第2話 地獄の開幕

 さて、ハラハラドキドキの出産部分は割愛します。第一子は実はこちらもなかなかドラマティック出産だったのですが、さすがの私も学びました。今回はそこまで語る文字数はねぇ、と。人間は失敗から学ぶ生き物。


 というわけで、産まれました。産まれた瞬間に、


「ウワー! 松清子そっくり!」


 と旦那に言わしめた息子君です。

 産んだ側の感想としましては「そんな『ウワー』まで言うほど似てるか……?」というのが正直なところでしたが、冷静な第三者の意見ですからね、そうなのでしょう。ただ確実に当事者(私)よりも誰よりも冷静さを欠いていたのは旦那でしたけど。


 さて、産まれてですね、早速我が子をこの手に――とはなりませんでした。緊急帝王切開だったもので、しばらくは母子分離です。


 何せ麻酔がギッチギチにかかってて、下半身がまるで動かないのです。麻酔は腹の傷の方にも当然効いてくれているので、その日は痛みもなく眠れたのですが、人間、身体の一部が動かないと落ち着かないものです。寝返りを打ちたくとも、動かせるのは上半身のみ。


「いまの私、人魚みたい」


 そんな頓珍漢なことを考えつつ、ベッドの下に粗末なマットを敷いて眠る最愛の夫を見下ろしつつ、


「クソっ、こっちの気も知らねぇでぐぅぐぅ寝やがって」


 と悪態をついたりします。


 こう書くと出産時にまるで役に立たかなった駄目夫のように思えたかもしれませんが、彼は直前までかなり頑張ってくれていました。ただ、その頑張りも虚しく最後の最後で帝王切開になったため、最終的には医療の力で産んじゃっただけです。なので彼もまた私と同様に眠れぬ日々を過ごしていたわけですから、この爆睡を責められないのです。


「畜生! いびきまでかきやがって」


 それでも産後で気が立っている上に浜に打ち上げられた人魚状態の私はそんなことを思い、腹の傷が塞がっていないため、水も飲めない、物も食えない我が身を呪いながら、何やらじわじわと痛くなる双丘パイオツに「ほほう、早速母乳とやらが作られているんだな。これぞ母体の神秘」などと、これから始まる地獄も知らずにいたのであります。


 夜が明け、母乳の方ではない地獄が始まりました。

 腹の痛みとの戦いです。


 下からの出産の場合も、まぁ具体的な場所は言えませんが、その辺がかなり痛いらしいんですけど、こっちもこっちで傷を負ってますから。腹切ってますから。世が世なら自害の方法ですから。


 いや、母乳育児だけじゃなくね、帝王切開も舐めてたんですよ。下から産むのってめちゃくちゃ痛いって聞いてましたからね? 帝王切開なら麻酔でちゃちゃーっとやってくれるんでしょ? って。そりゃあね、出すところはちゃちゃーっとやってくれましたよ。


 でも、猫型ロボットのポッケとは違うから。腹、切ってるから。縫ってるから。縫ったら塞がるとか、そういうのないから。そこから先は自分の治癒力だから。


 あるよ? 痛み止めはね? 何かすんげぇ効くやつが。でも、それ、連射は出来ねぇんだわ。しかも使い切ったらおかわり出来ねぇんだわ。その後は、巷では「すげぇ効く」みたいに言われてるロキソニンで凌げって言われるんですわ。こんなのね、そのすんげぇ効くやつに比べたら雑魚なんですわ。


 もうね、ラマーズ法で痛み逃してたから。出産メインステージではついぞ使うことのなかったラマーズ法、ここで出したっつーの。ヒッヒッフー、じゃねぇんだよ。もう腹には何も入ってねぇよ。


 とまぁ、腹の痛みをどうにかこうにかしつつ、車椅子で息子にも会いつつ、いよいよ看護師さんから言われるわけです。


「それでは宇部さん、初乳を採ってきてください」


 採取クエスト開始です。

 我が子のために初乳(最初に出る母乳)を納品せよ!


 まさかこれがG級クエストだとは思わず、私は看護師さんから手渡された空の哺乳瓶(消毒済み)を握りしめ、とても良い返事をしたのでした。

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