第3話 出ねぇんだが!?

 さて、新米ハンターである私には、心強いサポーターがおります。この道ウン十年感が半端ない看護師さん(たぶん師長さん)です。


 もう同性同士ですから、何を恥ずかしがることがあろうかと、カーテンに仕切られた大部屋(といっても私くらいしかいなかった)のベッドで、乳をさらけ出してのトライです。


「まずね、ここに瓶を当てて、もう乳輪からぎゅっとね!」

「乳輪から……!?」


 これまで乳搾りといえば牛のものしか見たことがない私でしたけど、言われてみれば私の乳首は牛ほど長くはありません。そんな先っちょをつまんだところでそりゃ出ねぇわな、と思い、どーれどれ、と乳輪からぎゅっといってみました。気分は乳牛です。ジャーっと景気よく出るイメージしかありません。


「……出ません」


 出ないのであります。

 滲むすらありません。


「大丈夫! 最初はみんなそんなもんよ!」


 えっ、そうなの?


 そう思いましたが、この道ウン十年のベテランが言うのですから間違いないのです。


「まだ開通してないのよ! やってるうちに開いてくるから!」


 そんなトンネル工事みたいなやつなんだ!


 まぁでもよくよく考えたらですよ。

 最初っから開通していたら、何かのはずみで母乳が作られちゃった場合、用もないのに垂れ流しになるわけですから、用のない時には閉じられていないと困るわけです。何かのはずみって何だよ。


 その後、ベテランさんも私ばかりにかかりきりというわけにもいきませんから、ソロプレイです。いままでこんなに己の乳輪をいじくったことがあったかな? と思いながら、引っ張ったり、つねったり色々してみます。


 すると、うっすらと。


 まじでもう幻レベルのうっすらでしたけど、何かしらが滲んだわけです。何かしらってMy母乳なんですけど。


 よっしゃ、開通した!

 歓喜に湧きました。

 脳内の全私がスタンディングオベーションです。さぁここから私は息子のために乳牛になるのだと、ここから、それはそれはジャージャーと出すのだと、出るのだと、そう思いました。


 が。


 出ねぇんだが?


 開通したはずなのに、ひたすらじわっと滲むだけ。ポタポタですらないわけです。ドモホルンリンクルのあれ(昔なんかCMで一滴一滴ポタポタしてるのを見た)ですらないんですよ。


 その滲んだやつを瓶の口に擦りつけて、とりあえず『一滴』にカウントしてみたわけですけど、その『てき』、ちっとも流れないんですよ。いや、流れてはいるんですけど、その何ていうの? 伝っていくうちに削り取られて側面の一部と化してるんですよ。待て待て待て待て。せめて底の方に溜まってくれねぇとミルクを足しても混ざらねぇじゃん?


 そう、ベテラン看護師さんはですね、去り際、にっちもさっちもいかない私に、私の乳に言ったのです。


「もうほんとね、最初はみんな全然出ないから。底の方にちょびーっと溜まったかな? 程度で全然大丈夫だから。ミルクと混ぜるから」


 って。


 つまり、これはあれですよ。

 エッセンス。


 ミルクの方で腹は満たせるから大丈夫! 初乳はもうエッセンスだから!


 いやいやエッセンスにしてもよ。

 私も昔、化粧水の中にプラセンタだかコラーゲンだか後入れしたことあるけど、それにしたって30㎖くらいはあったからね? 病院でもらう目薬のボトルくらいあったからね?


 もう完全に「〇〇から数㎖しか採れない奇跡のエッセンス」状態ですよ。You Tubeの早口CMかよ。この動画を見たあなただけへの特別なやつかよ。


 とんだ高級食材ですよ。

 乳牛になるつもりで挑んだのに、希少成分を生み出す奇跡の食材みたいなことになってました。

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