第5話 飾りか!

 さて、なんやかんやで退院です。

 ここからが本当の地獄です。


 何せ、もう「すみません、今日はちょっとゆっくり寝かせてください」と言えば「赤ちゃんのミルクはこっちでやりますんで、お母さんはゆっくり休んでくださいね」と言ってくれる看護師さんはいないのです。


 私は実家が北海道なのですが、空港からかなり遠い上に、何かあった時に旦那が駆け付けられなかったら困るので、里帰りはせず、秋田県某市の旦那の実家にお世話になっておりました。旦那は当時青森にいました。


 さて、ふにゃんふにゃんの新生児君が旦那実家にやって参りました。


 義母も義父も大盛り上がりです。ガンガンに温められたお部屋で、居間の一番良いところに寝かされ、おむつが濡れたら大騒ぎ、泣いたら抱っこだ、それともご飯か、と大騒ぎでございます。


 息子が生まれたのは真冬も真冬、お正月時期なもので、外仕事の義父はお休みです。つまり、家にいるのです。


 出せない!

 乳が!


「いやいや、ワシに構わずイッヒッヒ」


 なんてデリカシーのないタイプの義父ではありませんでしたので、何だかんだ理由をつけて席を外してくれたため、いない時はここぞとばかりに乳を出しておりました。


 が。


 手で搾って出ないものが、吸われたからといって出るとは限りません。


 いや、看護師さんはですね?


「手では出なくても、赤ちゃんが吸ったら案外出るものよー、あっはっは」


 と言ってくださいましたけど、どうにも出ている感じがしないのです。

 

 そりゃあね? 人体はスケルトンではないものですから、肉眼ではわからないんですよ、出てるかどうかなんて。ただね、これ、そこそこ出るようになってからわかったんですけど、出てる時はわかるんですよ。あー、いま出てんな、って。そんで、わからなかった頃もですね、わからないなりにもですよ、息子がもうかなりの時間頑張って吸ってるもんですから、


「あーこりゃ出てねぇな。腹いっぱいになるほど出てねぇんだな」


 って、そういうのでわかるんですよ。最早味のあるおしゃぶりですわ。


 そんで、そのうち疲れて寝ちゃうんですよ。

 あぁ、まぁ、寝ちゃったら仕方ないか、って思うんですけど、結局腹は大して満たされてないから、またお腹空いて起きて泣くんですよ。このループ。


 そんで、とりあえず、場を繋ぐために乳を出して咥えさせて、その隙に「お義母さん、すみません、ミルクをお願いします!」って。


 もうあれですよ。ここは私は食い止めるから早く! みたいなノリ。


 ちなみにお姑さんもですね、母乳信仰とかそういうのがない人でしたので、「いまはミルクも良いやつがあるからね」と言って、快く作ってくださいました。ほんと、人に恵まれているなとしみじみ。


 人には恵まれてるんですけど、乳の方は全然恵まれてなくてですね。

 とりあえず、噂に聞いてた『子どもを産むと乳がデカくなる』はマジだったんだな、と感心したんですが、ほんとマジでデカくなっただけでした。

 デカい=母乳がめっちゃ詰まってるとかそういうことは全然なくて、むしろ『あんまり乳がデカいと逆に出ない』みたいなことも母親(貧乳)から聞かされてたんですけど(つまり、だから私はたくさん出たのよ、という自慢)、「いやそれは母さんのひがみでは?」なんて思ってたんですが、ほんとマジで出なくて。


 何だ、この乳はマジで飾りか?!

 味のあるおしゃぶりなのか?!


 そんな風に悩み始めたのでありました。

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