、殺されるだけじゃ済みません。生きたまま皮を剥がれちゃいます」


 ああ、ソッチか。

 怖がり方も本物だ。さっきの逸話からすると、本当にやりかねない。つくづく自分は恵まれていると思う。


「秘密にしてくださいね。絶対に秘密にしてくださいね」


 全員から話を聞くのに、たっぷり二刻ほどかかった。

 死んだ侍女の行動パターンのいくつかはわかったが、皇后様に仕える人間との接点は、結局のところ何も出てこなかった。

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